終 先代最上位神
下級の精霊神の領域に達した存在だが、最後の転移者も討伐する事は出来た。
これでこの世界の最上位神も解放され、私の役割は終わりだろう。
「さぁ、帰ろう……。 随分と、疲れてしまった」
魔剣をしまおうとしたとき、強烈な恐怖に襲われ、体が金縛りのように動かせなくなる。
そして視線の先には、神々しい光が何もない空間に満ち溢れ、上の空間が引き裂かれ金色の光が天から降り注ぎ、中から壁画に描かれるような純白のローブを纏った、金色に輝く存在が下りてくる。
テラス神様とは異なるが、紛れもなく高位に属する神であることは確実であった。
「よくやりました。 転移者よ」
神にゆっくりとこちらに手を向けられると、強烈な吐き気と共に前世の恐怖が蘇ってくる。
その場に両膝をついて頭を押さえこらえるが、恐怖と精神的負荷で体が震え、立ち上がる事さえできない。
無理やり思い出させられる前世の記憶、前世で犯した拭えない過ち、忘れる事で耐えられていたトラウマに苦しむ。
「私に従うなら、その恐怖から救ってやろう。 先代最上位神である私を崇め従い、今代の最上位神を殺すのだ」
恐怖を引き出し、救いを対価とした甘美な囁き、過去の傷を忘れ恐怖と苦しみから逃れられる。
しかし先代の最上位神が今代の最上位神を殺せと命令を下す。
苦しみの中で理解できることではないが、テラス神様はこの世界の最上位神様の封印を解けと仰られた、無能な神を助けるようなテラス神様ではない、先代最上位神によって転移者が送られ、今代が封印されたということか。
混乱している状態でも、肩に立っているエルとリーアナのおかげで、頭は乱れ過ぎず思いとどまる事が出来た。
私は・・・・・・あの時まで逃げ続けた。戦いが怖くて、他者を傷つけるのが怖くて、初めて命を奪ってから他の命を奪うことは出来なかった。
同時に召喚された二人の転生者が神命によって、命をすり潰すまで、逃げて、逃げ回って、運命も使命からも逃げ続けた。
二人の転移者も、世界の為に必死で戦って、誰かの為に命を削って、人を信じて、神を信じて戦った二人は、保身の為に信じた人間に裏切られ、転生者など都合の良い駒として、用が済んだら神に切り捨てれ、加護の力を失い無残に死んだ。
役に立たないと早々に転生させた神に切り捨てられた私だけが、転生者を使って世界を動かす事に反対していたテラス神様の目に留まり、その教育と守護の神 エルリアーナ の加護によって生き残ってしまった。
神々の勢力争い、前世では人間はいくつもの国家に別れ、殺し合い、裏切り合う事が当然になっていた。 人間は駒であり力を増幅させる道具、動物も魔物もすべては生贄、力のない人間など人の扱いさえされていなかった。あの世界は神も人間もとっくに壊れていた。
弱い心を隠すように黒いフルプレートを纏い、逃げれないように戦争中に降り立ち、恐怖に囚われながら動く者全て殺した。
勇敢になど戦っていない。悲鳴を上げながら、錯乱寸前になりながら 生きる為に動く者全てを殺した。逃げる者も追い殺し、降伏する者の首を落とし、恐怖から逃れるように殺し続け、勢力争いをする神に従う王国を疫病で滅ぼし、堕ちた独裁国家を大火災で焼き滅ぼし、助けをもとめる声に耳を塞ぎ、文明も破壊し尽くし人口を激減させた。
信仰や魂の奉納によって力を増幅させていた民を失い、力が落ちた最上位の神々をテラス神が打ち倒し、世界は再度始まりの時を向え、転生者を必要としない、世界の住民にゆるりとした進化を促す世界となった。
結果として身勝手な神々や転生者によって、乱される状況から世界は救われたのかもしれない。
しかし私は世界を救ってはいない。ただ逃げ続け、恐怖に囚われ続け、それでも心が壊れる事が出来ず、世界に絶望だけしていた。罪過さえ背を追う事から目を背けようとした。
その苦痛と記憶から逃れられる、従いたくなるほど、甘美で甘い誘い、だが今回は逃げずにすみそうだ。
民の為に戦う兄アークス、恐慌状態の私を教育してくれたキョウキ、国の為に実の兄さえも断罪したエウローリア女王、そして私を導いてくれた テラス神様。私が誇れるもの、信じるべきもの心を奮い立たせるものは沢山ある。
心は冷静、今は誰かの為に戦う事に躊躇はない。この世界は神々の殆どが人を理解し、育てようとしてくれている、悪い奴もいるが人々は善や光を信じている。
覚悟は出来ている。眼前の神は敵。あの世界の神々と同じようにこの世界に住む全ての生き物の価値を一切認識してない。
「私が……信仰し敬愛する神はテラス神様のみ。 この身、この魂が砕かれても、変わる事はありません」
恐怖を対価とする恐ろしい神に、あなたの敵だと、宣戦布告する事ができた。私は、絶対の恐怖に抗えた。
【力には心有りき、心なき力は力が無きにも等しい。 高みにある存在こそもっともそれが顕著である。力に溺れるモノは決して到達することは出来ない。 消えなさい愚かな神よ】
崇めるべき神、テラス神様の声が響き、苦痛に耐えながらその場に跪き頭を垂れる。
世界が異なれど最上位神の力は強大、信仰によって得られた力でその地位に立つものがほとんどのはずが、テラス神様は自らの研鑽のみによってその段階まで到達し、世界を救いになられたお方。
さらに信仰を得たことで同じ最上位神でも隔絶たる差がある。
神の姿を視界に入れぬよう目をつぶり、跪いて頭を下げたまま体勢を変えない。
10秒ほど経ったころ、人の声とは異なり、魂が揺さぶられる恐怖の断末魔の叫びが響き渡り、一つの存在が消えていくことだけを認識することができた。
神々の戦い。それは武を持って戦うのではなく神力によって互いの支配権が争われ、最上位に存在するテラス神様だからこそ、この世界の先代最上位神を従属神にするのではなく権限によって滅してしまわれたのだろう。
跪き頭を垂れたままでいると、さらに一つの気配が現れる。しかし畏怖はあっても恐怖は感じない。おそらくこの世界の今代の最上位神様だろう。
【良く私の期待に応えました。 あなたの望みは元の世界への再転生、変わりありますか?】
再転生への確認、この世界に送られることで、私がする苦労も結論も、また予想されていた事なのだろう。
成長を見越し、知識と経験を与え、そして戦士として使用する、恐ろしい信頼、どこまでも見透かされ、そして神としてこれほど信頼できることはない。
「必要な世界に私をお送り下さい。私は神命に従い、赴き活動します」
暖かく心地よい光が周囲を満たしてく。まるで春の日差しのように心が安らぐのを感じる。
【では行きなさい。 愚かな最上位神と転移者によって乱された世界は多くあります。 その世界に住む神々と生き物達の手に戻す為に】
世界に転生する度、新たな魂との融合を繰り返し元の私と言う個が消えていく。きっと私を見つけた時からこの決断に至るよう導いたのかもしれないが、それでも疑念や後悔はない。
私の人格が消えても知識はエルリアーナが把握し、必要があれば引き出し対処してくれる。もはや私が私のままである必要はない。
【10年の猶予をあげます。 この世界で関りを持った者達と別れを告げて来なさい】
あと一話で終わりです。