第3話 俺が愛する氷雨さんの貧乳3 秘薬大作戦
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そんなこんなで、毎日、殴られたり蹴られたり折られたり砕かれたりしているうちに、一週間が過ぎた。
ようやく俺がイヌのごとくワンワン言ってるのにも飽きたらしく、長身の貧乳である彼女は語尾にワンをつけるのを強要してくることもなくなった。
あいも変わらず俺をイヌ扱いしてパシらせているけれど。
そして今、放課後、俺は屋上で彼女を待っている。
何で屋上で待ち合わせなんてしているのか。それを知るには、まず今日の昼休みの出来事を語らねばなるまい。
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最近の彼女には口癖がある。それは、
「おい、何か面白いこと言え」
である。唐突に言ってくるので、大変困る。しかしながら、俺は彼女の貧乳を喜ばせたいので、氷雨本体の要望は出来る限り叶えるべきだと思っている。
決して、以前「無理言うな」と口走ったら鎖骨を折られたという記憶がよみがえって恐ろしくて従ったというわけではない。
というわけで、昼休みでありながら昼食なんてものは後回し。
笑っていただくために色々と笑えると思うことを脳内検索する時間が今日も始まったというわけで。
彼女が笑うと、美しい貧乳が上下に微弱に、ほんの微弱にふわふわと揺れるわけで。その姿を見るのが、俺はたまらなく好きなわけで。
というわけで、今日も今日とて面白いことを言おうと俺は必死。なのだが、
「テラテラとした……寺」
必死でも、この程度のことしか言えないわけで。テラテラと光を放つ神々しい油まみれの寺院のイメージをぶつけてみたところで、それの何が面白いのか自分でもわからないわけで。
「面白くねぇな、このダジャレ野郎」
返す言葉がないです。でも何やってもぶっ飛ばしますよね氷雨さん。
俺はいつものように殴り飛ばされ、開いていた窓から飛んで、叫び声とともに落ちた。たぶん、上から見たら轢き殺されたカエルのようになっていただろう。
しかし大変痛い思いをした次の瞬間には、もう起き上がった。
頭をさすりながら立ち上がった。俺は丈夫なのだ。
やれやれと呟きながら歩き出そうとした、その時だった。
「ヘイ、そこの貧乳好きの人」
聞き覚えのある若い女の子の声と共に、再び謎の占い師が現れた。漆黒のローブで小さな全身を包んでいる。全身というからには顔も隠されていて、どんな表情をしているのか視認することはできない。
彼女は、ぼろぼろの水晶玉を手に持っていた。一度砕けたけどセロテープで繋ぎ合わせました、って感じの水晶玉をみて、まるで今の自分みたいだと親近感が湧いた。
「なんだ、占い娘か」
俺が鼻血を拭いながら言うと、謎の占い師は、溜息混じりにこう言った。
「出会ってしまったようですね。比入氷雨と」
「まぁ確かに出会ってしまったが、とりあえず顔を隠したままというのは、会話する態度ではないな。とりあえず、顔を見せろ」
俺はそう言って、一閃。
ローブを無理矢理剥ぎ取った。中の人に興味があったからだ。
「あっ……」
不意を突かれたのか、思わず声を漏らす占い娘。
とても可憐だった。
黒いシャツ越しに存在する二つのふくらみは、とても小さかった。感じていた通り、いい貧乳だ。小さな体も可愛らしく、くせの強い系の髪は肩までくらいの長さで中華麺のごとくちぢれていて、ヤキソバ好きな俺にとっては好感が持てるものだった。
黒いスカート越しに見えた今にも折れそうなか細い足が、俺のほうに向かってテッテッテと接近してきた。小走りというやつだ。
やがて俺の目の前で立ち止まった幼い顔は、言うのだ。明らかに嘘っぽいトーンで、
「顔を見られたからには、お嫁にいけません。私の村の掟では、初めて顔をみられた男性と結婚なのです。というわけでコレを」
彼女は、俺に婚姻届を差し出した。
そんなものを受け取るわけにはいかない。
「新婚旅行は、ハワイに行きましょう」
何だと?
俺が行きたがっているハワイに?
