第10話 旅立ち
今日は書きためていた分を放出したいと思います。
というのも、以前このスペースに書いた通り、仕事の方が忙しくなりまして、明日から投稿する時間も確保できるか定かではないので。
今日のうちにある分を投稿します。
9月に入り屋敷周辺の木々がだんだんと色づき始める。
アレクセイにとっては見慣れた光景であると同時に、雄二にとっては初めてとなる、この世界においての秋を感じていた。
初めて見る光景であるという認識と、見慣れたものであるという認識が混在するというのは奇妙なもので、既視感と似たものがあったが完全に同じというものでもなく。以前には「表現するのが難しいなぁ」と呟いた声をターニャに聞かれて言い訳に苦慮した思い出がある。
しかし、そんな経験もおそらく今日までになるかと思うと、どこか寂しい気持ちが湧き上がってくる。それだけ、このリンディーでの生活に愛着を抱いていたという事がわかった。
屋敷の前にはライナスとシンシアを中心に、屋敷の使用人達が総出で見送りに出ている。使用人の人数は正確なところを把握できていなかったが、ざっと見て20人ほどが一列に並んでいる。
「こんなに大勢に見送られると、寂しいというより緊張しますね…。」
「まぁそう言うな。私とシンシアだけでなく、屋敷の者皆がアレクとの別れを寂しがっている証拠だ。」
「そうよぉ。お母さんはとっても寂しいけど、屋敷のみんなも同じくらいアレクと別れるのが寂しいの。」
そう言ったシンシアの目には既に涙が浮かんでいる。
ーーこれ、俺が何か一言でも言ったらないちゃうんじゃないだろうか?ーー
一通りの別れの挨拶を済ませているうちに馬車の用意が整ったようで、リーナとターニャの2人は既に馬車に乗り込んでいた。
後に続く形で馬車に乗り込もうとするとライナスから声がかかった。
「待ちなさい。アレクセイ、行く前にお前に渡すものがある。」
「なんでしょう?」
「これを持って行きなさい。」
そう言ってライナスが渡してきたものは、大人の身長ほどもある木製の杖であった。
「これは、杖ですね?」
「入学祝い、というのが正しいのか…。王都へ留学する貴族の子女へ、こういった贈り物をするという文化があるらしくてな。それにならってみたのだが。」
「杖を使ったことは無いですが、嬉しいです!大切にします!」
「うむ。魔法の発動を補助してくれる効果があるらしいのだが、詳しいところは分からん。私も使った事がないのでな…。だが、この杖の良いところは、殴打武器として使うこともできるというところだ。」
「単純な武器としても使えるという事ですか。こんな事なら、棒術の一つでも学んでおくべきでした…。」
「なに、アレクならすぐに身につける事ができるさ。基礎的な戦い方については学んだだろう?」
いかに辺境貴族とはいえ貴族としての教育は行われている。アレクセイも幼少期から一通りの礼儀作法や基礎教育を受けていた。
しかし、アレクセイにしてみれば相模雄二として一度学習してきた内容を復習しているに過ぎず、目新しい学びは歴史や地理的な分野の知識くらいであった。
ライナスはそんなアレクセイの様子を見て学習の時間を減らすことを決めた。その分を剣や槍の扱いを身につける時間に充てていたのだ。
「そうだ。せっかくだからその杖を使ってみてはどうかな?杖を持って魔法を使ってみなさい。」
「い、今ですか?」
「ああ。昔、魔法の練習を始めた時と同じように、あの木に向かって魔法を使ってみるといい。そうすれば効果のほどがわかるだろう?」
「そ、そうですね…。では、やってみますか。」
あまり気がすすまないといった様子で木の方に向き直ると、杖を掲げて魔法の詠唱を開始する。
ーー正直、杖の効果云々よりも魔法の威力調節が難しい…。ーー
