(貧)NEW GENERATION 第28話 天海ミユルの全力
この日、部長たちは不在だった。二人して先生から呼び出されていたのだった。
どっちの部長も、放課後の部室にいない。そんな滅多にないような日のことである。
「うちは、絶対に許せない」
比入ひのでは、珍しく怒っていた。
そばにいた天海ミユルも、少しの沈黙の後、勢いよく頷いてみせた。
「ミユルも、そうね、許せない」
きっかけは、前玉うおるの愚痴だった。
なんでも、自分が主役級の同人誌が存在し、その中で架空の自分がつくりだされていることに気に入らない感情を抱いており、ひねりつぶしてやりたいのだという。
多くの場面で冷静な前玉うおるには非常に珍しく、強い語気だったため、ひのでは先輩として、一肌ぬいでやろうと意気込んだのだった。
「人が嫌がってることを続けるなんて、許せないよねぇ! ミユルぅ」
「ええ、そうよね、ひので。なんとしても作者を突き止めないとね」
嫌がっている部長相手の貧乳煽りを続けていることについて、どう思っているのか。そんなツッコミを入れる者は、この部室には一人もいなかった。
かくして、あやしげな未許可作品を滅ぼす作戦が始まったのだった。
ひとつのアンダーグラウンドを燃やし尽くして灰にするために、ひのでとミユルが、先輩として一肌脱ごうというわけである。
しかし、ひのでが積極的に聞き込み調査をしている横で、普段なら同じようなテンションで付き合ってくれるはずのミユルは黙ったままだった。
しかも、何度となくトイレに駆け込んでいき、ひのでがついて行こうとすると全力で遠くのトイレに逃げて行ったりもした。戻ってきても、隙あらば携帯端末画面をチラ見している。
体調を崩しているようには見えなかったし、そもそも一緒にトイレに行くことを全力で拒否しているのも、おかしな話だ。
「ぁやしぃ」
ひのでの勘が、異常を感知した。
全力で逃げるのならば、全力で追いかけるまでだ。
ミユルは、携帯の画面を見てから、
「ミユル、トイレいってくる」
その言葉に、「行っといれー」と返したあとで、ひのでは、すぐさまミユルを追いかけた。
ところが、廊下の曲がり角の向こうに消えたのを追っていたとき、中等部の女子生徒三名ほどが、たくさんの印刷物を抱えて歩いているのに激突し、姿が見えなくなった。
ミユルがどこへ行ったのか、携帯に連絡してみる。かすかに着信音が響いた。
音のする方へ向かう。
階段の上のほうに、かなりのスピードで遠ざかっていったようにきこえた。
ほんのかすかな残響を追いかけてみたが、また別の中等部の女子生徒に行く手を阻まれた。踊り場でアクロバティックにダンスの練習をしている三人組は、音楽に合わせて踊ることに夢中で、ひのでが迷惑を被っていることなど、お構いなしだった。
なんとか華麗なステップでダンサーの間をやりすごした比入ひのでは、屋上に向かうことにした。
音の遠ざかる速度からして、目的地があるはず。ならば、屋上に行くのではないかと予想した。
しかし、あと一階層で屋上に出るといったところで、また邪魔が入った。
「あれあれ、ひので先輩じゃないですか。なにしてるんですか。屋上は立ち入り禁止ですよ」
中等部の生徒会長、篠原栄華だった。
「篠原ちゃん。ミユルの姿を見なかった?」
「どうかしたんですか? ミユル先輩なら、保健室のほうに行きましたけども」
「本当に?」
「嘘をつく理由がありますかね?」
「じゃあ、本当に調子悪かったのかな」
「だと思います。保健室で寝てるかもです」
嘘のにおいがした。
ひのでは、篠原を押し退けて、屋上庭園へと続く扉に手を掛けた。
「あれ?」
屋上に、ミユルの気配は無かった。
「あれほど横幅があって、存在感があるはずなのに……」
挑発じみた言葉を発しても、何も返ってこない。
人の気配が、そもそもしない。
完全に見失ってしまった。
★
生徒が、まばらに行き交う廊下にて。
『ありがとう、助かったよ』
そんなメッセージを送信して、ミユルは緊張を解き、深く息を吐いた。
ミユルは、魔法少女に変身していた。
さらに、ミユルの魔法は制服を生み出しており、一般生徒に溶け込む形でひのでの妨害を続けようと決意した。
作者を突き止めてやめさせることが、ひのでの目的である。ならば、作者を特定させないよう動き、もしも作者が突き止められたとしても、その作者を逃がすなり守るなりすればいい。
そんな風に思い、協力者の篠原とともに計画を立てようとした、その矢先だった。
「ミユル先輩。なにしてるの?」
前玉うおるだった。
ミユルは「ミユル……誰それ」と平静を装いながら、内心で焦りを抱いていた。
「隠しても無駄。どんなに見た目が変わっていても、貧乳オーラから、ミユル先輩とわかる。あたしの目は誤魔化せない」
「えっと、誰よ、あなた」
しらじらしい態度に、前玉うおるはムッとした。
「ひので先輩と一緒に、同人誌を燃やし尽くしてくれるはずでは?」
「だから、誰だって」
苛立ちをぶつけるように言った瞬間、シャッター音がした。
前玉うおるが、携帯端末で変身状態の天海ミユルを撮影したのだ。
「カクシコ姉さんに言いつける。カクシコ姉さんも、貧乳オーラが読めるから、絶対にミユル先輩だとわかる」
「なっ……」
「ミユル先輩、目的は何? 何のために、誰のために妨害しようとしているの?」
「だから、ミユルって誰?」
「自分の名前も忘れてしまったのね。ダメージを与えれば、思い出してくれるのかな」
「そんなこと、できるとでも?」
「というか、そもそも先輩は、後輩たちがあられもなく濃厚に絡み合うような劣悪な書物を許せるの?」
この言葉を耳にした時、ミユルのなかで、大きな怒りが膨らんだ。
「当たり前でしょ。ミユルはね、うおるのことも、ハルキくんのことも、ラブなんだから」
「ラ、ラブ?」
「ええそうよ。自分の『好き』に嘘はつきたくない。ミユルはラブを求めてるの! あの作品に」
「あの、先輩? 本当にあんなのが好きなの? 正気を疑うのだけれど」
「正気だよ! 好きだよ! 変態だもん!」
「変態て……自分で誇って言うこと?」
「うるさい! わからせてやる!」
天海ミユルは杖の最大戦力を解放する。
時を止めたのだ。