「いや、まて。確かに今の君はいい貧乳をしている。だが、それは二番目に美しい貧乳なんだ」
ところが俺の言葉を無視するように、ずずいと婚姻届をさらに差し出してきた。届には、『占い娘』という署名と、変な図形が印鑑のかわりに描かれている。
しかし、やはり俺は受け取れない。
占い娘は悔しそうに、
「……やっぱり出会わせるべきではなかった。それにしても、やはり水晶玉に映ってしまった悲惨な運命は、もう変えられないとでも言うの?」
わけのわからんことを呟きやがって。せっかく可愛いってのに、もったいないぞ。いやまぁ、可愛いといっても、俺には心に決めた貧乳があるんでね。残念だがこの貧乳との結婚話は絶対にお断りせねばなるまい。
「君の水晶玉に何が映ったのか知らないが、俺と一緒にワイキキビーチに行くのは、氷雨の貧乳だと決まっているんだ。それに、君は今は貧乳だが、将来、うっかり豊かに育ってしまいそうなオーラが出ている。俺が一生かけて愛せるのは、氷雨の貧乳だけだ!」
俺は高らかに叫んだ。はるか頭上の教室に居る氷雨さんに聞こえるような渾身の大声で。すると目の前の占い師は衝撃の言葉を発したのだ。
「あなた死にますよ」
「え」
「私の占いで水晶玉に映ったのは、あなたが比入氷雨の貧乳を愛しすぎたために、近い未来に巨乳を貧乳にする光線銃を手に入れて巨乳を狙い撃ちしまくり、果ては凄腕スナイパーに凄絶に暗殺されるという場面です!」
「へ、変な作り話だな。何がしたいんだ」
「貧乳好きを克服させたいのです」
「それは世界が引っくり返っても無理な話だ。だいたい失礼だろう、そんな人を病気みたいに。貧乳好きをやめろ? 無理に決まっている。だいたいその占いってのは当たるのか?」
「まぁ七十四パーくらいですかね」
「けっこう当たるんだな。すごいじゃないか。なでなで」
俺はついつい頭を撫でた。つい頭を撫でたくなる可愛い子なのだ。
「えへへ~」嬉しそうに目を細めて笑ってた。
「…………」俺は無言でナデナデを続ける。
「って! 褒めても怪しげなクスリしか出ないんだからねっ!」
占い娘は突如としてそう言って、ビンに入ったクスリを取り出して目の前に突きつけてきた。
「いらねぇよ。ていうか、何のクスリだ」
「媚薬です」
「なんだそれ。ホレ薬ってやつか?」
「はい、これを使えば、好きな人を振り向かせることができます」
「効くのか?」
「欲しいんですか? 妙に真剣な顔ですけど」
「いや、別にいらないけどな」
「特に、貧乳女性に効果絶大だそうです」
「本当か?」
「あげませんよ?」
「え、くれないの?」
「欲しいんですか?」
「いや別に欲しくはないけどさ」
「じゃああげません」
「いくらだ?」
「一万円です」
「むむむ。ちょうど、氷雨に一万円分のお菓子(チョコレート系を多めに)を買って来いと命令されていたんだ。それを買うよりも、この媚薬とやらで氷雨の貧乳に色々あれした方が、一万円を遥かに超える価値があるんじゃないだろうか。そうだ、そうしよう。売ってくれ」
俺は一万円を懐から取り出して手渡した。
「さぁどうぞ」
謎の媚薬を手に入れた。
「使い方はどうするんだ?」
「おっぱいに塗ってください」
耳を疑った。
「………………誰の?」
おそるおそるたずねた。占い娘は平然と答える。
「振り向かせたい相手のおっぱいに塗るんです。すると、彼女のハートはワシ掴みスペシャルなのです」
「それは、不可能なミッションなんじゃないかな。返品していい?」
「ダメに決まってます」
「ですよねー」
「…………」
無言空間が広がった。その沈黙を破ったのは、俺。
「ていうか、銃殺されるって何?」
「今頃ですか?」
もっと早くそこらへんに深くツッコめとでも言わんばかりだったな。だがあいにく俺は、ツッコミ待ちをするような子にわざわざツッコミを入れてやるほど、できた人間ではないのだ。
「……あの、一万円、返してくんない?」
「返品不可です」
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とまぁ、そういうことがあって、放課後になった今、高価な媚薬を懐に隠し持って、屋上にやってくる、素晴らしい貧乳を待っているわけだ。
返品が不可だった以上、あまりにも貴重な一万円をただ捨てられるわけがないからな。
俺は比入氷雨の下駄箱に呼び出しレターを放り込み、屋上に呼び出した。もうそろそろ来るはずだ。
――とか考えていたら来た。
「お、おい何だよ、教室じゃできない話なのか?」
もじもじしながら、恥ずかしそうにそう言った。
「単刀直入に言う。おっぱいを出せ」
俺はそう言った。
「しね! しーねしねしねしねしねしね! しーねぇええええええ!」
声と共に殴られ転がされ踏みつけられる俺!
砕けていく骨!
