第28話 時をかける2 犯人
周囲の匂いが変わった。緑の匂いだ。
目を開くと、そこは芝生の広場だった。
そよ風吹く公園だ。
あたたかい。
冬だったはずなのに、明らかに季節が違う。
新緑に包まれていた。
日なたで子供が遊んでいる。楽しそうにボール遊びをしている。木陰で、子供の母親だろうか、二人の女性がいた。
巨乳と貧乳と、両方いた。
子供を見守りながら、にこやかに世間話をしているようだった。
いつの間にか、手にあった水晶玉は砕け散って足元に散らばっていた。
俺は、周囲の光景が大きく変化したことに呆然としてしまって、氷雨の貧乳オーラを探すのを無意識のうちに一時中断していた。
ここは、どこだろう。
本当に別の時空に乗り込めたんだろうか。
ふらふら歩いていると、ブロンズ像があった。二人の女性の姿。貧乳と巨乳が背中合わせになって胸を張り、扇情的なポーズをとっている。さらに進むと、南国の砂浜を真似したような池があった。
池の手前には大きな看板があり、『和井喜々公園案内図』と書かれている。
広大な敷地に、多くの広場。舞台や体育館なども置かれていて、それは敷地の形状や建物の雰囲気から察するに、あの和井喜々学園だ。つまり、占い娘、今山夏姫、小川リオ、篠原こやのが通っていた貧乳学園の跡地ということであろう。
案内図の隅に、看板が設置された日付が記されている。
『二〇三〇年四月一日。』
氷雨がいなくなった時から、少なくとも十年以上も未来だ。
ということは、これが夢の世界じゃない限り、俺は未来への時間移動に成功したってことだ。
ベンチに新聞が落ちていたので、拾ってみる。『二〇三二年五月十一日』とあった。
だとしたら、この時代の俺は……もう三十くらいのおっさんなのか。
ふと思い出す。
俺は、未来の俺ってやつを、見たことがある。映像でしか見たことはないが、父親の若い頃に似ていて、黒いネクタイを締め、黒い服を着て……喪服姿ってやつだ。
葬式の場面の映像だった。
……あれは、誰の葬式だった?
遺影の彼女は、とても彼女らしい、魔女みたいな、にやりとした悪そうな笑いで……。どうしてよりによってそれを遺影に選んだんだってツッコミを入れたくなるような……。
そうだ、あれは、氷雨だった。
「まさか」
いや、考えたくない。
でも、もしも、貧乳と巨乳が仲良くやってるこの世界でも、氷雨さんが命を落とすとしたら?
その時、俺は何をするだろう。
その答えが、今の俺自身なんじゃないのか?
どんなことをしてでも氷雨を探し出して、取り戻して、一緒に生きていこうとするんじゃないのか。
もしも過去と行き来できる方法を、未来の俺が持っているとしたら、生きている氷雨を過去に戻って連れて来ることくらい、できてしまうし、やってしまう。
だったら、犯人は……俺、なのか?
答えを探すため、俺は氷雨の貧乳オーラをサーチした。すぐに見つかった。
少し距離があったものの、走って行けない距離じゃない。
真実を知るのは、たまらなく恐ろしい。
でも、何が起きているのか、知らなくてはならない。
俺にはその責任があるように思えた。
途中、俺はワゴン車に轢き逃げされた。それから、時速七十キロの暴走バイクに撥ねられ、黒い服を着た通り魔の男に包丁で刺された。踏み切りでは猛スピードの電車に撥ねられて吹っ飛び、上空から降ってきた巨大な黒い鉄骨の下敷きになった。すぐに治った。俺は丈夫なのだ。
この悲惨な連続事故。まるで、氷雨と出会った日の通学路のようだ。
かなりキツいし痛いけど、あの日の再現をしているなら、俺はきっとこの先で、氷雨に会える気がする。
ふと、道になじみ深い服装をした女性がいたので、思わず立ち止まった。
黒いローブを着て、フードをとても深くかぶり、ぴかぴかの水晶玉を手に持っている。
彼女は深く俯いたまま近づいてきて、呟くように、こう言った。
「好史さん。どうやって、ここに来たんですか?」
一瞬、誰だよ、と思った。とても落ち着いた声だったし、普通と貧乳の間くらいの胸のふくらみだってあった。でも、その服装や、微弱な貧乳オーラを、俺はよく知っていた。
「占い娘だな?」
大人になった占い娘は、何度かためらいながらも、自らの手でフードを取り、昔とは違った顔を見せてくれた。くりくりとした瞳や、ヤキソバみたいな髪の毛はそのままに、とても美人に成長していた。
だが、そんなことより問題は彼女の貧乳だ。彼女の胸をもう一度見てみる。ぎりぎり貧乳と言えなくもないが、それは普通と評価されても仕方ないくらいの胸になってしまっていた。
「やっぱり、育ってしまったか」
「久しぶりに再会して、最初にかける言葉がそれですか? 相変わらずですね」
