126.敵陣
サーシャとジノに遅れて敵陣に突入するが、3方は敵しか存在しない。前世の戦場の恐怖が蘇り、無意味に力が篭ってしまう。
国も、教団も、冒険者ギルドも、亜人族も、味方など世界にどこにも居らず、全てが敵であった終末を迎えかけた世界。
「あら、どうかしたの?」
声と共に一方向の兵士達が胴から真っ二つに切り飛ばされ、2mにもなる血で出来た刃を握るサーシャの姿があった。
「この周辺は私の取り分よ? もう少し離れて戦ってくださいな」
噴出した血は地面にではなく、ドレスに吸い込まれるように消えていき、どうやらまた戦闘の為に回収しているようだ。
悲鳴と絶叫が上がり、血飛沫が飛び交う中、乱れる赤い髪はとても危険な美しさがある。
命を楽しそうに刈り取る危険なサーシャをみていると気が抜ける。
本当に戦いに向いた人というのは、彼女のような自制出来る殺人鬼であり、平和なときは危険人物なのだろう。
「あぁ、わかったよ。 存分に楽しんでくれ」
大剣を握り締め、サーシャが来た方向ではなく陣中央に向う。
統制の取れていない雑兵は連携も取れず、一度に何人も切り倒されると動きが鈍り、逃げ出そうとするものもでてくる。
だが相手は公爵、ちゃんとした兵士や騎士がちゃんと控えている。
「ここから先は行かせん!」
正騎士が陣の中央から、ランスを持つ騎士が2方向、一人は正面から中段突きを、もう一人は側面から足払いを仕掛けてくる。
呪殺剣 鬼喰らい 天津風の力を引き出さず、身体強化を最大の10割で中段突きと同時に繰り出される足払いを叩き伏せ、そのまま胴薙ぎに振り切り真っ二つに切りとばす。
雑兵の戦い方ではなく、連携の取れた騎士の戦い方、この一手やり取りで他の大多数に手の内はばれた。こうなってくると余裕はもうない。
「癒しの神であり戦神 様、我は今戦いにおいて命を削り、敵の命をあなたに捧げる。 汝の戦と癒しの加護を今この身に 《リジェネレーション:サクリファイス》」
治癒の魔法をかけひたすら立ち止まらず、前面の敵を打ち倒し、セグレスト公爵の陣北側に抜けるよう走り始める。
腕を切られても、胴を突かれても、傷を癒しながら立ち止まらず、切り払い叩き伏せながら前に出続ける。
少しでも立ち止まれば囲まれ、四方八方から攻撃を受けてしまう。急所だけは穿たれぬよう、出血しすぎないよう進むが、切り倒されながら突き出されたスピアの穂先が腹部の繋ぎ目を、チェーン部分を貫き足が止まってしまう。
「いまだ! かかれ!!」
槍や剣を持った兵士達が、騎士の声に合わせて四方から襲い掛かってくる。
「《フレイムゲイザー》!」
剣を地面に突き刺し迫ってきていた兵士を焼き払う。だが、それでも一時的なものでしかない。
腹を貫くスピアを掴むと力任せに引き抜く。
「ぐっ……」
血が口と腹部から噴出すが、すぐに血が止まり傷口が塞がっていく。
このタイミングを狙っていた騎士が一人側面から大斧を振りかぶり迫ってきた。傷が塞がっている最中で早く動く事も、力で防ぐ事もできない。
呪殺剣 鬼喰らい 天津風を盾に身を屈め、折れない事を願いながら受け止める体勢に入る。
「もらった!!」
気勢と共に大斧と全身に響く衝撃と共に甲高い音を立て、大斧は弾かれ騎士はバランスを崩した。
傷口が開かないよう全身を使って大剣振り払い、騎士の足を斬り飛ばしそのまま頭部を叩き潰す。
切り払いに巻き込まれて数人の兵士が倒れるが、それでもこちらが手負いであることは確かなため、功を得ようと兵士達がこちらに向ってくる。
「《ウィンドエッジ:ハインド》」
無数の風の刃を全方向に飛ばし、兵士が何人も切り裂かれ倒れるが、騎士はしっかりと防ぎなんら効果がない。しかし騎士には効果が見込めなくても、兵士ならこの程度の魔法でも充分のようだ。