第4話 俺が愛する氷雨さんの貧乳4 氷雨の告白
中間テストがあった。
テスト期間中も、彼女の横暴は止むことはない。
どこで聞いたか、俺が豊胸のクスリを持っていないと知るや、いつもより俺を苦しませにくるような拷問まがいの暴力をしてきた。
「たまにはマッサージでもしてやる」とか言いながら首をギリギリと絞められたり、もう年齢制限をかけなくてはいけないようなことばかりしてくる困った人ぶりを全開にしていた。
でも、それなりに、俺と彼女の貧乳は仲良く過ごしていたんだ。
そんな時に、ふらりと占い娘が現れ、
「実は、比入氷雨は男ですからね」
などとロリボイスを残してトテテと可愛らしく去っていったものだから、絶対にそんなことは有り得ないと思ったけれど、俺もついつい確認したくなって、氷雨に、
「実は男だったとか、ないよな」
と言ってみたら、蹴り上げられ、空中に舞い上がり、俺の意識は失敗した宇宙開発ロケットみたいに爆発した。
いや、わかってる。俺の瞳に狂いはない。彼女は究極の貧乳を持った女の子だ。あの貧乳が男のものであるわけがない。
「あたしは女だ」
意識を取り戻した俺が耳にした、彼女の美しいアルトボイス。
だが、本当のところはどうなのだろうか。彼女は女性と言い張っているが、もしも俺の知らない種の男性型貧乳だったらどうする。
明らかに貧乳女子オーラを出していても、その実、本当に男だったりした日には、俺は迷わず登校拒否をするぞ。
貧乳の貧乳性を読み取る精度にかけては大いなる自信を持っているが、例外が存在している可能性を百パーセント否定はできないし。
「それで、お前は何が言いたかったんだ?」
胸倉を掴んだ彼女はいつもみたいに怒れる野生動物のような鋭い目で訊いてきた。
「確かめていいか?」
彼女の貧乳に手を伸ばしつつ訊いてみた。しかしその手はものすごい握力で掴まれる。反対の手で触れようとしたら、鋭い膝蹴りを入れられて左手が動かなくなってしまった。激痛とともに、たぶん骨が砕けた。
「胸を触っただけで性別がわかるのか?」
わからないけど、触りたいんだよ。
「オッ、女の子だったら、貧乳なりにムニュンですよ。男のように全然まったくの無乳だったら、そういう感触はなくてドキドキしないんですよ、きっと」
とにかく触りたいんですよ。
「何回死にたい?」
「一回死んだら戻れないと思うが?」
「しね!」
「はぶぉ!」
飛んだ。俺の頭部が窓ガラスを砕いた。そのまま四階の高さからコンクリ地面へとまっさかさまだ。いつものことだ。
俺は頭骨にヒビ入った感触が快感だぜウヒヒ、などと頭のおかしい思考を展開させつつ、すぐに立ち上がり、階段を駆け上がり教室へと舞い戻った。
「おい氷雨ぇ! ちょっとは加減ってもんを身につけやがれ!」
引き戸に手をかけながら叫んだ。すると彼女は言うのだ。
「誰に向かって口きいてんだよ!」
「俺が一番、お前の貧乳をうまく使えるんだ!」
「使う!? 何だ使うって!! 何に使うんだ!?」
「細かいことは気にするな! とにかく貧乳こそ我が人生!」
「とにかくしね!!」
俺は教室に複数の鈍い音を残して既に割れていた窓から、今度は校庭に落ちた。
とまぁ、そんなようなことをテスト期間中も変わらず繰り返したものだから、俺の成績は、たぶん大変なことになっているだろう。度重なる脳への衝撃によって、成績の下落は避けられないに違いない。
★
俺の成績はあまり下がっていなかった。むしろ上がったくらいだ。
テスト結果が返って来た時に元気がなくなってたのは、むしろ素晴らしい貧乳を持つ氷雨だった。
「今日もいい貧乳ですね」
俺は隣の席に座る彼女に天気の話をするがごとく話しかけたが、
「しねよ……」
殴られなかった。異常だ。本格的に元気がないな。
「いつもの暴力はどうした。まさか成績が悪かったとか?」
俺は言いながら、彼女の答案用紙を盗み見ようと試みた。
「み、見るな!」
答案用紙を裏返しに机に置いて隠そうとしてきたが、その間隙をつこうと彼女の貧乳に手を伸ばす。彼女は咄嗟に貧乳を守る方に意識を集中する。その瞬間を俺は逃さず答案用紙を奪い取った。見た。ひどい有様だった。
4点、12点、6点、9点、0点。
五科目合計して31点!
平均は6点くらい!
百点満点のテストで、これだけ壊滅的な成績を取れるというのも逆にすごい!
「さすが氷雨さん。成績も平たいんですね」
俺は普段のお返しとばかりに言ってやった。
「うぅっ……」
泣いたぁっ!?
