141.学園祭
女学院の中をボロボロの鎧を着て歩いていると、すれ違う貴族やその家族から白い目で見られるのだが、やはりちゃんと直したあとの武具の方がよかったのではないかと考えたくなる。
そのまま歩いてシーナのブースまで行くと、そこにはアンデット召喚や制御に関する発表が掲載され、囲いの中には精巧なボーンホースが大人しく立っている。
「いらっしゃいグレン兄さん。 これが私の派閥の実績、アンデットの研究よ」
他の場所が作法や商業研究をしている中、魔法のそれも死霊術を研究発表するとは、シーナらしいというかなんというか。
「それで、これはどういうものなのか概要を教えてくれるか?」
シーナは得意そうに立てかけられている図と文章の前に立つ。
「死霊魔法は余りにも不安定で、対価がないと力を発しないからそれを解決しようとしたの。 その成功例がこのボーンホース、一度召喚すれば最初の魔力が尽きるまで無補給で動かせるし、切れてきたら与えればまた長く使えるわ」
なるほど、常時魔力を一定数補給し続けなければならない、召喚系魔法の新たな側面ともいえる。それを開発するとはかなり研究が必要だったはず、これなら魔導師ギルドも興味を持っているだろう。
「凄いな。 さすがシーナ、魔導師ギルドも興味を持っているんじゃないか?」
「そう、先日声がかかったわ。 私は後二年在籍だけれど、今年卒業のレスティンさんは魔導師ギルドへの入会が決まっているのよ」
「セズ兄さんも聞いたらきっと喜ぶだろうな」
少し嫌な表情をシーナは浮かべる。
シーナはクロム兄やセズ兄を余り快く思っていない。特に何かあるわけではないが、血が繋がっていない上にソーディアン家の実子である二人にどこか引っかかっているらしい。
その為に血が繋がっていないアークス兄や私とは気軽に話し仲が良い。
「クロム兄やセズ兄の事は出さなくていいわよ。 それよりキョウキ姉さんも居るわよ」
「それは……血を見ることになりそうだな」
キョウキ・テンマ、アークスが雇ったグレンとシーナの教育係であり鬼族の女性。今は妹シーナの教育係兼護衛の側仕えとしている。
教育係ではあるが、私やシーナに姉として呼ばせている。そして私の血を吸わせて育てた魔剣の所有者である。
「久しぶりね 坊や」
久しぶりに聞く声に、冷や汗が流しながら背後に振り返る。
満面の笑みを浮かべる美しい長身の女性、僅かな風に流れる黒い長髪は近くを歩いている貴族の視線を集めている。
そっと伸ばされる手がヘルムに触れ、軋む音を立てて胴体と頭部を繋げる鎖が千切れヘルムを取り去ってしまう。
「背も私くらい伸びて、とてもたくましくなったわね。 嬉しいわ」
ヘルムをその場に捨てるとキョウキは顔に触れようとする。
「キョウキ姉さん。 グレン兄さんの婚約者もきてるわよ」
シーナの言葉にキョウキは手を止め、弾けるような魔力がほとばしり黒い長髪が反応して揺らめいている。まだ笑顔のままだが、気迫に押され数歩後ろに下がる。
「そう、坊やの婚約者……」
「サーシャ義姉さんは中々綺麗な人、それにとても強いし死霊術にも造形が深いわ」
「ぜひ会いたいわ。 坊や紹介してくれる?」
親族に紹介するよりも圧迫感をがあるのだが、嫌な予感が若干している。
サーシャの性格を考えると必要がなければ、このような場所で殺し合いに発展するとは思えないが、キョウキ姉さんが少し危ない。
「あら、グレンその人は誰?」
サーシャの声に視線を向けると、シーナの派閥の子女達と共に
キョウキはグレンの横に立つと笑顔でサーシャに向って頭を下げる。
「初めまして。 私は坊やとシーナの教育係をおりましたキョウキと申します。 あなたが坊やの婚約者のサーシャさんね?」
「ご丁寧に感謝いたします。 私がグレンの婚約者のサーシャと申します。 イノ、挨拶しなさい」
「初めまして、イノと申します」
冷静なサーシャと異なり、イノは少し怯えている様子も見える。
「あらあら、可愛い子ね。 養女も迎えているなんて、私が坊やのお屋敷に行った方がいいかしら?」
キョウキは目を細めてイノを見ているととんでもない事を言い出している。だがイノは来期には入学することになっているのが幸いだ。
「イノは来期には学院に入学する。 その時はシーナと共に任せたい」
「坊やのお願いだから仕方ないわね。 それでも、その前に確かめないと」
そっとキョウキが歩くとサーシャはイノを離れさせる。
「そうね。 はっきりさせて置いた方が、後々のためね。 グレン、イノを見ていて。 ナルタもあちらにいって」
イノとナルタが小走りでこちらに来ると、二人は少しずつブーストは反対側の広間に歩いていく。