第9話 素晴らしき貧乳学園5 小川リオとの出会い
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また数日が過ぎた。七月も終わりに差し掛かった。
夏休みに入ってから実感してるのは、貧乳学園に非公式訪問した日には、必ずと言っていいほど色々なことが起こるってことだ。
先日、学園に来た日も盛りだくさんであった。
学園の通学路で天海アキラという女装男と知り合った。
今山夏姫という絶壁娘と野球場デートして帰り際に引っ叩かれた。
野球場ではビール売りのポニテ娘に声をかけた。
地元の駅に戻ってきたら、なんと氷雨が居て、比入氷雨の悲しい過去を知った。
氷雨を改札まで送って行った後、自宅に戻り、すぐに眠ろうと思ったけど、疲れていたはずなのに全然寝付けなかった。
その次に学園に行った日に出会った篠原こやのは、女であろうが何だろうが構わない変態メガネ貧乳であった。
待ち構えていた占い娘に至っては、未来から大勢の貧乳を守るために来たと言う。
二人とも素晴らしい貧乳をしているが、二人とも言動は常軌を逸している。特に占い娘の話はぶっ飛んでいる。
未来から来たって何だよそれは。
しかし、考えてみれば俺が不死身であることや、氷雨の暴力性なんてのも異常なのだから、思ったほどでもない気はしてる。
とまぁ、こういった感じで、寝付けない日々は一体いつまで続くのだろうかってくらいに、本当に盛りだくさんな日々を過ごしている。
でも、まあね。出会った女の子みんなの胸の大きさは、決して盛りだくさんではなかったな。素晴らしいことにね。
見上げれば、外は暗い雲に覆われていた。
昼間だというのにどんよりと暗い。
俺は、曇った空と同じように、すっきりしない思いを抱えていた。
気分転換にデーゲームが行われる野球場へ行くことにした。推してるチームに腹の底から声援を送ろうじゃないか。
ところが、いつもの外野自由席を陣取ってはみたものの、試合開始前から予報されていない大雨が降ってきて、あっという間にグラウンドは水浸しになった。シートが掛けられて数分して、開始前中止が宣告された。
しかも、雨は中止が決まったらすぐに上がって、「これなら試合できたんじゃねぇのかオイ」とかって、何の罪も無いバイト整理員に文句をつけたい気分に駆られた。
思うようにならないことばかりで、イライラする。
しばらく球場内でぼんやりしてから、外に出る。
緑の多い野外球場の周囲をぶらぶらしつつ、学園に素敵な貧乳でも物色しに行くか、などと思っていたのだが、
「ぐふぅ!」
突然だった。曲がり角の向こうから猛スピードで飛び出してきたスポーティな自転車に撥ねられた。
キキィと響くブレーキの音、タイヤが地面をこする音。宙を舞う俺の身体。歩道に転がり、頭をぶつけ、膝と肘を擦りむいた。痛い。しかし、普段より時間がかかったけど、すぐ治った。
俺を殺しに来た未来からの刺客かと思った。もしくは氷雨が俺を戒めるために突っ込んできたとか。
でも、違った。
「わわっ、だ、大丈夫ですか! すみません、不注意で!」
女の子の小さな声だった。震えて、かすれて、慌てたような感じの声が微かにきこえた。
薄目をあけて見てみると、スポーティ貧乳だった。見たことある貧乳。引き締まった凛々しい貧乳だ。貧乳学園に通っていても何ら不思議でないほどのハイレベル貧乳。
胸元にフリルのようなものがついた水色の服を着ていて下は白いパンツだった。とても爽やかな雰囲気のポニーテール娘である。
けれども、胸元のフリルで誤魔化されやしない。彼女は素晴らしい貧乳だ。
自転車を倒して慌てて駆け寄ってきた時、当然のことながら貧乳は揺れなかった。かわりに俺の心が少しだけ揺れた。
「あの、すみません。えっと、大丈夫ですか? おーい」
蚊の鳴くような声でそう言って、ポニテ娘は俺を揺すった。
轢かれたり撥ねられたりするのは慣れている。病弱だった昔の俺が病弱ではなくなった頃から、そういった事故に巻き込まれたり、死ぬような衝撃を受けたりすることが多くなった。
しかし、その頃にはもう、死なない体になっていた。当時はまだ傷の治癒スピードが不安定ではあったけどな。
だから、数年前から何度も味わっている気絶必至の衝撃というわけで。言うほど大変な事態でもないのだ。
だが、小賢しい俺はこの状況を利用して彼女の貧乳とお近づきになるべく、「う、うぅ……」などと、わざと苦しげに呻いてみる。
「ど、ど、ど、どうしよう、骨とか折れてたら大変だぁ……」
そうして、彼女は歩道で俺の胸に触れた。できれば俺が彼女の胸に触れたり撫で回したりしたいのだが、これでは理想と立場が逆だ。
「うん。心臓は、動いてるし、呼吸も、ある」
そこで俺はばちりと目を開いた。
「あ、生きてた。よかったぁ」
安堵の溜息を吐いた彼女の上下した貧乳は、やはりかつて見たことのある貧乳だった。
間違いない、この貧乳は、かつて目の前でメガホンをぶつけられたビールの売り子さんだ!