「だが、思ったよりも育っていないように見える」
「そうですね。おっきくならないように、努力しましたから」
「身長も髪も、だいぶ伸びたな」
「師匠みたいにキレイになれてますかね」
「占い師匠とはタイプが違うな。確かに美人に成長したが、その中にもあどけなさが残っているというか、可愛い系というか……そんなことより、占い娘よ」
「……はい、なんでしょうか」
「俺の氷雨がこの世界に来ているだろ?」
「さすがですね」
大人になった占い娘は昔と変わらない笑顔を見せ、そして、言うのだ。
「久しぶりに、一緒にごはんを食べましょう」
★
和井喜々学園の跡地、そこに広がる大きな公園に連れ戻された俺は、ベンチでカップヤキソバを食べながら彼女と話をした。
カップヤキソバ、か。
なんだか、未来に来たっていう感じがしない。
変わったのは、携帯開けばずっと圏外ってことと、町並みが少し変わっているくらいで、まだ車が空を飛んだりしていないし、平穏な午後が目の前に広がっている。
「何から話せばいいものやら……」
占い娘は、以前よりも上品な動きでヤキソバをすすりながら、話をはじめた。
「好史さんは、時間をさかのぼる技術、つまりタイムマシンと呼んじゃってもいいですかね。タイムマシンが、どんな力で動いていたか、知っていますか?」
「知るわけないだろ」
「じゃあ、どうやってここに来たんですか?」
「それは、占い娘ちゃんが土に埋めていった水晶玉を使って」
そしたら彼女は、くりくりした目を、まん丸にして、
「え? そんな。もう死んじゃったはずなのに。え、二代目? 三代目?」
「いや、どっちがどっちかは、わからん。水晶の破片らしきものを拾って、無理やりくっつけたら動いたんだ」
「でもでも、水晶玉の使い方なんか、わかるはずないのに」
「適当に叩いたら未来への扉が開いたんだが」
「うそ……」
「本当なんだよ。ばしばし叩いてたら時空の裂け目っていうか、あれが出て、無理やりそこに腕をねじ込んでだな、氷雨の貧乳オーラのある方に手を伸ばしたんだ。そしたら、ここに着いた」
「……本当に驚きですね。たかが人ひとりのエネルギーで、そんなの、無理なはずなのに……。好史さんは、氷雨さんのためなら、どんな奇跡でも起こせるんですね」
なんとなく皮肉っぽい口調だった。
「ああ、愛してるからな。で、今、どういうことになってるんだ? お前の話を聞かせてくれ」
「ごめんなさい」
「ん? 何で謝るんだよ」
占い娘は、その問いには答えずに、唐突に、タイムマシンの構造について話を進めた。
「私が本来暮らしていたのは、ここよりも、ずっとずっと遠い未来の世界なんです。だいたい三千年くらい先の世界ですかね。そこでは、『過去を修正する』ための技術がとても発達しました。どうしてだと思いますか?」
「それは、貧乳だからっていう理由で、迫害されてる人たちがいたからだろ?」
占い娘は頷いた。
「そうです。貧乳に関わるすべてに対しての迫害が原因です。いわゆるタイムマシンのような時空遡航や時空跳躍の技術も、その状況打破のために必死に研究された技術の一つです。だけど、幸いなことに、変わってしまった未来では、もうタイムマシンが生み出されることはありません」
「なんでだ」
「平和だからです」
「なるほど」
「今、あらゆる時空で、時間を移動できるのは……この水晶玉を持つ私だけのはずなんです。平和になったのだから、もう過去へ行くためのものは必要ありませんよね。だから、師匠も杖を置いたし、信じられないかもしれませんが巨乳派の人たちだって、手を取り合える未来に感激して仲良く暮らしていたんです。
あの暴力の化身みたいなガルテリオさんですら、未来の平和が癒してくれたんです。そして、みんなで話し合って、過去を修正する技術や、それに繋がってしまう発明は、全部捨てることになったんです」
「捨てる? なんでだ」
「便利すぎるアイテムは、平和の妨げになりかねないので、すべて廃棄です。私の水晶玉ちゃんを残して」
「何で、占い娘の水晶玉だけは例外なんだ?」
「この子は五代目です」
「それはきいてない。つーか、どこで作ってるんだ、その水晶玉」
占い娘は、またしても俺の質問には答えなかった。
「要するにですね、好史さん。タイムマシンというのは、『願い』をエネルギー源として動くものだったのです。一定方向に流れる時を押し戻したり、無視するためには、大きなエネルギーが必要で、未来の研究で実用化されたのが、人の『願い』が持つエネルギーでした。人間ひとりの持つエネルギーなんていうのは大したものではありません。けれど、数多の人間の『願い』が束になったものには、私たちを過去へ押し流すだけのエネルギーがありました」
