第11話 運命の出会い
こんばんは。いつも読んでいただきありがとうございます。初めましての方、ありがとうございます。
更新できないとか言っといて、昨日の夜に書き上げてしまったので続きをあげます。
ちなみに、タイトルでヒロイン登場か?と思われた方、申し訳ありませんが、ヒロインではありません。
というか、一応ヒロインはリーナになる予定です。(変わるかもしれないけど)
グリンウッド王国の王都は、現存する中で最も古い時代の街並みが見られる「世界最古の街」である。その街並みは、昔の建築様式を今なお保存している「旧市街地区」と、現在開発が進められている「開発区」、そしてバザールと呼ばれる商業区画や職人達の工房といった様々な都市機能が集中している「新市街地区」の三つに分けることができる。これらの街並みは、訪れる者に驚きと感動を約束し、あなたを必ずや満足させるであろう。
ーーオズワルド出版社 発行 『グリンウッドの歩き方』ーー
ターニャが開いている旅行用の小冊子を横目に覗くと、以前の世界で良く見たような文句が並べられていた。世界が違えども旅行者を誘う言葉に変わりはないのだなぁと、アレクセイならではの感想を抱く。
旅を開始してちょうど3週間が経った。
目の前には小冊子の表紙に描かれているグリンウッド王国の城門と同じものが見える。表紙の絵を描いた画家は非常に上手い画家だということがわかる。
「ターニャ、せっかくだから本じゃなくて現物を見たらいいんじゃない?」
「あ、いえ。なんだか私、あんなに高い建物を見ていたら少しクラクラしてしまいまして…。」
記憶の中に残る以前の世界の景色ならば、高さという点において目の前の景色以上のものを見たことがある。しかしながら、自分が初めて高層ビルを見たときの驚きと感動を思い出すに、ターニャの驚きには素直に共感することができた。
いや、それだけではない。
たとえ高層ビルを見た記憶があろうとも、目の前に広がる景色に心を奪われない者はいないだろう。そう感じさせるほど、王都グリンウッドの姿は立派なものだった。
王都の外からでも見える巨大な城は街のほぼ中心に建てられており、街のどこから見たとしても場所がわかるほどの高さである。
ーー技術レベルは本当に高いな。前の世界の17〜8世紀くらいか?ーー
そもそも、ターニャが開いている冊子の中身が活字で印刷されているため、活版印刷がすでに実用化されている事からも、技術力の高さがうかがえる。
馬車がゆうに3台は並走できるほど広い道幅で作られた跳ね橋を渡ると、20メートルはあろうかという城門をくぐる。
すぐ横を見れば、入国審査のために長蛇の列を作っている者たちが目に入るが、そこはやはり貴族としての特権か、アレクセイ達の馬車は全く待つことなく城門をくぐることができた。
街の中に入るとあちらこちらで人々の話し声や商店の客引きの声が飛び交っている。
活気あふれる街中の様子は、当然のごとくリンディーで暮らしていた3人には経験のないものである。
ーーまぁ、俺にとってみれば別にそれほど珍しい光景でもないけど、でもこういう雰囲気ってのは初めてか。ーー
人混みというものを経験した事のないターニャとリーナの2人は、この街の中を歩いた訳ではないものの、多少人混みに酔ったような様子を見せている。
お互いに体調を気遣う様子はまるで本当の姉妹かのようである。
この3週間の旅を通じて、2人の間には固い絆が結ばれていた。それは年齢の離れた姉妹のようであり、また古くからの友人同士のようでもあった。
「私、お兄ちゃんはいるけどお姉ちゃんはいなくて、ずっとお姉ちゃんに憧れてたの!」と言って、ターニャに甘えてくるリーナがよほど可愛かったのだろう。ターニャも屋敷の中では最年少の使用人であり、元々年下の面倒を見るのが好きな性格もあって、リーナとの関係は最初からは考えられないほど良いものになっていた。
「ここが新市街地区だな。お店が多くて目移りする。」
