中編
「食べ過ぎてしまった...」
あんなに沢山あった料理はすべて私の胃袋の中に入ってしまった。お腹がはち切れそうだ。
「いい食べっぷりだったよ」
「うるさい!」
そんなにいい笑顔で言われても全く嬉しくない。
「そういえば、貴方に聞きたいことがあるのだけど」
ご飯を食べる前に見えたあの映像のことだ。聞くなら今しかない。
「なんだい?僕に答えられることなら何でも聞くよ」
微笑みながらこちらを見る男の尻尾が本人は気づいていないだろうが、ゆっくりと揺れている。本人は誤魔化しているつもりなのだろう。実際表情だけだと誤魔化されていたと思う。しかし、揺れている尻尾のお陰でその努力も皆無だ。
「私って、ここに来たことがある?」
そう言った瞬間男の表情、尻尾共にぴたりと止まる。
「そんなことないと思うよ。何でここに来たことがあると思ったのかな?」
「さっき縁側から紅葉を見たときに何となく...」
そんなにはっきりと否定されると自信がなくなる。頭の中にただそう言った映像が流れて来た不確かなことことだから。
「この社と似たような庭のある神社なんて沢山あるから別の所と勘違いしたんじゃないかな」
「そ、それじゃあ何で私の名前を知っていたの?」
そうじゃなければ、この男が私の名前を知っていたことの辻褄が合わない。
「...さあ、僕は君の名前なんて知らないよ。」
どうしてそうやってまた肝心なとこを誤魔化そうとするの?ちゃんと誤魔化しきれているならまだ良い。どうして貴方はそんなにも悲しそうな顔をしてるの?
「私は結衣。覚えときなさいよ!」
**************
ピカっと光り、すぐにかなり大きな音でゴロゴロとなる。
「今のはかなり近いな...」
幼い頃から雷は光ってからの音のスピードで、近いかどうかわかると言われているが、今のはすぐに音が聞こえた。もう雷が怖いなんて言う歳ではないが、この木でできた社の中では少し不安だ。
用意された部屋に戻るともう毛布が敷かれてあった。携帯を見てみるともう11時を回ろうとしていた。流石にもう寝ないといけないと思い布団の中に入る。
電気を消して目を瞑ってみるけれど、なかなか眠れない。体は疲れているはずなのに。空腹は満たされて過ぎているほどに満たされているのに、だ。その理由はとうの昔に気づいていた。どうしてもさっきの寂しそうな顔が頭から離れないのだ。
「あーもう!夜風でもあったってこよう!」
そう言って私は布団から飛び出す。向かう先はさっきの縁側だ。
流石にこの時期は夜が冷えるな。なんて思っているともう縁側のある部屋に続く襖につく。
「っ!」
襖を開けてみるとそこには苦しそうにしている男の姿がいた。
「...どう...して、君がここに?」
「喋らないで!貴方消えかかってるじゃない!」
男の体は透けていて、薄っすら向こう側が見えるぐらいだ。それでもただ一つ透けていないものがあった。
「...指輪?」
「っ!」
男が大事そうに握りしめているのは指輪だった。どこにでもありそうな夏祭りなどで売ってそうな安っぽい指輪。偶然かも知れないが私もその指輪を持っていた。何処で、いつ買ったかも覚えていないが、ずっと大切に持っている指輪。
_____ 思い出した。
********
あれはまだ私が幼かった頃のある夏休み。両親が仕事で海外に行ってしまったときに、知り合いの神社に預けられたんだ。
そこには人の良さそうな神主のおじいちゃんがいた。とても神主さんには良くして貰ったのだが、幼い私にはその生活は暇で暇でしょうがなかった。
だから神主さんには内緒で森へ出かけたんだだけど、迷子になってしまったのだ。そこで出会ったのが、私と同じぐらいの歳の男の子。
「ねえ、君迷子なの?」
私は人に出会えた嬉しさと、突然話しかけられた驚きで目があった瞬間涙が出てきた。涙で顔もぐしゃぐしゃのまま、なんとか返事をした。
「ゔん...」
その子はえんえんと泣く私の背中を泣き止むまで何も言わずに撫でてくれた。その後その子のお陰で無事神社に戻ることができた。戻ってきた私を神主さんはびっくりしたような、安心したような顔をして迎えてくれた。
「あの、今日はありがとう。えっと、明日も会ってくれる...?」
私はまた少年と会いたくて勇気を出してもじもじしながらも言う。
「.....うん!もちろん」
「やった!私は結衣。貴方の名前は?」
「僕の名前は____」
それから、少年と私は毎日のように遊んでいた。ただし、神社の中のみという神主さんの条件つきで。
私たちが毎日遊んでいたのが神社の中の紅葉の木下でのかくれんぼ。一人が隠れて、一人がその紅葉の下での隠れている人を待つ。私が隠れるのがうますぎて、なかなか見つけてくれなかった。