「アマゾン川とか、大きな河川の逆流現象みたいな感じか?」
「あれは月の引力によるものだったと思うので、微妙に違うかなって思います」
「そうか、すまん。話の腰を折った」
「でも川の流れにたとえるのは、悪くないと思います」
俺は頷き、ヤキソバに箸を付けた。
「私のもといた未来では、多くの人が、不しあわせな人生を歩まねばならなくて、その人たちの、『やり直したい』とか、『これからの子供たちのために過去を変えたい』とか、そういう切実な願いが束になって、それが集合したから、エネルギーが生まれたんです。その力で、過去に向かう潮流を作ることができたんです。でも、平和になった今は、まずエネルギーそのものがありません。技術も失われています」
「つまり、『不しあわせエネルギー』みたいなものが枯渇したから、過去との繋がりが無くなった、か」
「そんな感じです」
「矛盾しない?」
「どうしてです?」
「だって、そしたら占い娘は、どうやってここに来たんだよ。ずっと過去の世界にとどまっていたわけじゃないんだろ? 平和な未来に、ちゃんと帰ったんだろ?」
「はい。帰りましたよ。はるか未来で楽しく生活して、こんなに大人になってしまいました」
占い娘は、自分の胸に手を当てて、すぐに離して、再び箸を握った。
「その占い娘が帰った未来っていうのは、もといた未来とは全然違ったりするのか?」
「そうなります。過去を改変して未来を変えてしまうと、もともとあったはずの未来が消滅します。未来に帰っても自分を知ってる人は一人もいないんですよ。もしも一人きりで未来に帰っていたら、浦島太郎さんの気分を味わうところでした」
「未来は平和なんだろ? 過去を正す必要がないほどに」
「その通りです。貧乳も巨乳も仲良しです」
「一度その平和な未来に帰ってしまったんだったら、『不しあわせエネルギー』は無いわけだろ?」
「そうなります。過去への流れそのものが生まれません」
「そしたら過去に戻ってこられるはずがないだろ。時間移動を可能にするエネルギーそのものが無いなら、どうやっても急に移動できるわけがないじゃないか」
占い娘は、そうですね、と頷いたうえで、続けてこう言った。
「でも、好史さん。たとえば大きな川のほとりにある絶対に抜けない杭に、絶対に切れないロープが結びつけてあって、しかもロープは一瞬で伸び縮みする。そのロープの先が、しっかりと身体に巻きつけられていたとしたら、どうですか?」
「どうって?」
「上流に向かっていくことが、できませんか?」
「ロープが急にほどけるようなものでなければ、いけるかもしれんが」
「下流に安全に移動することは?」
「できるだろうな。そんなロープがあるんなら」
「そのロープをつけることが、未来の技術では可能だったのです。この裏技を、『縄づけ』っていう風に、勝手に名付けました」
「ゲームでセーブするみたいな感覚か」
「氷雨さんも同じような表現をしていましたね」
「やはり、ココで通じ合っているからな」
俺は自分の胸に親指を当てて、誇らしげに言ってやった。
占い娘はそれを無視した。
「私が時間移動をして過去を改変した時、いくつかの時間に、この縄づけを行いました。ロープを引っ張れば、いつでもその時間に行けるように設定してあるんです。ま、ロープを使うたびにちょっとずつズレますけどね。……つまり、好史さんは、その縄の一つを見事に引き当てて、勝手にこの時間に来てしまったわけです」
「おいおい、『来てしまった』ってのは、あんまり気持ちのいい言い方じゃないぞ。まるで、来てほしくなかったみたいな言い回しだ」
占い娘は黙り込んだ。大人になった占い娘は、どうしてか、さっきから俺の切り返しに反応を示さない。あくまで自分が会話の主導権を握りたがった。
「少し、まじめな話をしていいですか?」
「え、今までの話は何だったの? ふざけてたの?」
「そうじゃないですけど」
「だよなぁ。びっくりした」
「今までのは、世界の仕組みの話です。これからするのは、私の、身の上話です」
「長くなるのか?」
「長くしようと思えば、一生かけて話せますよ?」
「よし、短くまとめろ」
「……わかりました」
そして、さざ波を立てる池を眺めながら占い娘は語りだした。
歩んできた人生のダイジェストを。
☆
幼い頃、私は周囲から孤立していました。
その原因が祖母の貧乳だったと知った日から、一人で狭い部屋に籠もり、占いに興じて過ごしました。
そんなある日、久々に連れて行かれた学校で、保健室に居た白衣の師匠と運命の出会いを果たしました。
