第5話 素晴らしき貧乳学園1 天海アキラとの出会い
夏休みになって最初のイベント、それは貧乳学園を訪問することだった。
貧乳のための学園があるという噂は聞いたことがあった。だが、学園の名称については、どれだけ調べても突き止められず、最近ではただの伝説だと考えるようになっていた。
――美しい貧乳少女ばかりを入学させているお嬢様学校がある。
――優良な貧乳は特待生として手厚く迎えられる。
そのような楽園が存在するなど、信じがたいことだ。
だが、次の氷雨の言葉によって、それが現実世界に存在することを、俺は知ってしまった。
「実はさ、この学校に来る前、胸のちっちゃいヤツばっかの女子高に通ってたんだよ。和井喜々学園っていうとこだったんだけどな」
「うそだろ。貧乳学園……。実在していたとは……」小声で呟いた。
「ん、好史? 何か言ったか?」
「いや何も。それで?」
平静を装って先を促すと、氷雨は、
「あたしはさ、そこで生活してる時、優秀な貧乳と見なされてたんだ。そこは、ものすごいお嬢様学校で――」
「お嬢様学校? お前の素晴らしい貧乳はともかくとして、ガサツな氷雨本体が――はぐぁ!」
喋ってる途中で思い切りぶん殴るのをやめていただきたい。普通の人間だったら骨折するレベルだぞ。すぐ治ったけど。
ただ……以前だったら、校舎の外まで飛ばされていたところだ。
何だかなあ。氷雨に「好きだ」なんて言われてからというもの、うれしい反面、彼女とどう接すれば良いのか、わからなくなってしまった。
ぎこちない感じだ。
屋上や教室で話すことはあっても、俺の態度が以前とは違ってしまっている。どこか遠慮がちになっている自覚がある。
俺が遠慮してしまっているからか、氷雨の方もやりづらいらしく、殴る蹴るの威力もだいぶ減ったし、パシリとしてこき使うこともめっきり無くなった。それを、少しだけ寂しいと思う今日このごろ。
落ち着いてしまった、という感じだろうか。
もちろん氷雨の貧乳は好きだ。それはそう。
しかし、彼女は相変わらず貧乳を触らせてはくれないし、そうなってくると撫でさせても揉ませてもくれないわけだ。
手が届きそうで絶対に届かない。
まさに鉄壁。
越えられない絶壁までの残り数センチ。
耐え難い寂しさを感じた俺が刺激を求めて別の貧乳に走るのも、仕方のないことではないだろうか。
ああそうだ。仕方のないことだ。
「なぁ氷雨」
「あぁ? 何だよ」
にらみつけてきた。
俺の考えを見透かしたのだろうか。それともただの反射だろうか。とてもこわい。
しかし、それでも俺は、この質問をせねばならなかった。
「氷雨が昔いた学園ってさ、どこにあるんだ?」
「あぁ、あそこだよ、ここからだと、まず駅から上り電車に乗るだろ? それから……」
氷雨は、どういうわけか、すっごく嬉しそうに声を弾ませて、学園の在り処を告げた。
自分のことに強く興味をもってもらえて嬉しかったのかもしれない。
この時、俺はどうにかして中に入って、貧乳天国を垣間見てやろうと決意したわけで。
★
そして今、俺は和井喜々学園なる神聖な場所に居る。
普段通っている公立校と比べると、まるで別世界だ。
学園内に足を踏み入れた瞬間に、可憐な雰囲気に圧倒される。校舎や体育館などの建物は総じて芸術的で、フローラルな良い匂いがする。自分の汗くささが際立つほどの清涼感が学園全体から発せられているように思える。さすがお嬢様学校だ。
正門に監視カメラがあり、門には強そうな警備員が配置されている。常に物々しい警備体制が敷かれていて、敷地を囲う堅牢そうなレンガの塀の上には高圧電流が流れる鉄線が張り巡らされているほど。
にもかかわらず、何故この要塞のような学園は男子たる俺の侵入を許してしまったのか。
協力者を得たからだ。
★
俺はお気に入りのアロハシャツに身を包み、学園への道を歩いていたんだ。
「お前、貧乳じゃないな」
どれだけ美しい顔立ちをしていても、俺の目は誤魔化せない。
蝉のとまる電柱に寄りかかりながら、俺は、和井喜々学園の制服を着た人間に声をかけた。
そいつは、とても可憐で、痩せていて、女子用のセーラー服を着て、ショートの髪は少し茶色っぽく見えて、胸のふくらみも無かった。
でも、貧乳オーラを一切感じなかった。
俺が貧乳オーラを一切感じないということは、つまり、そいつが生まれてから死ぬまで、貧乳と呼べる存在ではないということ。
「え……」
ぱっちりとした目を真ん丸くして立ち止まったので、さらに追い討ちをかけるように、