行きつけの野外球場におけるビールの売り子さんには何種類か居るが、彼女は黄色と黄緑の服を着て、小さなタンクを背負ってビールを売り歩く種類の可愛い貧乳である。
彼女の差し出した手を掴んで立ち上がる。すこし、ざらざらした手だった。
そして俺は、傷なんて速攻で全快してピンピンしてるくせに、
「うぐぐ、いててて、体中、痛いぜぇ」
などと棒読みで嘘こいた。
「あの、あのぅ……すみませ――」
しかし、俺はその小さな声での謝罪を遮り、かっこつけた声でこう言った。
「君、どこかで会ったことある?」
「え? えと……はい……たぶん……。まえ、男の人にメガホンぶつけられた時に、助けてくれましたよね? 球場で。わたし、あの時の売り子です」
「ああ、あの時の!」
わかっているくせに、わざとらしく言ってやった。
「ええ、あのときは、本当にありがとうございました」
結果的にメガホンをぶつけられたのだから、助けたことにはならない気もする。けれど、こうしてペコペコと感謝されているので、何らかの助けになったのかもしれない。
「し、しかも、助けてくれた恩人を、はねちゃうなんて……」
見た目は元気系の快活少女なのだが、どうやら引っ込み思案な性格のようで、小さな声は時折震えていた。
「大丈夫さ、ほら、このとーり、死んでないからな」
俺は調子に乗って、マッスルなポーズをとった。ひょろい身体を大きく見せてみる。
「よかったです。でも、何かお詫びを……」
「触ったり撫でたりしたい」
その時、さいわいにも、トラックがクラクション鳴らしながら真横を通り過ぎた。
「え?」
「いや、違う。何でもない。あまりの引き締まった美しさに、つい反射的に心の声が漏れてしまったようだ。気にしないでくれ」
「はぁ。よく聞き取れませんでした」
よかった。あやうく出会って数分で幻滅されるところだ。最近は俺も成長して、そのくらいのことはわかるようになった。
貧乳を褒めるところまではセーフだが、それより先の撫でや包み込み等、実際の行為を想像させる言葉は、さすがにセクハラに該当するところなのだ。
わかっていても、うっかり口から出てしまった。最近、素敵な貧乳に出会いまくっているため、感覚が麻痺しているのだろう。ついつい単に貧乳を褒める以上のことを言いたくなってしまったのだな。気をつけなくては。
ポニテの貧乳女子は、わずかな沈黙の後に、意を決して名乗った。
「あの、わたしは、小川理央っていいます」
「へぇ、リオちゃんか。可愛い名前だな」
「そ、そんなこと……」
俯いて顔を真っ赤にしている。ほっぺを押したら頭の先で噴火でもしそうなくらい真っ赤だ。
「俺は、大平野好史。高校三年だ」
「わ、わたしは、和井喜々学園の二年で――」
「やはり!」
さすがの貧乳レベルの高さだ。
「え、あ、はい。でもなんで、やはりなんですか?」
「ああ、それはだな……お嬢様学校として、わりと有名だろ?」
「たしかに。でも、わたしは全然お嬢様ってわけじゃないですけど……」
小川理央ちゃんは、そう言って、自分の後頭部にあるポニテを一度撫でた後、思い出したように腕時計を確認した。そして、自転車を起こして、
「すみません、家族に夕食を作らないといけないので……急がなきゃ」
「へぇ、何人家族なんだ?」
「六人家族です。両親と、姉と、わたしと、弟が二人」
「そりゃ大変だ」
「は、はい。でも、慣れてますし」
「そうか。偉いんだな。アルバイトもして、家事もこなして」
俺はウヌウヌと頷きながら、そう言った。
小川理央ちゃんは、何かを言うために息を吸い込んで、しかしそのまま吐く、という動作を三回ほど繰り返した後、緊張していたのか、声を裏返してこう言った。
「あのぅ、今度、必ずお礼とお詫びをさせてください!」
「ん、ああ。わかった」
と言いながら、俺がポケットから携帯を取り出した時には、もう彼女の背中は遥か遠くにあった。ものすごいスピードで遠ざかって見えなくなった。
