142.狂気
サーシャとキョウキの二人は広場まで入るとお互いに武器を取り出す。
「穏便にして欲しいのだが」
「兄さん。 女の戦いに男は口を出しちゃ駄目。 死ぬよ?」
笑顔でこちらを見るシーナが正直少し恐ろしい。
「女の争いは」
「男の口出し無用です」
いつの間にかエルとリーアナが肩に乗っている。
「せめて戦う理由は知りたい」
シーナは派閥の子達にイスを持ってこさせゆっくりと腰掛けた。
ほかの貴族の者達も、余興として気にしているそぶりはない。それどころかよく見てみれば、少しはなれたところでも似たような状況で戦っている女同士や男同士がみられる。
「何てことはないわよ。 ただお互いなんとなく気に入らないだけ。 それだけで充分。 男だってそうでしょ?」
「それはそうだが」
「キョウキ姉さんにも良い機会よ。 サーシャ義姉さんを相手にして目が覚めるわ」
目が覚めるか、確かにキョウキは少し狂っている面がある。ただ、私はそのキョウキによって守られ育てられた。
依存に近い狂気とも取れる愛情、それがなければ発狂しかけていた私を育てる事など出来なかっただろう。それ故に恐怖と感謝の両面の感情を持っている。
何度か食われそうになったが、兄アークスと妹シーナのおかげで無事だったのもあるが。
「はじまるわよ」
亜空間倉庫からキョウキが赤黒い長剣を取り出し握り締める。
「あれは……まさか」
キョウキが剣を地面に突き刺すと黒い影が地面を走り、サーシャの足元を覆っていく。
「サーシャよけろ!!」
サーシャが黒い地面から身を翻したとたん無数の刃が飛び出してくる。
体から力が引き出される違和感、半端な記憶で育てた魔剣だが内在する剣の力の一部を利用している。
「あぁ、あの時見たのに似てるわね。 でも、この場で余り力を使うわけにもいかないし、仕方ないわね」
サーシャは追いかけてくる黒い影から逃れながら、赤く染まったハンカチを掴むと侠気に向かって投げる。
恐らく血液で染めたハンカチなのだろう、キョウキは真っ二つに切り裂いたがそのままキョウキの両肩に突き刺さる。血液が染み混んだハンカチを硬化させ武器としたようだが。
「この血の匂いは、坊やの?」
キョウキは開いている片手で肩に突き刺さるハンカチを引き抜き、自らの血が流れるのも気にせず、血が染みているハンカチで自らの顔を拭ったあと懐に入れた。
昔と変わらぬキョウキの狂った一面を見て血の毛が引いていく。
「シーナ、キョウキはあの頃と何も変わってないのか?」
「前のままよ。 今もグレン兄さんの魔剣を抱いて寝てるくらいだし」
妹のシーナと共に女学院に入学してから会っていなかったのだが、数年経っても何一つ変わっていないとは、キョウキらしいというかもう色々諦めた方がいいのだろう。
「変わっているわね。 あなた」
短剣を握り、地面を滑るように近付くと首目掛けて突き出すが、キョウキは笑顔で突き出された短剣を握り締めて受け止める。
「坊やの一部だもの。 例えそれが血液でも愛しいわ」
そのまま握り締めると手から血が流れるが短剣にひびが入る。
「あなたに坊やを譲るかどうか、ちゃんと見させてもらうわ。 死んでも坊やはちゃんと私が見るから安心しなさい?」
「面倒な姑ね。 でも、私も力で分からせるのは嫌いじゃないのよ?」
短剣から手を離して一旦離れ、お互いに仕切りなおす。
「水の精ナヤーデ、私の問いかけに答え、眼前の敵を打ち倒す水流の刃となれ《クレーネー・ロイ》」
広場の噴水から水が吹き上がり、大量の水が周囲に集まっていく。
「坊やの氷と似た力ね。 でも、坊やの戦闘技術は私が教えたのよ?」
握っていた短剣を投げ捨て、魔剣を左脇に構え少し屈む。
踏み込み・体の捻り・腕力・体重、全てを乗せて横一文字に切裂く。グレンが得意としているが、実際にはキョウキが教えたもの。