後編
「あ....。そっか、思い..出しちゃったか...」
苦しそうに返事をする桔梗の姿に私は我に帰り勢いよく離れる。
「ごめん!苦しいよね!」
「...」
「...ねえ、教えて。どうして消えそうになってるの?どうしたら桔梗を救えるの?...今度こそ私は貴方の力になりたい!」
私は過去のことを思い出して、今すごく後悔している。私の記憶を封じたことには何か理由があったのだろう。だけどそれを相談させてあげられなくて、一人で抱えこませてしまった。確かに私はあの時幼かった。だけど、あの時と今の私の気持ちは同じ。だからこそ今度こそは力になりたい。
私に気負けしたのかはあ、とため息をついた。
「全く、君には敵わないな。...わかった。話すよ」
「ありがとう」
よいしょ、と言いながら倒れていた体を起き上がらせ、胡座をかく。
「僕みたいな”神獣”と呼ばれる類の妖怪は人の想いで存在している。でも、この神社はもう廃れ、崇拝してくれる人もいなくなった。つまり、もう手遅れなんだよ」
確かにこの神社は私が来た時で、もうかなり廃れているイメージはあった。しかしそんなにも早く全く人がいなくなるなんてことがあるのだろうか。
「不思議そうな顔をしてるね。結衣がいなくなったあと、2,3年後ぐらいかな、ヤマノケが出たんだ。」
「うん」
ヤマノケ...あまり聞いたことのない奴だ。
「僕はもちろんそいつを追い払おうとした。でもちょっとヘマをしてしまった。そいつは偶然神社に来ていた女の人に取り憑いてしまったんだ」
私はコクリと頷く。
「ヤマノケっていう妖怪はお坊さんでも払うのが難しいんだ。それに加えて神社で取り憑かれたという事実。そして、ある日僕の姿を人に見られてしまったんだ」
ダメだな、ヘマしてばかりだ。と、言いながら続ける。
「その結果、狐の祟りだ。狐憑きだ。と言われるようになって子供も大人もみんな来なくなってしまった。たまに心霊目立てに来る人もいるけどそれじゃダメなんだ...」
えへへっと苦笑いをを浮かべる。
「だからもう手遅れなんだ。この手の噂は中々なくならない。せめて神主さんが居れば良かったんだけど、その後すぐに...。だから僕のことなんか忘れて、結衣は楽しい人生を送ってよ。」
何となく察しはついていたがやはり神主さんはもういないんだ。みんなから疎まれ、神主は他界し、その時の桔梗はきっと、いや今でもつらいのだろう。
「...人の思いで桔梗は存在してるんだよね?」
「そうだよ」
「だったら...私が、私の想いで桔梗を存在させる!」
「そんな...ダメだよ。同情だけでそんなことを言うんじゃない。もう、僕のことは忘れて。最後に君に会うだけのつもりだったけど、ね」
最後とか、同情とか、巻き込んでとか、そんなこと言わないでよ。
「そんな悲しい顔しないで。こうなることは君にあった時からわかっていたから。だからこそ僕は...。」
「ねえ、私貴方に言い忘れていたことがあるんだ」
桔梗は何を言いたいのかわかったのか、焦り出す。
「やめてくれ!僕はもう死にたいんだ!分かってくれ...君をもう巻き込みたく無い...」
そんなこと言われてもやめない。あの時何も出来なかった。救えなかった。せっかく会えたのに、思い出せたのにこれでサヨナラなんて嫌だよ。
「私も、桔梗のことが好き。妖怪とか、そんなこと関係なく貴方を愛しています」
するとみるみると桔梗の体は元に戻っていく。
「君は..どんなことをしでかしたか分かっていないんだ...。君の想いで今僕は存在している。つまり僕から離れることは出来なくなったんだよ」
そんなの分かってる。分かってないのは貴方の方だ。だって...
「離れる気なんてこれっぽっちもないから!」
もう一人で抱えさせない。勝手に消えさせたりなんてしない。
「...」
桔梗は私をそっと抱きしめる。桔梗の暖かい温もりが伝わって来る。細いと思っていたけど以外としっかりしている。二度目の抱擁だが、一度目とは全く違う。抱きしめる力は強くそれでいて優しい。
「これで終われたらいいけど、まだ終わってないんだ」
抱きしめる力を弱め庭の方を見る桔梗。それと同時にガラスが割れたような音がする?私もそちらを向いて見ると大きな影が障子越しに見える。
「あれは何!?」
「雷獣だ。結衣会った時に気配を感じてここまで君を避難させるために連れて来たけど、奴も一緒に来てしまったようなんだ。しかも神社の結界を破るとは...」
じゃあ、最初のかなり強引に連れて来たのはこの為だったんだ。そんなことで喜んでいる自分がいるが、今はそれどころではない。
「どうするの?」
さっきまで消えそうだった桔梗は追い払うことなんてできないだろうし、私なんて論外だ。
「あんまり僕を見くびらないでほしい。僕は天狐。神にも匹敵する強さだ。確かに本調子ではないがこれくらい造作もない」
スパンと障子を勢いよく開ける桔梗。目の前にはバチバチと電気を帯びている雷獣。桔梗はぴょんと庭に降り立ち雷獣に近づく。
雷獣が桔梗に向かって雷を落とす。桔梗はそれを避けそのまま狐火を放つ。雷獣は狐火を避けようとするが狐火は雷獣について来る。焦って逃げるが逃げた先には桔梗がいる。
「聖火水流」
狐火が水のように流れていく。雷獣は成すすべなく狐火に燃やされる。たった一瞬の出来事だったが、華麗に狐火を操る姿はまるで芸術品のように美しいと思った。ふと上を見ると空はだんだんと晴れていきやがて朝日が見える。
「もう朝か...」
そう呟き倒れる桔梗。やはりまだ体がきつかったのだろう。私は倒れた桔梗を何とか社へ運び込む。
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「もう体は大丈夫なの?」
夕方、やっと桔梗が目を覚ました。もしかしたら目を覚まさないのではないかと心配で気が気でなかったが見たところ顔色も良さそうだ。
「うん、もう完全に復活したよ。心配かけてごめんね」
体調がもう良いことは本当に良かったと思う。よかったと思うのだが、
「あの、近くないですか?」
とにかく距離が近い。
「そう?これくらい普通だよ」
この男、何処かで吹っ切れたな。まえまでどこか他人事のような態度を取っていたくせに。
「だいたい、まだ納得してないことがいっぱいあるんだからね!」
「そうだろうね」
「そうだろうね、って何よ?答えない気?」
そんなに怒らないでよと受け流そうとする桔梗。そんなに言いたくか。
「....君は後悔していないのかい?」
「後悔って何をよ?」
「君は、僕の存在の要であり、僕の愛に答えてしまった。もう僕からは逃れられない。それに...妖怪と人間の恋路は禁忌だ。」
まだそんなことで悩んでいるのか。これで二回目だ。しかし、何度聞かれても私の答えはただ一つ。
「だから言ったでしょ!私は貴方から離れる気もないし、それが許されないのなら一緒に戦う。一人で悩まないでよ。」
言い切った後にだんだんと頬が熱くなるのを感じる。
「...ありがとう。もう、今度こそは手放さないから。」
それはこっちのセリフだ。もう離さない。これからまだ問題がたくさんあるのは分かっている。何一つ桔梗の蟠りが解決していないことも。
だけどこれからは一人じゃ無い。二人でこれからの話をしよう。
気が向いたら桔梗編やおまけを書くかもです