「こんなに人が多いところで暮らしてたら、目が回りそうだよ…。」
「一日中こんなに人が出ているわけじゃないさ。時間帯的に、今はちょうどお昼時だからね。食事を求めて出てくる人の数が多いんだろう?」
「食事をするのに外に出るのですか?」
「王都なんかだと誰かに雇われて仕事をしている人が多い。職場と自宅が離れていれば、昼食を家で食べずにどこかの食堂や屋台で済ませようとするだろう?」
「そうなのですか…。」
「アレクってば、なんでそんなに詳しいのよ?」
「え、あ、いや…、その、予想だよ!予想!」
「断言してなかった?」
「そんなことはいいの!ほら、俺たちは早く王立学校の学生寮へ向かおう!」
あからさまに誤魔化した様子のアレクセイをいぶかしむような目を向けつつ、馬車は学生寮のある旧市街区へ向かって走っていく。
ふと、御者の男から声が上がった、と同時に馬車が停車する。
何事かとアレクセイが顔を出すと、そこには道の真ん中で倒れ伏す老婆の姿があった。
見つけるやいなやアレクセイは馬車から飛び降りる。
「あ、アレク!?どうしたの?」
「おばあさんが倒れてるんだ!助けてくる!」
御者の男の「おいおい、何だってんだよ…。」というつぶやきを聞きながら、老婆を助け起こすと、手早く脈拍などを確認する。
ーーこれは…、不整脈のようなもんだな。回復魔法で治るか?ーー
老婆をそっと寝かせると馬車の中から杖を持ち出す。
魔力を集中させ回復魔法を準備する。
ーー内臓系の疾患については、回復魔法を試したことがないし、何より加齢に伴う内臓機能の衰えまで何とかできるとは思えないなぁ。でもまぁ、やってみるか。ーー
逡巡したものの、試さないよりも手を尽くす方がいいという結論に至り、回復魔法を行使する。
しかし、準備されたのはエリアヒールではなかった。
アレクセイは独自の魔法研究によっていくつもの新しい魔法理論を構築していた。その中の一つに、魔法の系統化というものがあった。
本来、1人につき1種類と考えられてきた魔法は、魔法操作能力と魔力の属性が原因で起こった勘違いであると結論づけられていた。
それならば、すでに変化した魔力と同系統の魔法であれば、比較的簡単に二つ以上の魔法を使うことができるのではないか、と考えたのである。
当然、二つ以上の魔法をすでに習得しているアレクセイにしてみれば不要な技術ではあるが、万人が再現可能な技術でなければ意味がないと言う考えの元、研究を重ねていたのである。
そしてアレクセイの推論通り、同系統の魔法であれば比較的簡単に複数の魔法を使うことができたのだ。
これにより、リーナの複数魔法習得が捗るという効果も見られたのは幸運だった。
例えば、エアインパクトは魔力を球体の風に変化させ高速で打ち出す魔法であるが、形を薄い刃状に変化させ物体を切り裂く、「エアスラッシュ」という魔法が存在する。
この二つは必要とする魔力の属性は同じであるが、魔力の変化のさせ方がちがうため、別の魔法であると考えられている。
しかし、根本的には似た魔法であるため、この2種類を使えるようになるには魔力操作の練習を少し行えばよい。
このように、より状況に合わせた魔法を選択することが可能になるという大きなメリットがある
この発見は後に魔法技術革命の狼煙として、魔法史に刻まれることになるのだが、それはまだ先の話である。
今回は対象を一定の範囲内とするエリアヒールではなく、個人を対象とする「ターゲットヒール」を使うことにした。
ーーこれなら、少ない魔力でも高い回復効果があるからな。効くかわからない分は、質で補う!ーー
「ターゲットヒール!」
呪文を唱えると淡い光が老婆の体を包み込んだ。1秒ほどで光は消え去ったが、横たわる老婆の表情は見るからに良くなっている。
「とりあえず成功か…?」
再び脈を取ると正常な脈拍へと戻っていた。
思わず安堵の表情がこぼれ落ちた。魔法が無事成功したことへの喜びと、老婆の命が助かったことへの喜びが重なり、えもいわれぬ達成感となる。