「おまえ、男だろう」
彼はあたふたした。
「こ、声が大きいって! こっちへ」
そいつは本当に女みたいな高い声でそう言って、俺の腕を引っ張り、通学路から少し外れた閑静な住宅街の狭い路地裏に連れ込んだんだ。
じっくりと眺めてみても、見た目は完全に女の子だった。もう絶対に女子にしか見えない。
しかし、男。あまりにも男であり、女子高に通える性別では全く無かった。
股間を触るまでもない。上着およびスカートを脱がすまでもない。こいつは残念ながら可愛らしい男子だ。
走ったため、はぁはぁと息荒く、言葉を短く区切りながら、女装男が言った。
「何で、おれが、その、男だって、知ってるんです?」
「おまえからは、貧乳オーラを感じないんだ」
言って、俺は氷雨の真似をするかのように、腰に手を当ててふんぞり返った。おぼえたての威嚇のポーズである。
「ひ、貧乳オーラ?」
女装男は不審そうに言った。
「ああ、見えるんだ。輝くオーラがな。通学路でいい貧乳がいないかチェックしてたんだが、さすが、伝説になってるだけあって、この学園の貧乳レベルは非常に高い。部活ランニング中の体操服姿の女の子たちとかを見れば、その全てが走っても簡単に揺れやしない貧乳だったりする!
普通に歩いてる女の子たちを見れば、制服の上から見ただけで、かなり目の保養になる! 最高だあ! まぁ難を言えば、夏休みってこともあって、学園に出入りする生徒数が少ないってのがな。それが、残念っちゃあ残念だ」
「何言ってんだ、この人。オタクみたいな早口で……」
「そうだな。自己紹介がまだだった。俺の名は大平野好史。高校生だ」
俺が名乗ると、スカートを穿いた男はハッとして、
「お、おれは天海アキラです」
名乗り返してきた。見た目が完全に女子なのに、自分のことを「おれ」と言った。少々違和感がある。そのくらい彼の女装は完璧だ。
「しかし……天海アキラといったか。女子高に通っているとは、一体どういうわけだ? 裏を返せば貧乳ハーレムってことだよな、もう本気で憎しみが湧くレベルで羨ましいんだが」
「いや、これには深い理由が……」
「納得できる理由なんだろうな?」
俺が偉そうに言うと、天海アキラは言いづらそうに胸のスカーフを幾度となくつまみながら俯いた。
「親父の、せいでさ」か細い声で、絞り出すように。
「はぁ親父? 何がどうなれば、そこで父親が出てくるんだ? え?」
そしたら、天海アキラの中で何かが決壊したようで、突然興奮した口調で、しかもさっきの俺以上の早口で、その上、時折声を裏返しながら勢いよく語り出した。
「バクチっすよ、バクチ! うちは父子家庭で、テルオっていう喧嘩っ早いクソ親父と一緒に暮らしてるんですけど、その親父の野郎がさ、本当、ありえないんですって! おれのあずかり知らぬところで、勝手に借金つくってきやがってさ。親父がおれを女子高に放り込み、男だってことがバレなければ、借金がチャラになる上に大いなる富が手に入るらしいんすよ。
嫌だって言ったんすけど、暴力でわからされて、どうにも逆らえなくて……。息子をバクチの材料にするなんざ正気の沙汰じゃないっすよね!」
同意を求めるように言ってきた。
たぶん、これまで相談できる人間が全然いなかったんだろうな。かわいそうに。
たとえば、もしも俺の通ってる学校が貧乳好きであることを許さなかったとしたら、俺は溢れんばかりの貧乳愛を抱えているにも関わらず、それをひた隠すことになるだろう。
周囲に悟られないようにビクビクしながら過ごすしか選択できないだろう。思うままに自分自身を主張できないというのは、それはきっと想像を絶するほどのストレス生活に違いない。
だから、そう、この男は誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
天海アキラは心のどこかで求めていた。自分の身の上話を聞いてくれる誰か。それも、出来る限り貧乳学園と無関係な誰かを。
「あ、ごめん」天海は冷静な口調に戻って、「いきなり変な話して……。信じてもらえないよな。理解なんか、してもらえないよな」
哀しそうに俯いていた。
出会ったばかりの俺のことを気を許せる人間だと思ったらしいが、世の中そうそう甘くはない。
同情して欲しいところだろうが、残念ながら俺はそんなに優しくないし、そもそも貧乳ハーレムに身を置いているのに、親父だのバクチだのという些細な問題にとらわれて悩んでいるようなヤツに、同情の余地などない!