「クッ、貧乳娘の連絡先をゲットしそびれたぜ」
雨上がり、人見知りの激しそうなポニテ貧乳と出会った。
★
小川リオちゃんと出会ってから、しばらくして、占い娘ちゃんを見つけた。
黒ローブを着て真新しいピカピカの水晶玉を手に持ち、駅前の道をふらふらと歩いていた。
びっくりさせてやろうと背後から近付き、占い娘のフードをクイッと引っ張る。
「いえーい、占い娘ちゃん、いえーい」
「ふあぁぁあっ」
バランスを崩して、転びそうになって、何とかこらえていた。
「もう、何するんですかぁ!」
振り返ったヤキソバ頭は、ぷんすかといった様子だ。大変かわいらしい反応が、とても嬉しい。
彼女が歩き出したので、俺も彼女の狭い歩幅に合わせる。並んでゆっくり歩く形だ。
「水晶玉、新しくしたんだな」
俺の言葉に対し、占い娘ちゃんは、よくぞ気付いてくれました好史さんといった様子で、嬉しそうに、
「はい! 今日は、これを取りに久々に外に出たのです」
「久々にって……もしや引きこもりさんなのかい?」
「そうと言えばそうかもですね。休日の過ごし方は家でダラダラですし。でも、学校にはちゃんと通ってますので、違うと言えば全然違います。ちなみに、未来においては貧乳の引きこもり率や自殺率が非常に高いです」
「そこまではきいてない……。だが、それは由々しいな」
「はい、由々しいです」
「そうそう、貧乳といえば、占い娘ちゃんに訊きたいことがあるんだ」
すると、歩行するヤキソバヘアーは、俺の方にくりくりとした黒い瞳を向けて、「何ですか?」首を傾げた。
「小川理央という貧乳娘を知っているか?」
「ええ。小川ちゃんですね。クラスメイトです。おとなしくて人見知りな子なので、好史さんは絶対に気に入ると思ってました」
「さっきさ、リオちゃんの自転車に撥ねられたんだ」
「そうですか。でも、そんなに嬉しそうに弾む声で言うことなのでしょうか。すごい変態っぽいですよ」
「どんな女の子なんだ、小川リオちゃんって」
「一般的な家庭に生まれた子ですよ。働かず嫁にも行かない貧乳の姉と、二人の幼い弟が居て、家庭の財政状況が少々苦しい感じなので、学園的に禁止であるアルバイトをこっそりやってたりします」
それ普通なのだろうか。少し大変な境遇のようにきこえるのだが。
「バイトか。野球場でのビール売り子さんだな。あの元気な色のコスチュームは、快活そうな見た目の彼女に非常に似合っていた」
「ええ、アルバイトしてるのがバレたら、うちの校則は非常に厳しいので、重たいペナルティは避けられないでしょう。それでもなお仕事を求めたのには、重度の人見知りを改善しようという目的もあったみたいなのです。ただ、何せビールの売り子さんは大きな動きを見せたり、大声を出さなくては売れず……」
「だな、すごい人見知りっぽかったなぁ。終始おどおどしてたし、所々どもってたし」
「その上、小川ちゃんは超可愛いとは言っても貧乳なのでおっぱい星人のオジサンたちからの支持が得られず。しかも、声も小さくてオドオドしてるので売り子さんとしては落第娘らしいです。現状としては固定客など着きようはずもなく、給与の多くが歩合制であるビール売り子さんは選択ミスのような気もします」
なるほど、リオちゃんのことを多く知ることができた。
「占い娘は、小川リオちゃんと仲いいのか?」
「そうですねぇ、悪くはないですが、親し過ぎない程度ですよ。小川ちゃんではなく、私はナツキちゃんと一番の仲良しなのです」
「へぇ、今山夏姫ちゃん、だっけ。あの絶壁ちゃんも同じクラスか」
「はい。でも、最近のナツキちゃんは、アキラアキラとばっかり言って、あんまし私とつるんでくれなくなりました」
「何とまぁ、そいつは、寂しいな」
「はいぃ……」
黒ずくめの貧乳少女は俯き、あからさまに寂しそうな表情を見せた。しかし、すぐに気持ちを切り替えたようで、顔を上げて、
「それはそうと、どうですか、好史さん」
「どう……というと?」