「それは暴言だぞ!」
俺は立ち上がり、ビシッと指差して言った。
「飛んでけぇ!」
「ぐっはぁ!」
俺は腹部を思い切り蹴り飛ばされ空を飛び、バックスクリーンに吸い込まれていくホームランのごとき放物線を描き、校庭に墜落した。
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夢を見た。
氷雨の夢。
氷雨はけんちん汁を作ってた。中庭で行われていた調理実習だった。
なんか金持ちが通ってそうな学校にクラスの女子の皆さんがいて、普段では有り得ない光景だけど氷雨がクラスの女子たちと仲良く楽しそうにしていて、俺は体育に遅刻して、芝生のグラウンドで笑顔満開で蝶々を追いかけまわしたりして遊んで、その向こうで氷雨たちがけんちん汁をつくっていたわけで。
最終的には俺は氷雨の作ったけんちん汁にはありつけなかったわけで。
氷雨が「完売しましたー」って言いながらけんちん汁をずるずる食ってたところで、次の夢に切り替わったわけで。
そいで、その次の夢ってのは、氷雨が真っ白な世界を背景にキラキラ光る日本刀を素振りして、たまに首傾げてる夢。
その後、俺に気付いて氷雨らしく口の端を歪ませてニヤリ魔女笑いを見せた。
そしたらまた景色が塗り替わり、今度は漆黒の占い娘の声がして、「地球はまるいといっても、完全な球形ではないのです~」と言って砂浜の波打ち際で誇らしげに笑ったのだ。
「――はっ!」
俺は目覚めた。目の前には知らない天井と黄ばんだ蛍光灯。どうやら気を失っていたらしい。
起き上がって周囲を見回せばそこはどうやら保健室のベッドの上。
隣には、貧乳。
「おい、お前、大丈夫か?」
それは、比入氷雨の素晴らしい貧乳だった。
「好きだ」俺は言った。
「え……」彼女は頬を赤らめた。
「お前の貧乳が」付け加えた。
「そ、それは、お前流の照れ隠しなのか?」
「何を言っとるんですか、氷雨さん」
「その、えと……ど、どのくらい好きなんだ?」
「たとえるなら、十勝とか、越後とか、関東――」
「全部あとに『平野』がつくやつだよねぇ! それ!」
「さすが貧乳だけあって平野に関しては詳しい」
「なんか、期待して損したし……」
何を期待してたんだか知らんが不満そうに視線を壁に向けた氷雨の横顔を、不本意ながら少し可愛いと思ってしまった。
彼女が大きな溜息を吐いた時、彼女の貧乳が、わずかに動いた。非常に美しいと思った。
「それで、お前は結局、何の用だったんだ? 屋上で何がしたかったんだ?」
彼女の問いに、俺は答えた。
「お前のおっぱいに、クスリを塗りたいんだ」
「は?」
やめろ、ハサミを握るんじゃない。それで俺の何をどうする気だ。
「どういう種類のクスリなの?」
「巨乳になるクスリだ」
嘘を吐いた。
「うそこけ」
「なぜばれた」
「筋金入りの貧乳好きが、あたしを巨乳になんかするわけないだろうが!」
「言われてみればその通りだ! さすが筋金入りの貧乳だなァ、氷雨さん!」
「ッ、このぉ!」
と、彼女が拳を振り上げたその時だった。
「さすがです好史さん! 私のクスリがバストアップ薬だと見破るとは!」
占い娘が馴れ馴れしく俺の名を呼びながら乱入してきた。黒ローブは着ているものの、ちゃんと可愛らしい顔が見える格好だ。
「誰だこの女は!」
氷雨は言って、俺をハサミを持っていない方の手でぶん殴った。
「ぐほぁ!」
ベッドから転がり落ちる俺。
口の中が切れた。血の味がする。
「ていうか、俺を騙したのか占い娘ちゃん! 一万円を返せ!」
俺が口の端から赤いものを垂らしつつ立ち上がって言うと、
「へへへ~」
などと笑いで返しやがった。愛嬌あるけど腹立つ!
そして、俺と占い娘のやり取りを見ていた氷雨は、
「おい、あたし『一万円分のお菓子買って来い』って命令したよなぁ。その一万円を勝手に使いやがったのか!」
そう言って、俺のみぞおちに拳をくれた。
「はひゃおう!」痛すぎる!
だけど、言わせてほしい。そもそも、その一万円ってのは元々俺の金なのだ。そう言いたい。言いたいが、痛くて声を出せない。そして俺がうずくまった時、俺の後頭部を上履きでグリグリと踏みつけてくる。
「おい、そのクスリとやらをよこせ」
氷雨の冷たい声。巨乳になれる薬を手に入れようというわけか。
「そ、それは絶対に嫌だ! ダメだ絶対!」
もう必死である。だって、これがバストアップ薬だとわかった以上、彼女を巨乳にさせるわけにはいかない!
氷雨は「じゃあ、力づくで奪い取る!」と勇ましく言って、俺を殴った。
仰向けに寝転がされた。
氷雨の手が、体中のポケットというポケットをまさぐってきた!
くすぐったいぞ、この変態!
「ないぞ、どこにも、クスリ」
言われてみれば、確かにない。ふところに入れていたはずなのに。
一万円のクスリはどこに?
「まだ探してないところは……」
氷雨は、俺の股間に視線を落とし、そして恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、
「お前! そういう作戦か! この変態!」
そう言って、俺の……俺の、
「うぬぁあああああああああ!」
ありえない激痛!
俺の股間を思い切り踏み抜いて、ダッシュで逃げてった!
「ああぁうぁあああああ!」
叫びが止まない!
痛いからぁ!
「クスリでも塗りましょうか?」
占い娘ちゃんがニコニコしながらそう言った。見覚えのあるクスリの入ったビンを手に。
「い、いつの間に奪ってたんだ」
「一万円で売りますよ」
「いらん」
この世からなくせ、そんな忌まわしい毒薬。