「ほう、いい話を聞かせてもらった」
「え?」
俺は彼の肩をしっかりと掴み、囁くような声で言う。
「貴様が男だとバラされたくなかったら、学園に忍び込めるよう協力しろ」
我ながら卑怯だと思う。けれども手段を選んではいられない。この情熱はもう止められない。欲望のままに、俺は貧乳学園に入りたいのだ。
何が何でも、入りたいのだ!
「話すんじゃなかった……」
これが天海アキラとの出会いであった。
かくして俺の言いなりとなった天海アキラは、学園の東側の塀まで俺を導いた。
「ここです。ちょっと待っててくださいね」
天海は、赤いレンガの塀に身体全体を押し付けると、思いっきり体重をかけて、押した。
すると、塀の一部が押し込まれ、人一人分が通れるほどの卵形の穴が空いた。分厚い塀を抜けると、そこは貧乳学園だった。
「変態でメガネの後輩に教えてもらった秘密の出入り口です。部活や授業をサボるときは、ここから脱出できるんです」
「なるほど、見つからずに侵入もできるってわけだな」
俺はニヤリと笑った。最近、氷雨の笑い方がうつってしまったようで、
「あ、悪魔みたいな笑いっすね」
天海アキラは、その時の俺の顔をそう評した。
★
夏休みの裏庭は閑散としていた。いやまぁどこの学校もそうだろうが、裏庭ってのは人通りが少ないもんだろう。甘い花の香りは、どこかの花壇から発せられたものだろうか。それとも、和井喜々学園の女の子たちの匂いだろうか。
俺は、鼻から存分に空気を吸いこむ。
「甘い、いい匂いがするな」
「それ多分、あそこのトイレの芳香剤のニオイっすよ。キンモクセイの」
幻想は一瞬にしてぶち壊されたわけで。
ふと、ドムドムとボールが弾む音がした。
音のする方を見ると、非常に立派なドーム球場みたいな形をした体育館の戸がほんの少しだけ開けられていることに気付いた。中ではバスケットボールが行われており、貧乳たちのボールの奪い合いや、跳躍しての競り合いが垣間見える。
「うぉほおおおおおあああい!」
俺は思わず目を見開いて、歓声を上げた。
すごい貧乳たちだ。ほとばしる貧乳オーラが、あの扉の隙間から束になって俺に襲いかかってくる。生きててよかったと心底おもった。
「それじゃ、中まで案内したんで、おれはこれで……」
女装男はそう言って去ろうとしたが、逃がさない。
しっかりと後ろから、細い右腕を掴む。
「待て天海」
「な、何ですか大平野さん」
「いい貧乳を紹介しろ。いるだろ? おまえの女友達とか」
「え、いや、それは――」
「ヘイヘイ、おまえが男だってことを叫びながら教室や職員室に駆け込んでも良いのかよ?」
「くっ……」
悔しそうに俯いた。