157.罪無き罪
「魔剣よ。 頼む」
治癒を司る魔剣が何本も体に突き刺さり、砕けた体を保ち痛覚を抑えて意識を保つ。
「転移者シン、もう終わりだ」
不可視の結界に守られているため、すぐには手出しは出来ないが、延々と続く魔剣の攻撃に防御体制のままのようだ。
「よくもレーコを!」
転移者シンの右手がこちらに向けられ、ゾッとする予感が走り本能に従い横に跳ぶと、光が走り後ろの壁が穴だらけになる。
「指輪サイズの拡散光線銃、君はもはやなんでもありだな」
避けるのが遅れた左腕が穴だらけになり、白い煙を上げている。
連続して拡散光線が撃ち出されるも、動体視力と反射神経は並みのままなのか、一度わかってしまえば避けること自体はそれほど難しくはない。
恐らく知識に対してなんらかのアドバンテージがある転移者なのだろう。
穴が開いていた左腕も、新たな治癒の魔剣が突き刺さる事でふさがり、動くのに問題がなくなる。
「くそぉ!!」
5分ほどして光が収まる。どうやら封入されていた魔法かエネルギーが尽きたのだろう。
残るは強固な不可視の障壁のみ、物理的な攻撃と魔法の両方を遮断しているようだ。
その為魔法の一種であるウィルスも防いでいる。
肉塊と不気味な植物がうごめく魔剣が、全てを終えたことを教えてくれた。この国にはもはや虫一匹生命は存在しない。
「いつまでそこに籠り続ける。 この国の生命は全て消えたぞ」
転移者シンは少女人形を抱きしめながらこちらを睨み、大きな声を張り上げる。
「なぜこんなことをするんだ! ただこの国で生きていた善良な人々だぞ!!」
「何も知らない善良な国民、いつのまにか君の思い通りの箱庭の国、君も知らない他国民を弾圧する教義、他国制圧に揃う兵器群、これで善良なのか?」
彼はこちらを睨みながらじっとしている。
「きっかけを与えるだけであって、我々転移者が好きにしていいわけじゃない」
「人々が幸せに生きる為に、自分は知識と技術を広めただけだ! 好きにしたわけじゃない!!」
「それが好き勝手にしたことだと、なぜ気が付かない。 ある転移者は過ちに気付いて、それを止めるために自ら命を絶った。 君と似た知識の人だったが、君は気付かないのか?」
彼は機械仕掛けの竜を作り上げたが、技術の異常発達が危険だと、それをドワーフたちに伝えるために自害した。それゆえにドワーフたちは、身の丈を過度に超えた物を作ろうとはしない。
「人々が幸せになる為に知識は必要なんだ! 自分たちが居た地球でさえ、NPOが第三世界で学校を開いたり食料援助をしていたじゃないか!」
「それも裏がないと言えるのか?」
確かに善意だけで動いている者もいるだろう。
だがほとんどは国としての裏がある、敵国を作らない、未来への投資などだ。
まぁ、中には反吐が出るような考えを持っているのもいるが、それを上手く利用している者もいる。
「何を言っても平行線だろう。 だから」
戦争の準備と絶対の教義、そして鎖国によって気付かれていなかっただけで、もはやこの国は転移者の為に整えられた<日本もどき>でしかない。
空間が引き裂かれ、白い腕が全て水や海の属性を持つ魔剣を取り出す。
「《大海嘯》」
空間を海と繋げ、地上を巨大な津波が洗い流し、過ぎ去った後には何も存在しない大地だけが残されている。
「自分は……、この世界の人々が幸せに暮せるように」
「それを考えて実行するのはこの世界の人々だ。 お前や私が無理やり変えるべきことではない」
文明的な暮らし、科学的に発展した町、便利な道具、どれを見ても素晴らしいだろう。
だが余りにも歪だ。文明の発展は時間が掛かり、何年も掛けて段階を踏んでいく。
そして危険性や様々な可能性と文明的限界による一時分野の停滞もある。そして足掻きながら解決していくことで独自性と多様性を産み出すのだ。
それがこの町は全てが日本もどきとして発展している。これが歪だといわずとしてなんだというのだ、
「それに神聖王国のモノは全て消える。 誰も残るものは居ない」
ミクソゾアによって全てが腐食し、大海嘯に飲み込まれる。何一つ残る事はない。
「この、悪魔め!」
こちらを睨みながら叫ぶ様に、心が揺れる。何も知らずに死んでいったこの国の人間からは、私は悪魔にしか思えないだろう。
「……世界の為なら悪魔にでもなる。 しかし人は神にだけはなれない、そう地球で人間が言われていた事を覚えていないか? 君は知らず知らずのうちに、神に近い事をしていた。 人間が神の真似事をし、そしてこの国の全てが歪んだ」
心を凍らせ、冷たく言い放ちながら魔剣を上段に構える。
「だから全てをゼロに戻す。 他の国と世界の為に、この国を完全に滅ぼす。 悪魔と罵りたいなら好きにしろ」
不可視の結界にぶつかると同時にわずかにひび割れ、その隙間に無数の魔剣が投げ込まれ転移者シンに突き刺さる。
結界が消え、地面に倒れた転移者シンの姿が光に包まれていく。少女人形も共に光が包まれ消えていくのは、神の恩情だろうか。
二つの光に変わった転移者と少女人形は空に昇っていく。
「次は元の地球で一般人として生まれ生きるがいい」
教会の塔を出ると同時に、全てが水疱に侵され唯一残っていた建造物が溶け落ちる。
周囲は全て溶かされ、そして津波によって洗い流され何一つ残ってはいない。
エルとリーアナが空中に現れ肩に乗る。
「おわったね」
「あと一人です」
「……そうだな。 だが、この国の人々を巻き込んでしまった」
「必要な犠牲じゃん」
「あの転移者の意思を継ぐ者達など、この世界には不要でしょう」
人とは思考が異なるエルとリーアナには、大したことではない。だが、私には今回の大量殺戮は苦痛だ。ただ、転移者の科学と知識を知らぬうちに受け入れ、使用していただけ、それを殺さねばならなかった。
「まぁ、鎮魂の石碑位建てよっか」
「それくらいは良いでしょう」
「……あぁ、そうしよう」
六人の転移者も、残りは一人だけ。あと少しですべてが終わる。