ふと、遠くでよく通る少年の声が聞こえた。
その声は雑踏の中にあっても不思議と耳に届き、心地よい響きは聞くものに安心感を与えるようだ。
音として認識していたその声が近づくにつれ、意味ある言葉として再び耳に入ってくる。
「こちらです!早く!お婆さんが危篤状態なんです!」
聞き取った言葉の意味を反芻する。
ーーもしかして、このお婆さんのことか?ーー
そんな考えがよぎった直後、アレクセイの目の前に少年が現れる。
いかにも貴族然とした、だが嫌味ではない服装に、端正な顔立ち。薄いブルーの瞳に、少し癖のついた茶色の髪は綺麗に短く整えられている。10人が見れば9人は「美少年」と表現するであろう彼は、アレクセイの近くで血色よく眠るお婆さんを見つけるなり駆け寄ってきた。
「お婆さん!大丈夫ですか!…おばあさん?」
老婆の様子を見て、状況が改善したのを悟ったのか、少年は次第に落ち着きを取り戻していった。
そして、そこで初めてアレクセイに気づいた様子で話しかけてきたのだ。
「失礼、貴殿はもしや、この老婆を助けてくれたのか?」
「あぁ、そうだけど?」
言葉遣いからも貴族としての品を感じる一方で、違和感が拭えない。
「おお!なんと素晴らしいことか。貴殿の働きに心からの感謝を!」
「あの、ちょっと聞きたいんだけど…。」
「なんだろうか?」
「君はこのお婆さんの家族か何かかい?」
「いいや。先程道を通りかかった折、ここで倒れるこの老婆を見かけてな。助けを呼びに行ったのだ。」
アレクセイは感心していた。家族ならばいざ知らず、なんの関わりもない老婆の安否をこれほど心配できるこの少年の純粋さに驚きを隠せなかった。
少年に呼ばれたのであろう、医者らしき人は、老婆の様子を見ると「もう心配ない」と短く告げて帰っていった。
「君、偉いな。」
それは思わず口に出た言葉だったが、少年は照れることもなくアレクセイに向き直った。
「いやなに、貴殿こそ素晴らしい。察するに、治癒術師と言ったところだろうか?」
「あぁ…まぁ…、そう…かな?」
「まだ学生程の年齢だろうに、これほどの力を持つ治癒術師はなかなかいない。」
「まあ、ありがとう。あの、もう一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
逡巡したがやはり疑問は残せない。アレクセイは小さな声で耳打ちするように尋ねた。
「…。なんでそんな無理した喋り方してんだ?」
一瞬、その場の空気が固まったような錯覚に陥る。
それくらいわかりやすく、少年の動きが止まった。
「………。わかるかい?」
気まずそうな表情を浮かべながらも、少年は先ほどまでの貴族然とした口調を大きく崩し、心なしか表情まで緩めながら答えたのだった。
「なんか違和感あるなぁと思ったんだけど、さっき君、おばあさんって呼んでたろ?それで、きっと本来の口調は違うんだろうなって。」
「おいおい、君、滅茶苦茶鋭いな!いや、実際無理して喋ってたんだ…。これから王都の学校に入学するもんだからさ。舐められちゃいけないと思って…。」
「考えは間違ってないと思うけど、方法が間違ってないかなぁ?」
「やっぱりか?僕もなんか違うなぁとは思ってたんだよ。よかったぁ、このままいかなくて…。」
そんな少年の素の表情を見て、アレクセイはこの少年に興味が湧いた。
「なぁ、俺の名前はアレクセイ・グレイベルっていうんだ。君の名前を教えてくれないか?」
「僕?僕はミハイル・レドネットだよ。」
「ミハイルか…。実は俺もこれから王都の学校に入学するんだ。良ければ、友人になってほしい。」
そう言って手を差し出す。ミハイルは少し驚いたような表情を見せた後、差し出された手を握り笑顔で答える。
「もちろんさ!君から言ってくれなければ、僕が申し込んでいたよ。なんだか、君とはとても良い友人になれそうな気がしたんだ!」
こうして、2人は運命の出会いを果たした。