人知れず行われてきた7年間の魔法訓練により、アレクセイの魔力や魔法操作能力は極端に成長していた。それはアレクセイ自身が成長を実感できるほどだった。
しかし、その分魔法についてこの世界の常識がよくわかっていないアレクセイは、どの程度の魔法ならば人並みなのかがよくわからないという状況になっていた。
ーーとりあえず、5歳の頃の3割アップくらいで良いところかな?ーー
唯一の指標となる5歳の頃の記憶をたよりに魔力を調節する。
その5歳の頃の魔法が既に異常だ、という認識などないまま、魔力が収束してゆく感覚を覚える。
ふと、魔力の流れがいつもと違うことに気付く。本来ならば両手に集まるはずの魔力が、知らず知らずのうちに杖の方へと流れていくのを感じた。
ーーこれ、杖の効果なのかな?このまま杖に魔力を集中させるとどうなるだろう?ーー
思いつくままに魔力を高めていく。
高められた魔力が風属性へと変化し、魔力が魔法へと変化する。申し訳程度に呪文がつぶやかれる。
「エアインパクト」
瞬間、わずかな風の音と同時に激しい破裂音が響いた。
全員が見つめる視線の先には、中ほどから上が無くなった木が存在するのみだった。
5秒ほど沈黙の時間が訪れる。その沈黙を破ったのは、誰かの拍手の音だった。
誰から始まったのか定かではないその拍手は、次第に1つ2つと数を増やし、そして拍手は歓声へと変わった。
「やれやれ、予想しなかったわけではないが、これほどとはな…。」
「王都の学校に行っていじめられたりしないかしらと心配してたけど…。心配いらないかなぁ…。」
万雷の拍手を受ける中、当の本人はといえば、今自らが放った魔法についての思案をしていた。
ーーこりゃすごい。魔法の発動がしやすいなんてもんじゃないな。魔法を使うために消費する魔力量が少なくても高い効果が得られるようになっているし、感覚的には魔力操作のしやすさも上がっている。何より、杖を介したほうが魔法の狙いがつけやすいってのが有難い。なんでもっと早く試さなかったんだろうな。何事も経験だなぁ。ーー
そのまま研究を始めそうな勢いであったが、鳴り続ける拍手の音に気付いたのか、思案することをやめてライナスたちの方へと向き直った。
「それでは、出発したいと思います。」
「がんばってね、アレク!お母さんはいつでも応援しているから。」
「アレク、以前に私が言った言葉を思い出しなさい。遠慮するのではないぞ。」
両親の言葉を胸に、アレクセイは馬車へと乗り込んだ。
御者の男が鞭を打つ。ライナス達はゆっくりと出発した馬車が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。
馬車が出発してからというもの、かれこれ30分ほどは走り続けているのだが、車内はなんとも言えない気まずい雰囲気が漂っていた。
原因は明確である。ターニャとリーナの間に会話が無いのだ。
アレクセイとターニャ、もしくはアレクセイとリーナの間に会話が生まれることはある。しかし、リーナとターニャの間には一度たりとも会話が無い。
ーーたしかに、年齢差もあるし会話のネタもないっちゃないけど、でもそれにしたって話さなすぎじゃないか?ーー
現在の状態が良くないとは思うものの、どうすれば改善されるものなのかもわからず、アレクセイは頭を抱えそうになっていた。
ふと、アレクセイの中にひらめきが起こる。
ーーあれ?よく考えたら、この2人って初対面じゃないか?ーー
「な、なぁ。2人って、もしかして初対面じゃないか?」
「私はお会いしたことが無いと記憶しています。」
「私も、あったことないと思う。」
ーーや、やっぱりだー!というか、ターニャからすれば自分が面倒見ればいいはずのところによくわからん奴が入り込んできたな、みたいに見えるだろうし、リーナからすれば2人で行くと思っていた所に初対面の、それも貴族の家の使用人が付いてきて、おまけにその人がそこそこ年上の人だった、なんて状況、お互いに話しかけられないよ!そしてそこに今の今まで気づかない俺。完全に空気読めてないヤツじゃん!ーー