占い特訓の日々に変わりました。
師匠から貧乳弾圧の悲惨な歴史を学び、そうして今から……何年前でしたっけ、十五、六年くらい前の世界でしたか……。そこに降り立って、和井喜々学園に入学しました。
初めて授業を受けた時には、びっくりしましたよ。みんなの後頭部がずらりと並んだ授業風景って、すごい新鮮で。だって未来では、貧乳の私が授業に参加したら、一人残らず教室から出ていってたから。
だから、私はこの時代に来て、とても救われたのです。
ナツキちゃんと仲良くなって遊びまわった日々。ナツキちゃんがアキラくんに恋して私と遊んでくれなくなった寂しさ。そういえば、アキラくんは転入の日に巨乳のふりして初登校してきたから、いきなり皆に脱がされて危なかったんですよね。
それから、相談してくる変態メガネの篠原も、たいへん面白い後輩でしたし、最初はよそよそしかったポニーテールの小川ちゃんとも、最後には一緒に戦えて嬉しかったのです。
今でも鮮明に思い出すことができます。本当に、懐かしいなぁ。
なんて、今の好史さんにとっては、こんなの、ごく最近の出来事なんですよね。
……和井喜々学園での学生生活は、すごく楽しくて、それまで全然味わえてこなかった普通の人の普通の青春というものが、短い期間だったけどぎっしり詰まっていて、それだけで過去に行ってよかったなって思いました。
ただ、肝心のお仕事のほうは失敗ばかりで、最終的に世界が平和になったからよかったものの、反省することばかりでしたね。
私、実はすごく悩んでたんですよ。
失敗した時にはひきこもって、のたうちまわってたし、悩んだり泣いたりしている氷雨さんを見るのがつらくって。大平野好史ふざけんなって、いっつも枕を殴ってました。
それでも、実を言うと私、けっこう好史さんに救われてるところもあったんです。
好史さんはとても楽しい人で、貧乳だった私を認めてくれて。私の頭をやさしく撫でてくれる好史さんの大きな手が大好きでした。
好史さんに突き返された婚姻届は、まだ大事にしまってあります。
あの『世界巨乳化委員会』との戦いが終わって、私はうれしいやら悲しいやら寂しいやらで、泣きながら未来に帰りました。アキラくんも好史さんも心を入れ替えてくれて、おかげで未来はすごく平和でした。
貧乳と巨乳が仲良しで、それが当たり前の世の中が続いて……。
私は、大きな仕事をやってのけたんだって実感が持てました。
未来の世界では、がんばって勉強して、友達もたくさんできて、中くらいの学校から、中くらいの企業に入って……。男の人に、告白されたりもしたんですよ。この私が。こんな私が。
いいえ、付き合いませんでしたけど。
だって、私には、この大昔の世界で、まだやらなくちゃいけないことがあったんです。
私は戦いを終えたあの日から、どういう形であれ、もう一度、この好史さんたちの生きた時代に来ると決めていました。
だから、師匠が私の水晶玉にかけた機能制限を完全に外す必要があって、それで苦手な勉強も頑張れました。
すべては、ある一瞬のために。
何年か時が経って、大人になった私を見て、大人になった好史さんが、どんな言葉をかけてくれるのか期待していたんです。
だけど、ひどい惨敗でしたよ。
すべてを捨てて、すべてをぶちこわしにする覚悟でここに来たのに、あんまりです。
平和な世界を作り出すことが最優先で、自分自身の願望を持つことなんて無かった私が、はじめて自分だけのために動いてしまった結果だったから、たくさんの人の人生を奪い去った罰が下ったのかもしれません。師匠の言いつけを破って過去に来てしまった時点で、師匠すら消えてしまいましたから……。
そこまでやってこの時代、二〇三○年代に来たのに、十数年ぶりに好史さんの前に姿を見せた時、あなたは、何て言ったと思います?
今はまだ見当もつかないでしょうね。
正解は、「どうして氷雨を助けてくれなかったんだ」です。
傷つきました。立ち直れないくらいに。
まあ、私が全面的に悪いっていうか……。私が登場するタイミングも悪かったんですけどね。
だって、氷雨さんが亡くなった直後でしたから。
わかってたんです。絶対に勝てないって、わかってたんです。だから、卑怯なやり方しか、できなかった。
……好史さん、おぼえてます? 別れ際に、『貧乳に「戻る」光線銃』を渡したこと。
あれは、再会した時に、もしも私の胸が育ってしまっていたら、好史さんの好みに合うように、私を撃ってほしかったから渡したんです。
あんなの、わかりにくかったですよね。
……そろそろ、本題に入りましょうか。
もうわかっちゃいましたよね。
そうです、私が犯人です。