そしてある晩夏祭りがあった。当然私たちも参加していた。普段寂れているこの町もこの時だけは多くの人で溢れていた。周りには美味しそうな匂いがしていて初めてお祭りに参加する当時の私の興奮は収まらなかった。
「こうやって過ごせるのもあと少しだね」
その時の表情はひどく悲しそうだったことを覚えている。
「そうだね...」
私はしんみりした空気を消すために当たりを見渡した。そして目に入ったものが指輪だった。見た瞬間目が離せなくなった。それは紅葉の木の柄がが彫ってあるシンプルなものだが、妙に惹かれたのだ。
「きょうちゃん!これ、お揃いで買おうよ!私が帰ってもまた会おうっていう約束のお守り」
これで離れていてもお互いのことを思い出せる。幼いながらも必死に考えたことだった。少年は大きな目をさらに見開いた。そして満面の笑みで約束をしてくれた。
「良いよ。約束だ」
指輪の大きさは幼い私たちの指には大きすぎる為神主さんにネックレスにしてもらった。実は今でもこの指輪は私の指には大きかったりする。
楽しい時は終わり夏祭りが終わった後私たちが社に帰っている途中、ちょうど神主さんが私たちの側から離れた時だった。私がその時偶然後ろを振り向いた時、奴がいたのである。そう、妖が出て来たのである。
そいつは私に向かってに向かって一直線に向かって来た。迫り来る妖。自分しか気づいていないこの状況。私は動かなかった。その時の少年が私の目の前に飛び込んできた。
そのあとのことはあまり覚えていない。私は意識を失い、目が冷めたときには社の中。起きた時、目の前にはボロボロになって横たわっている少年がいた。幼い私は私は少年が死んでしまったと思った。驚きと悲しみで涙が溢れてきた。
後からきた神主さんに聞くと、妖が激突した時に少年が私を庇ってくれたという。しかし完全には庇いきれず、私は頭に軽傷を、少年は全身に重症をおったらしい。その後神主さんがきて追い払ってくれたそうだ。神主さんは申し訳なさそうに「来るのが遅くなってすまなかった」そう言い頭を下げられた。
翌朝、少年は姿を消した。
「どう..して...居なくなっちゃったのかな。...私のこと..嫌いに..なったのかな?私の代わりに...怪我させちゃった...の怒ってるのかな?」
「そんなことないよ。きっと彼は貴方に弱っている姿を見せたくないだけですよ」
すすり泣く私を神主さんはずっと私の背中をさすってくれた。大丈夫、大丈夫だから、と_____
そして、少年の姿を一度も見ることもなく、私が家に帰るときが来た。私は今日こそはもしかしたら少年が来てくれるんじゃないかと思って紅葉の下での待っていた。
「そんなところに居ては、風邪をひきますよ」
「良いの。ここで待つの!」
神主さんの忠告も聞かずただずっと待ち続けた。そして少年は来たのだ。獣のような耳と4本の尻尾を携えて。あの時おった傷は完全に治っているで、ひとまず安心する。
「ごめんね」
「...それはなんに対してのごめんね、なの?」
私は少年の方を一切向かずに答える。きっと目を合わせてしまうと泣いてしまうから。
「全てに対して」
それでもこちらを向かない少年は困ったような笑みを浮かべ続ける。
「僕は見ての通り人間じゃないんだ。結衣とは生きている世界が違う。一緒にいても君を前みたいに巻き込んでしまうかも知れない。それは僕にとってとても耐えられない」
私は思わず振り返って叫ぶ。涙が出るとかそんなことどうでもいい。
「意味分かんないよ!巻き込んでしまうとか...。生きている世界が違うって今までそう思いながら一緒に過ごしてきたの?」
「そんなわけ...。とにかく、これで君とはお別れだ。もうじき君はこの場所での記憶を全てを封じられる」
「そんなの...そんなの嫌だよ!約束したじゃん!また会おうって...?」
彼は困ったような悲しいような、複雑な表情を浮かべる。
「ごめんね。こんなこと約束するんじゃなかったよね。結衣、君との時間は僕にとって夢みたいな時間だった。」
「....」
「結衣は今話していることも忘れてまう。だけど君にどうしても伝えたいことがあるんだ」
一息ついてまた続ける。私はもう何も考えられなくなっていた。
「好きだよ。僕はどうしようもなく君を愛してる。」
彼はだんだんと透けていく体で、私を抱きしめた。
「今の君はこの意味が分からないかもしれないい。でもどうしても伝えたかったんだ。 」
抱きしめた体をゆっくりと離す。もうほとんど体は見えない。
「ああ、もう時間だ。さよなら僕の愛しい人」
ここで完全に彼の姿は見えなくなり同時に記憶を封じ込まれたのだった。
*************
私は勢いよく、男に抱きついた。
「全部、全部思い出したよ。”桔梗”」