一瞬でそこまで考えたアレクセイは、状況の打開策を考えることにした。
ーーよし、何は無くともまずは自己紹介だ。完全にタイミングをミスっている気がするけど気にしたら負けだな。ーー
「と、突然だけど自己紹介をしよう!」
「本当に突然だね。というか、私は別に2人とも名前知ってるよ?」
「私もです。アレクセイ様から日常的にリーナ様の名前は伺っておりますから。」
「い、いやほら、名前だけじゃなくて色々とお互いに知っておいたほうがいいでしょ?これから3人で暮らすんだしさ?」
「まぁそう言う事ならいいんじゃない?」
「私も、異存ありません。」
「じゃあ、とりあえず俺からね。アレクセイ・グレイベル。先月で13歳になった。好きなことは魔法の研究。よろしくな!」
「私はリーナ。今は11歳だけど、来月で12歳になるわ。好きなことはご飯を食べることと、あと好きとはちょっと違うけど、勉強がしたいの。よろしくお願いします。」
「私はターニャと申します。グレイベル家の使用人をしております。アレクセイ様付きのため、身の回りのお世話をするために同行しております。年齢は、23歳です…。」
「「えっ、そうなの!?」」
「ん?いや、ちょっと待って。私が驚くのはまだわかるけど、アレクが驚くのは変じゃない?
「い、いや、俺も何だかんだとターニャの年齢は知らなかったなぁと思って…。」
ターニャが見るからにショックを受けたような表情になる。
「あ、ほら!アレクが無神経なこと言うから、ターニャさんショック受けてるじゃない!謝りなさいよ!」
「え、お、俺のせいか!?」
「当たり前じゃない!ずっとお世話してきた人に年齢も知らないって言われたら誰だってショックよ!」
「よ、良いのです!私がしっかりとお伝えしてこなかったのが良くなかったのです…。」
真っ赤な顔で恥ずかしがるような表情をしながらの弁明に力はない。
「良くないですよ!アレクってこういう無神経なところ、あるんです。基本的にはすっごく優しくて頭もいいんですけど、肝心なところが抜けてるんですよ!」
「そ、それは確かに…。坊っちゃ…あ、いえ、アレクセイ様は、お優しく頭も良いというのはまさにその通りだと思いますが、肝心な部分で抜けていらっしゃるというのも、否定できません…。」
「えぇ、そこは否定してよ…。」
「「無理!(でございます)」」
綺麗に重なった2人のセリフに、どちらからともなく笑いが生まれる。先ほどまでの重苦しい雰囲気が嘘のように、車内は柔らかく温かい雰囲気に包まれていた。
ーーなんだかわからないけど、とりあえず大丈夫そうだ。ーー
「はぁ〜笑った。…、私、勝手にターニャさんて怖い人なんだと勘違いしてた。全然そんなことなかった」
「私も、リーナ様がどのような方なのか測りかねていましたが、やはりアレクセイ様が仲良くされている方です。お優しい方のようで安心いたしました。」
「あ、そのリーナ様っていうの、できればやめて下さい。私は貴族じゃない、ただの平民なので、様なんてつけてもらうのは変な感じです。」
「し、しかし、アレクセイ様のご友人ということですし…。」
「本人がこう言ってるんだし、いいんじゃない?それに、俺に対してもそんなかしこまった言い方しなくていいんだよ?坊っちゃまとか、アレクとか、普通に呼んでよ。」
「そんな!それこそ、私にも立場というものが…。」
「「俺(私)が良いって言ってるんだから!」」
またもや完全に重なった言葉が、今度は温かい微笑みを全員にもたらす。
王都までの旅路は長く、約3週間の道のりとなる。その長い旅路を心配する者は、今や誰1人いない。その日は夜中まで車内が静寂に包まれる事はなかった