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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
プロローグ
1/80

第1話 俺が愛する氷雨さんの貧乳1 比入氷雨との出会い

「こんにちは」


 俺は言った。


「しね」


 彼女が言った。耳を疑った。


 窓の外にある残念な曇り空を背景に、彼女の美しいはずの顔が歪んでいた。目を疑った。


 ただ、彼女の胸は相変わらず何よりも美しかった。ということは、俺の目は正常だ。


「…………」


 二人の間に、心地悪い系の沈黙が広がった。


 それにしてもおかしい。俺はただ、朝のホームルーム中の教室で「君の貧乳が素晴らしすぎる、こんにちは」と言っただけだ。それに対して、いきなり死んでくれとは言葉が過ぎる。


 今まで十七年間生きてきて、挨拶をした瞬間に「しね」などと言われたのは初めてのことだった。


 とある五月の日。

 彼女の貧乳と俺が出会ったのは、つい数分前。


  ★


 今朝、俺は何故かワゴン車に轢き逃げされた。


 カラスの大群につつかれまくってバランスを崩し、時速七十キロくらいで突っ込んでくるバイクに撥ねられた。


 黒い服の通り魔に刃渡り十六センチの包丁でもって刺された。


 踏み切りで猛スピードの電車に撥ねられて吹っ飛んだ。


 上空から降ってきた巨大な黒い鉄骨の下敷きになった。


 いつもより少し不運で、大変な通学路だった。


 そして、やっと学校に辿り着いたと思ったら、門の前で謎の占い師に絡まれたんだ。


 若い女の占い師で、なかなかの貧乳だった。それ以外の特徴なんてどうだっていいんだ。


 若い女で貧乳であるならば、それだけで他の情報はいらない。


 しかし、それでは満足しない変態が居るのだろうから、一応外見的な特徴を語っておかねばなるまい。


 とはいえ、彼女は顔も見えない感じに全身黒ずくめで、身長が小さくて胸が小さいオーラを放っていること以外わからなかったので、残念ながら細かい描写などできようはずもないが。


 そんな占い師が、子供っぽい、高くて可愛らしい声で言ったのだ。


「お待ちください、そこの人!」


 どうやら俺を呼び止めているようだ。周囲に俺以外の人間が居なかったから。


 だが、俺は遅刻濃厚な時間帯だったこともあり、それを無視して門を早足で通過しようとした。


 次の瞬間、占い師の水晶玉が俺の即頭部に直撃した。


「ぐはぁっ!」


 どうやら謎の占い娘が俺にそれを投げつけたようだ。水晶玉は砕け散って、俺の頭からはレッドな血が流れた。


 もしも普通の男だったら頭蓋骨にヒビくらいは入って病院直行コースでもおかしくない一撃。


 ところが、あいにく俺は丈夫な男なのだ。


 特別なトレーニングを積んで鋼の肉体を手に入れたというわけではない。


 だが、どういうわけか、どれだけ痛い目に遭っても折れた骨はすぐに戻るし、怪我はすぐに回復する体を手に入れていたのだ。


 側頭部から流れていた血液はすぐに止まり、傷もジッパーを閉じるかのように、すぐに塞がった。


 かつて、病弱でガリガリで若くして骨粗しょう症だった昔の俺は、さびれた神社で『じょーぶなボディ』という文字を記して絵馬を奉納したことがある。もしかしたら、神様か何かがそれを叶えてくれたのかもしれない。


 だから、うっかり電車に思い切り撥ね飛ばされても俺は少々の空中遊泳を楽しげに叫びながら堪能しただけで何ともならず、先頭車両の形がちょっと変化しちゃっただけで済んだのだ。


 まぁ電車の車両ってのは超高価なシロモノらしいから、もしかしたらそれを凹ませた俺は一生かかって弁償しなければならないかもしれないけども……。


 ま、まぁ、そんなことは置いておいて、だ。


 俺は目の前の占い師が発する可愛らしい声に耳を傾けた。


「私は、あなたを彼女に出会わせるわけにはいきません。あなたが彼女に出会うと、必ずあなたにとってよくないことが起こるのです」


 ――彼女?

 ――よくないこと?


 占い娘は、真剣な表情だ。


 鳴り響いてしまった遅刻確定のチャイム音の中で、俺は戸惑うしかなかった。


「どういうことだ?」


「転校してくる彼女に近づいてはいけません」


「え? マジ? 女の子の転校生来んの? よっしゃー」


 俺は嬉々として走り、謎の黒ずくめ占い師を置き去りにした。うきうきしながら教室へと向かったのだった。


 そして――その教室で俺は出会った。その美しい貧乳に。


 彼女は、史上最高の貧乳だった。


 今ではインターネットも普及して様々な貧乳を見ることが可能であり、その様々な貧乳を目の当たりにしてきた俺から見て、服の上からでもわかるくらいに彼女の貧乳は最高だった。