「最近、いろんな女の子と出会ったかと思いますが」
確かに、氷雨以外の多くの貧乳と出会うことができた。
「返す返すも素晴らしいよな。さすが貧乳学園と呼ばれているだけのことはある。出会う女の子がみんな、見事な貧乳ばかりだ。占い娘ちゃんも今のところは素晴らしい貧乳だが、夏姫も、篠原も、リオちゃんは、それを圧倒的に上回る逸材だ。俺の目と心を存分に楽しませてくれる」
占い娘ちゃんは漆黒の衣装に身を包む素晴らしく幼い貧乳。
二つ結びの今山夏姫は見事なまでの絶壁貧乳。
篠原こやのは、好きとなれば相手がどうあれ平気でアタックする清々しいまでの変態メガネ貧乳。
そして、ポニテで引き締まった肉体を持つ小川理央ちゃんのスポーティ貧乳。
みんな、本当に素敵だ。非常に可愛かったり、とびきり美しかったり……。
あ、同じ学園の生徒でも、天海アキラだけは男だから全力で除外するけども。
しかし、何度も言うように、俺は彼女たちと付き合うわけにはいかない。彼女たちは、たいていの貧乳好きを存分に満足させられる貧乳をしているのだが、俺にとっては、せいぜい友達として一緒に遊びに行くくらいだ。
欲望に負けず、しっかりとラインは引かなければならない。
口では色々、触りたい突つきたい撫で回したい包み込みたい、などと言ってしまうことがあっても、実際にそれをすることはしない。なぜなら、それは本当の浮気にあたるからだ。
つまり、彼女たちと付き合うという選択肢は無いのだ。もしも氷雨よりも先に出会っていれば、と思う瞬間も何度かあったのは認める。でも、何だかんだで俺には氷雨しかいないのだ。
だから、ヤキソバ頭の占い娘が、
「好史さん、ものは相談です。そのうちの、誰か……そうですねぇ、私とか、小川ちゃんあたりと付き合ったりしませんか? その気なら、全面的に協力してあげましょう」
そんな風に言ってきても、
「ことわるっ!」
と大声で叫ぶしかない。氷雨の貧乳と出会ってしまった俺は、他の貧乳と正式にお付き合いすることなどできない。
だったら、そんなに氷雨が好きならば、何故氷雨と正式に交際を始めないのか。何故他の女の子に会いに行ったりしてしまうのか。
自分でも、一体何やってんだと思わないこともない。
でも、きっと俺は、氷雨の貧乳より上位の貧乳がこの世に存在しないことを実感したいんだ。
「氷雨の貧乳が、宇宙で一番、美しいに決まっている」
口に出して言ってみる。
しかし、占い娘としては、俺と氷雨さんを何としても引き離したいらしい。俺の貧乳愛に対して批判的な言葉を返す。
「でも、その美しさだって、永遠じゃないでしょう?」
「永遠ではないからこそ、美しいとも言える」
俺はそう返したが、
「今すぐに氷雨さんがいなくなっても、同じことが言えますか?」
これには、沈黙を返すしかなかった。
「だから、好史さんと氷雨さんは、はじめから、出会うべきではなかったんですよ」
「そんなこと……」
「氷雨さんのことは、諦めないとダメです」
強く言い切って、歩き去る占い娘ちゃん。
彼女の小さな背中を、立ち尽くしたまま見送る。
わからなくなる。俺は、どうしたいのだろうか。
ただでさえ良くない頭が、寝不足でさらに悪くなっている気がする。
大事な決断ができない。
氷雨のことは好きだ。間違いなく、誰よりも好きなんだ。
だけど、氷雨の貧乳のことを好きだと確信を持って言えるけれど、果たして氷雨のすべてが好きでいるのか、その確証が無い。
確証がないうちは動けない。確かめるのもおそろしい。その方法もわからない。
その上、占い娘が言うには、俺と氷雨が近付くと良くない結果を招くという。それが俺たち個人の問題ならまだしも、世界規模の問題、みたいなことを言っていた。
俺は、どうすれば良いんだろう。
どうしたいんだろう。
氷雨とどうなりたいんだろう。
答えを出したくない。
ヒョコヒョコ小さな歩幅で歩いていく占い娘ちゃん。角を曲がったその黒い背中が、見えなくなった。