「あ、あの……、えっと……、どどど、どうしたの氷雨さん……?」
泣いたりする子だったの? 血も涙もない暴力的な子だと思ってたのに!
「お前のせいだ!」
涙を飛ばして叫んできた。殴り飛ばされなかった。
「何い! 何故俺のせいになるんだ!」
すると彼女は声を裏返してこう叫んだのだ。
「――好きだからぁ!」
時間が、止まったかと思った。耳を疑った。
何だって?
今、氷雨は俺のことが好きだと言ったのか?
「…………」
「…………」
それは、教室も静まり返るというものだ。まだエイプリルフールには早いぞ。四月なんか、この間終わったばっかだ。
「まじ?」
俺の問いに、コクンと深く頷いた。顔を真っ赤にして泣きながら。
「お、俺は、お前の貧乳が好きだ」
「あたしのことは?」
「あまり好きじゃない。というか、いや、ほら、あれだ。お前はライバルだ。その素晴らしき貧乳がお前の胸の上にある限り、俺はお前の貧乳を手に入れられないから」
「あたしを好きになれぇええええええ!」
俺は学校の外にある遊歩道のアスファルトまで飛んだ。
★
ある日、とてもよく晴れた日の屋上。
俺に背中を向けたまま、屋上フェンスに手をかけた背の高い彼女は、しみじみと言った。
「あたしは、何で貧乳なんだろうな」
そう言って溜息を吐いた彼女の貧乳は、あまりにも素晴らしい存在感を見せていた。後ろを向いているから貧乳自体は見えてないんだけども、輝かしい貧乳オーラが俺には見える。まばゆい。
「――それが運命だからですよ」
突如として通りがかった小さな占い娘がそう言った時、比入氷雨は占い娘の小さな身体を掴み上げた。そして、「とぇぇええい」と叫びながらハンマー投げするがごとく空の彼方へ投げ飛ばした。
いやはや、何のために出て来たんだろうなあ、あの占い娘ちゃん。
「あたしは、何で貧乳なんだろうな」
ショートカットの髪を整えて言い直していた。
「そんなことはどうでもいい」
と俺は格好よく言ってやる。
「え?」
「ようやく気付いたんだ。俺は、貧乳だけじゃなくって、氷雨さんのことも、どっちかっていうと好きなんだって」
「き、気付くのが遅いんだよ!」
恥ずかしそうに頬を赤らめた氷雨。胸を見ると、相変わらず素晴らしい貧乳だ。
人類は、山を切り崩して平野を造ってきた。だから、貧乳が好きな人は新しいものを積極的に受け入れる心の広い人間に違いない。
その広大な平野のごとき心を持てば、きっと世界は平和になる。
貧乳は美しいものだ。
世界で最も美しいのは貧乳だとさえ思う。
貧乳は世界を救う。貧乳は俺たちを救う。
雄大な大平野や、なだらかな起伏。
おお、揺るぎない偉大な壁面たちよ。
心の底から俺は貧乳を愛している。
俺はしみじみと一人呟こうとする。
「好きだ氷雨。お前の貧乳は美しい。でもお前の性格は全くもって美しくなかっ――うわっ、何をする、まだ途中なん――やめっ」
氷雨は無言で腰の入った右ストレートをお見舞いしてくれた。
「ふぉぐぉっ!」
俺は痛みから叫び声を上げた。
殴られて倒れる際に、俺の視線は彼女の平たい胸に向いた。
ブラウス越しにもわかるほど、それは、最高の芸術作品のようであった。
俺は起き上がり、思い立ったように彼女の貧乳に手を触れようとする。
しかし腕を掴まれ、激痛、逆方向に曲げられた。メメキャァという音が響いた。
その鈍く激しい音の中で、
「あたしの貧乳なんか好きになるな! あたしだけを好きだと言え!」
貧乳ではなく自分を愛せと強要してくる。そんな女がどんなに可愛くて愛しくて、美しくて、大好きでも、暴力で脅してくる氷雨に返す言葉はこれだけだ。
「お前の貧乳が好きだ!」
「しねぇ!」
彼女の渾身の拳に応え、俺はいつもより綺麗に宙を舞った。
ああ今日も、空が青い。
「こんにちは、いい貧乳ですね」
屋上のコンクリの上、仰向けに倒れながらも、さわやかに挨拶した。
「まだ言うか!」
「ぐはぁ!」
今日も、彼女と彼女の貧乳は元気です。
「いいかげんにしろよな! もう!」
比入氷雨は言い残して屋上を去ろうとするわけで。そんな彼女を、俺は立ち上がってシリアスな感じで呼び止めるわけで。
振り返って恥ずかしそうに頬を染めた彼女が「何だよ」とか言いながら俯くわけで。
そんな氷雨さんが心から可愛いと思った俺は、またふざけるわけで。
最終的には殴られまくった俺が「ごめんなさい」って言って土下座して、立ち上がって二人で笑って。
そんな毎日が、楽しくて、たまらないのだ。
「好きだ! 貧乳が」
「しね! 変態!」
【第二章に続く】