「はじめまして。比入氷雨ひのいりひさめと申します」


 小さな声で恥ずかしそうに、もじもじしながらの自己紹介だった。少し低めの声だったが、耳に残る存在感のある声だと思った。


 さらに恥ずかしがる姿も好感が持てるものだった。


 そして、何より俺が目を奪われていたのが、彼女の胸だ。


 平たい。しかし僅かな膨らみがないこともない。


 貧乳。


 素晴らしき貧乳。


 なんという貧乳。


 これでもかというほどの貧乳。


 オーラが違う。あれは、最高の貧乳オーラだ。


 貧乳ソムリエという資格がもしあるなら、実務試験免除で一発合格するほどの実力を自称する俺が認めよう。


 まさに貧乳の中の貧乳。どう見ても世界を狙える貧乳だった。


 俺は、彼女の貧乳に惚れた。ひとめぼれだった。


 まぁその時の俺の小さな失敗はと言えば、彼女の貧乳ばかりに気をとられて、背の高い彼女本人の性格を見極めることを怠ったことだ。


 まさかあんな凶暴だとは。


「君の貧乳が素晴らしすぎる、こんにちは」


 俺が、隣の席に座った彼女に軽い出会いの挨拶をしたところ、「しね」を返されてしまったわけで。


  ★


 そして、彼女が暴言と共に口を開いてすぐに俺の丈夫なボディは宙を舞ったわけで。


 宙を舞って四階の窓からまっさかさまに落ちたわけで。


 頭部に軽い裂傷を負ったわけで。


「あやうく死ぬところだ」


 俺は呟いて立ち上がった。


 最初から、性格最悪なら最悪なりの自己紹介をして欲しかった。もじもじして引っ込み思案キャラを演じるなんて卑怯だ。もじもじ演技マジ最低だ。


『あなたが彼女に出会うと、必ずあなたにとってよくないことが起こるのです』


 数分前の占い師の言葉が脳内再生された。


 なるほど、あの占い娘、なかなかやるのかもしれない。


 それでも、氷雨という女の性格がどうも最悪のようだと理解してなお、俺は彼女の貧乳を諦められなかった。あんな素晴らしい貧乳をただ見ているだけなんて、目の前にビーフジャーキーをちらつかされて「伏せ」を強要されている小型犬のようなものだ。


 我慢など、できようはずもない。


 そんなにしっかりと躾けられているわけでもないんでね。


 俺は彼女の貧乳を手に入れる。


 なんとしても。


 俺は世界で何よりも彼女の貧乳が好きだ!


 そう胸を張って言える。


  ★


 というわけで、授業開始前に教室に戻った俺は、さっそくラブレターの執筆に取り掛かった。


 彼女はといえば、先刻の俺に対する暴力事件によって、転校初日だというのにいきなり呼び出しをくらったようだ。


 俺はちょっと頭をぶつけただけだし平気だから、彼女の貧乳をそんなに責めないでやって欲しかったのにな。


 貧乳部分を重点的に叱る教師の姿を想像し、俺は怒りに震えた。


 どんな理由があろうとも、彼女の貧乳を叱ったりするのは許せないことだ。彼女の貧乳に罪はない。罪があるとしたら、あの力強い右拳である。


 とはいえ、こんなところで一人で怒りをたぎらせていても仕方のないことだ。


 今の俺は彼女の貧乳に恋する普通の高校生男子。その怒りをラブに変換し、彼女の貧乳への思いを(つづ)る。


 さあラブレター。いざラブレターである。


『比入氷雨さんへ。この手紙を、あなたの貧乳に渡してください』


 真っ白い紙に、まずそう書いた。


 いや、しかしこれでは、誠意が伝わらないのではないか。彼女を経由して貧乳に想いを届けようなどというのは、浅はかなのではないか。この熱き想いが、あの素晴らしき貧乳にダイレクトに伝わるべきなのではないか。


 俺は紙をぐしゃぐしゃに丸めた。


 そんな時だった。彼女が教室に戻って来たのは。


 運命的なことに、彼女の席は俺の隣。今にも俺を殺しそうな怒れるワニさんのごときキツい目つきでにらみつけながら、自分の席に座った。


 俺は彼女の胸を見つめた。


 素晴らしい貧乳だ。


 これだけ近くでこの貧乳オーラを浴びせられてしまったら、興奮してしまうではないか。


「好きだ!」


 俺は立ち上がって、彼女の貧乳に告白した。


 教室が、水を打ったように静まり返った。


「あぁ?」


 眉を全力でしかめる彼女の顏は、美しくなかった。美しいのは胸だけだ。だがそれで十分だ。


「俺は、お前の貧乳がたまらなく好きだ」


「しね!」


 俺の勇気ある告白に対して、かぶせ気味に返してきた。本日二度目の暴言だ。


 どうして、こんなにも素晴らしい貧乳が、こんな粗暴(そぼう)な女の胸にくっついているのか、世界七不思議に追加して八不思議にしたいくらいに謎だ。


 比入氷雨は、限りなく大きな溜息を吐いて、俺の目をじっと見つめた。


 見つめられたので、見つめ返してみる。


 いやまぁ、性格はアレだが、貧乳だけじゃなく、この娘、黙っていれば、すげえ美人だ。


 氷雨という名に相応しい冷たく鋭い目に、すっと高い鼻、まるでひきこもっていたかのような白い肌はプリンタ用紙のように滑らかで、ショートカットの黒髪は日光を反射して輝いていた。


 性格が良ければ文句無しだったのだが、もうね、折角の貧乳がもったいないことこの上ない。


「お前、名前は?」


 視線を床に落としながら、彼女が俺に訊いたので、俺は彼女の胸を凝視しつつ、名乗った。


大平野好史だいへいやこうじ



 そんな感じで、俺と彼女の貧乳が出会ったというわけで。




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