172.敵は
物事が片付いてから三か月、エルとリーアナの二人は、集中して転移者の気配を探っているが今までと異なり、曖昧に全方向から感じる為距離もわからず、大まかな位置さえわからなかった。
「今回は妙な感じ」
「どこからでも感知ができます」
「それはどういうことなんだ?」
感知できないなら待つしかないのだが、どこからでも感知ができるというのは何を意味しているのだろうか。
「わからない、というのが正しい。 常に感知できているのだけど」
「これはまるで……もしそうだとしたら」
深刻そうな二人の顔を見ていると何やら声に出さず話し合っているみたいだ。
「すぐに完全装備になれ」
「急いでください。 命に関わります」
非常時を伝える二人の言葉に、急いでアダマンタイトの防具を身に着け、訓練場に移動する。
「覚悟しな」
「行きます。 注意をしてください」
二人とも普段の落ち着いた表情と異なり、真剣な事に気を引き締め、魔剣も抜き全方向に集中する。
「「転移者はすでに神になっている」」
二人の言葉を発すると同時に空間が捻じ曲げられ、目の前が歪み、まるで別に空間に引きずり込まれるような感覚に襲われる。
ほんの数秒、それが過ぎた時、ただ広く何もない空間に、50mほど離れたところに一人の男が立っていた。
30代と思われる日本人の男、服装もスーツ姿でサラリーマンのように見えるのだが、オールバックに纏められた髪と傲慢に人を見下す表情が見て取れる。
「やはり聞き耳を立てていた」
「いまだ精霊の範囲ですが、最下級の神になっています。 注意を」
こちらが剣を抜いて居るのにもかかわらず、男の表情は余裕をもってこちらを見下し、まるで子供の悪戯をみているかのようだ。
「こんにちは、 転移者殺し君。 ようやく私の存在に気付けたね」
最下級とはいえ神となった転移者、何を出来るのか何の力を持つのか全く不明だが、何かをさせる前に制限を解除し、いま認識できるすべての魔剣を狭間から引き出す。
「制限解除、魔剣よ! 全ての力を!!」
全ての魔剣と共に切りかかろうと接近するが、見えない空間に阻まれ全ての魔剣が空中で静止、体も何かによって自由を完全に奪われてしまう。
「まるで児戯だねぇ」
腕を組みながら片手を顎に手を当て、男は余裕をもってこちらを見ている。
「これが天に唾を吐くということだよ」
男が軽く指を鳴らす。途端に空間がよじれ、全ての魔剣がこちらに向かい動き始め、止める間もなく防御に回った魔剣とぶつかり合う。
なんとか防ぎきり、一時的な空間のねじれも収まり支配権が戻る。
「私が相手をする必要もない。 制作中の玩具と遊んでみせなさい」
男が余裕の表情のまま、床から黒い柱のようなものが伸びてくる。
体に治癒の魔剣を突き刺した状態で6倍近くまで身体を強化し、強制的に限界を超えさせ切りかかるが、黒い柱のような物体に受け止められる。
魔剣でなければ砕けるだけの力で振り下ろしたが、柱は粘液のような赤黒い物を流し、無数の手足が伸び不定形の口や目玉が蠢く。