(貧)NEW GENERATION 第10話 天海ミユルは悪くない
ある日の放課後。
「ないちち賞賛部の部室に届け物をするから、うおるも一緒に来い」
そう言って、板橋まなま部長は、前玉うおるに大きな紙袋を渡した。
大きな袋だったわりには、とても軽く感じる。片手に持って、薄暗い部室を出た。
うおるは、歩幅の大きな部長に早歩きでついて行く。
――届け物だなんて、ひどく敵対しているのかと思ったけれど、事前に得ていたデータよりも仲が良いのかもしれない。
――それとも、その紙袋の中身が、開けた途端に、ないちち賞賛部の方々の嫌いなものが飛び出してくるという仕掛けでもあるだろうか。
あれこれ考えを巡らせているうちに、目的地に着いた。
扉は、すでに開いていた。
とても陽当たりの良い部屋だった。風通しもよく、掃除も行き届いていた。
胸囲育成部の倉庫みたいな窓のない部屋とは大違いだ。
「うおる、ここがないちち賞賛部の部室だ。許可もなく占拠しているから、部室と言っていいか謎だけどな」
なお、胸囲育成部のほうも似たようなものだ。あれもぶっちゃけ倉庫の不法占拠である。
部屋の中には、巨乳を装った貧乳が二人。
来客に気付いたようで、中にいた大平野カクシコが客の目の前まで偽乳を揺らしながら走って来た。
そして、偽りの乳を見せつけるように胸を張り、言うのだ。
「あーら、よく来たわね、まなま! 負けを認めて、ないちち賞賛部の一員になる決心がついたのかしら!」
「ミユルに届けもんだ。カクシコなんかに用はねえよ」
「なっ、そんな言い方しなくてもいいじゃないの! っていうか、ミユルに勝手にプレゼントなんて、どういうつもり?」
「いちいち許可が必要なんて、胸のちっちぇえ部だなあ」
心が狭い部、かたいことを言ってくる部、というような意味であろう。
「なんですってぇ」
すっかり見慣れた部長対決を眺めていると、もう一人の女性が前玉うおるに歩み寄って来た。
ふくよかな体型だったが、愛嬌があり、かわいらしい雰囲気に前玉うおるは魅了されかけた。
彼女もまた、偽の巨乳だった。
両方の口角を持ち上げ、にまにまと笑っていた。
「ありがと。もってきてくれて」
彼女がうおるの手から紙袋を取り上げたとき、まだ部長対決は続いていた。
「あんたの胸、日本最低峰を争うほどの低い山だものね」
とカクシコが言えば、
「お前も同じくらいの標高だろ! その乳を外せよ!」
まなまも返す。
そこで、ふくよかな彼女は二人の方に振り返り、
「山のつもりでいたなんてね。どう考えても、どっちも平野なのにねぇ」
「かはぁ」
「ウググッ」
両部長は苦しげなリアクションを見せた。
おとなしそうな顔に似合わない辛辣な言葉で二人を斬ったのが、ないちち賞賛部の副部長、天海ミユルだった。
天海ミユルは、前玉うおるをじっと見つめ、言う。
「ミユルの見たところ、あなたが、うおるちゃん?」
「はい」
「よろしくね」
「よろしく」
うおるは、やわらかくて優しい雰囲気の先輩だと思った。
しかし、天海ミユルは、ゆっくりとうおるの胸に視線を落として、
「すごい貧乳。次元が……違い過ぎる」
すると、立ち直った板橋まなまは、うおるの横に立って、
「誰の胸が二次元だ! うちの貧乳部員をばかにすんな!」
「いや、まなま先輩のことだけど」
「なぁっ……」
ミユルは、驚く先輩の様子を見てひとしきり愉悦すると、紙袋の中身を覗き込んだ。
「この紙袋……。ミユルの予想だと、これは何かの罠」
「いつもの菓子だよ、うめーから食え」
「やっぱ罠じゃん。また太らせる気なの?」
「いらねーの?」
「もらうよ?」
前玉うおるは、記憶の更新が必要だと思った。
胸囲育成部とないちち賞賛部は、取り返しのつかないレベルで徹底的に反目し合っているものだと思っていた。
しかし、板橋まなまと天海ミユルの仲は悪くなさそうだ。
どういうことなのか、前玉うおるは、それとなくきいてみることにした。
「険悪になると警戒していたけれど、意外と仲良しなのね」
うおるの言葉に、ミユルはニヨニヨと笑いながら、ゆるく返した。
「そりゃねぇ。ミユルたちは、もとは胸囲育成部の一員だったわけだし」
うおるにとって、そのことはすでに記録として知っていることだった。
「もとは同じ部だったという情報はある。でも二つに分かれた。それはなぜ?」
この問いに対し、最初に言葉を返したのは、板橋まなまだった。
「なんでだっけなあ」
とぼけた発言を耳にして、穏やかだった天海ミユルの目の色が明らかに変わった。
「あんたのせいでしょうが」
「そうだっけ?」
「しらばっくれちゃって。ミユルに喧嘩売ってるのかなぁ」
「そんな怒るなって。そんな短気じゃ一生パッドとお別れできねえぞ」
「ミユルが、こーんな情けない身体になっちゃったのは、あんたが『一度太ってみたら?』とか言ってきたからでしょ。それで言われるがままにブクブクになっちゃって、肥えた貧乳なんて、終わってるどころか始まってすらいないからって、パッドを装備してあんたの前に行ったら、一方的にキレてきたんでしょうが」
「無断でパッド入れてくるとか、ひどい裏切りだったよな」
「裏切りって……! そっちでしょ。だいたい、太ったところで胸は育たなかったじゃん。ミユルは悪くない」
「わたしだって悪くない。『太ってみたら?』なんて、ただの提案でしょ。強要したわけでもない。ミユルが自分の判断で間違った努力をしたってだけ」
「そうだとしても、ミユルたちはパッド入れを反省してた。カクシコ先輩も落ち込んでた。それなのに、『出て行けぇ』って大騒ぎして……。だから、ミユルたちは作った。胸を盛ることを誰も咎めない、ライトな貧乳部を」
「でもさあ、分裂した後も、最初は仲良くしてたわけじゃん。ほとぼりが冷めるの待ってたのに、勝手にキレてきたのって、むしろお前らの方だったろ? バレンタインの日だったか? お互いに頑張りましょうってなってたはずなのに、わたしのひのでをいじめやがって」
「まなま部長、あのとき、ひのでが何をしたか知らないの?」
「わたしらを仲直りさせたがってたことは知ってるよ。だから、ひのでが泣いて帰って来た時には、絶対に許さんって思った。今でも思ってる」
「だって最悪なことに、ダイエット中だって言ってるのに、バレンタインに大量のお菓子をプレゼントしてきて!」
仲直りのきっかけにするつもりだったのね、と前玉うおるは確信した。
そして、ずばり言ってのける。
「ただのすれちがいよね」
部長二人は頷いた。
「ああ、実はそんなのわかってる。でもな、後には引けねえんだよ。な、カクシコ」
「そうね、まなま。引き抜いた拳を納める場所がね、見つからないのよ」
胸のちっちぇえ部長たちだなと前玉うおるは思った。
そして、カクシコは言うのだ。
「だからね、うおる。そっちに付いている限り、あんたも敵なんだから!」
前玉うおるは、あらためて敵対宣言されてしまった。




