(貧)NEW GENERATION 第30話 前玉うおるの敗北
ひのでは、部長から呼び出され、離脱した。
案を言い出しておいて、さっそくいなくなった。
ギャルらしい奔放さだ。
うおるとしては、助言してくれる者が欲しかったのだが、一人で制作を進めることになってしまった。
うおるは、オーバーヒート寸前になるほどに、内臓されたデータベースをフル活用した。
精密な絵を描く能力には自信があった。
ミユルと篠原栄華の細かな身体情報は、彼女のデータベースに入っていた。
しかし、精密な絵を描くことと、漫画を描くことは、全く違った能力であることも、彼女のデータベースには刻まれていた。
漫画力は、今の彼女には備わっていない。外から補って拡張していかねばならない。
筆を走らせる。滑らかな線を描いていく。
精密な絵が生まれた。
しかし、どういうわけか、躍動感のない絵になってしまう。
そこに生きていない、細部だけ精密な、あるいは躍動を模倣するような、命が宿らない絵を量産するだけになってしまう。
うおるは、試行錯誤を繰り返した。
煮詰まった。
どうやっても、うまくいかない。
経験があまりに少なすぎる。監視したり敵を退けたりする能力ばかりが優先されたために、創作方面のデータの蓄積がほぼ無いからだろうか。
何が面白い漫画で、何が面白くない漫画なのか。
その基準が、うおるには内臓されていない。
特に、普通じゃない、誰かを陥れるのに使えるような、ある種いやらしい内容の漫画であれば、なおさらである。
もともと、何の変哲もない、ただの貧乳ドールであったのだ。無理もないことだ。
とはいえ、描き上げられないと非常に困る。望まぬ同人誌を制作することによって、天海ミユルを苦しめ、妨害の妨害をしなくてはならない。うおるの目的は同人誌の回収と焼却であり、ミユルの目的は同人誌の存続である。
漫画完成の暁には、
――ほらね先輩、こんなことされたら嫌でしょう。あたしの気持ちがわかった?
というような言葉を、浴びせたくて仕方ない前玉うおるなのだった。
すでに目的は変わっていた。制作中止に追い込みたいというのではなく、もっと複雑になっていた。
はじめは、自分が嫌だから、ハルヒメにも迷惑だと思うから、という気持ちだった。
しかし今は、ミユルに参ったと言わせたい気持ちと、自分も素敵な作品を描きたいという気持ちが加わり、それが、いっそう前玉うおるの筆を迷わせた。
どうにかして下品な作品として形にしようと努力を重ねた。
全くしっくりこない。
むしろ下手になっているとさえ思う。
自分は何をやっているのだろうかと頭を抱えることが増えてきた。
「もう限界かも」
一向に納得のいかない作業に、ついにうおるは、恥なんてものを置き去りにして、天海ミユルに連絡を入れた。
「天海ミユル。あなたが隠し持っている例の作品を貸してほしい」
もちろん、「ありえないんだけど」と断られた。さらにミユルは続けて言う。
「てか、あなたに渡したら燃やされるから嫌。ふざけんな」
警戒されて取り付く島もないようだった。
かくなる上は、作者に直接、会いに行くしかない。
もちろん燃やしたり、やめさせるためではない。ミユルと篠原のいやらしい漫画を産み落とし、それを作品として仕上げるために、天才漫画家に会いに行くのだ。
★
前玉うおるは、手掛かりがなさすぎて途方に暮れることになった。
作者に会うことができない以上、自力で何とかするしかない。
結局、必死に、紙にペンを走らせ続けることになった。
太陽がすっかり傾き、もう夕方だ。
もう何十分も机にかじりついたまま、不毛な作業を繰り返している。
そこに、見かねた人間が声をかけてきた。
「うおる先輩。お困りのようっすね」
後輩の篠原英華だった。
うおるは、創作活動が全くうまくいっておらず、ピリピリした空気を隠せなかった。「何の用?」と、冷たく言い放った。
篠原の方は、いらいら貧乳ドールの八つ当たりなど意に介さず、淡々と用件を告げる。
「ひとことで言えば、お望みのものが手に入る。いえ、それどころか、お望みの人にも会えるってことです」
「要するに何?」
「あの作品の、作者の情報、ほしくありません?」
「あたしのデータベースでも見つけられないものを、あなたが知ってると?」
「やー、その情報群、もうとっくの昔に古いんすよ。学園の歴史は、毎日新しく刻まれてるんすから」
「でも、教えちゃっていいの? あなたは、ミユル側だと思ってたんだけど」
「ここだけの話、ミユル先輩は、私に逆らえませんからね」
「一体、なにがどうなってそうなるの。腑に落ちないものがある」
「まあ、いろいろありましてね」
「そもそも、あたしが描こうとしている下劣きわまりない作品は、あなたを苦しめる内容でもあると思うけど、いいの?」
「そんなの、痛くもかゆくもないですね。誹謗中傷なんて日常的なことですし、それに、自分を傷つける内容を描かれる苦しみよりも、ミユル先輩が酷い目にあったり、激怒したりっていう反応を見る楽しみのほうが勝ります」
「先輩をおもちゃにして遊ぶのは、本当に悪しき伝統だと思う」
「それだけ平たい関係を結べてるって解釈もできます」
「あたしのデータベースを総合して分析すると、確かに一理あると言える」
「そうでしょうとも。後輩から先輩を煽りまくることができるっていうのは、すばらしい気風ですよ」
「そういうあなたは、中等部の後輩たちから煽られる立場なの?」
「うーん、残念ながら、腫れもの扱いですね」
「貧乳って孤独になりやすいものね」
「なんですか、その悲しいデータ。てか、少なくとも、この学園じゃあ、貧乳率けっこう高いんですから、まったく当てはまらないと思います」
「データが古かった?」
「それです。私の情報網のほうが強いようですね」
「あまりいい気分じゃないけれど、素直に負けを認めておく。それで? どこなの? アレの作者は」
「バレー部ですね」
「運動部なの?」
「意外そうですね」
「バレーボールなんて、フィジカルエリート系が集まる場所でしょう。そんな陽キャの集合体みたいな人たちの中に、そういうのを描く怪物が潜んでるっていうの?」
「えーと、あの、おぼえといてください、うおる先輩。そういうの、偏見っていうんですよ。人間らしくて私は好きですけど」
★
前玉うおるは、これまでの作業の停滞は、ハカセが組んでくれたデータベースを過信しすぎたことによるものだと判断した。
かくして、うおるは、ハルヒメに声を掛けた。
さまざまな部活に助っ人として呼ばれている彼女であれば、バレー部の活動にも詳しいと考えたのだ。
ハルヒメの案内でバレー部の人間に聞き取り調査をした結果、「ハルキ様の頼みだから断れないや」と言って微笑む一人の女子生徒の発言から、すぐに作者へと繋がった。
世の中、やはり、データだけでは思い通りに進展しないこともあるのだ。
作者が作業場に改造して潜伏しているという、調理準備室に向かった。
ハルヒメは、彼女の正体について、それなりに詳しく知っているようだった。
「部員ではなく、マネージャー。三年生の先輩だね。まなま先輩と同じクラスの。この時間には、だいたい毎日、スポーツドリンクの片づけをするために、調理室を使ってる」
「どういう人なの?」
「会ってみればわかるかな」




