121.戦乱の予兆
王都が騒がしくなり、騎士が多く集まり始めていた。
公爵の十騎士団が集まり、リーゼルハルト公爵直下の白鳳騎士団も集まっていた。
長兄アークスの一族であるグレンもまたリーゼルハルト公爵低に呼び出され、兄の待つ執務室に居た。
「グレン、お前は一旦家に帰りなさい」
「突然なぜですか」
「理由は言う事は出来ない。 だがそれがお前の為だ」
「しかし……」
「今回は兄の頼みだと思ってくれ」
事情を聞くことも出来ず、短い会話でリーゼルハルト公爵邸を出た。
屋敷に戻るとエルとリーアナが久しぶりに肩に乗ってきた。
「王様がセグレンス公爵に殺されたんだよ」
「今は伏せられていますが、じきに公爵家同士の戦乱になります」
「王が…… 実子であるセグレンス公爵に?」
オーディン王国にとって王位継承権を持つのは実子である西方のセグレンス公爵と東方のエウローリア公爵のみ、順当に話し合いで済めばいいが、殺したと成ればエウローリア公爵が許すはずもない。これは後継者争いで国を二分する戦争になる。
「転移者の影響があるみたいなんだけどさぁ」
「どこにいるかまでは気配が読めません」
転移者の影響、とことん世界にとって悪影響しか及ぼさない。
元より責任感や影響力を考えれば、ドワーフ国で自害した転移者のように後悔でもするのだろうが、ここまで悪化させておいてその様な志向に到達するはずもない。
「そうか。 兄アークスの指示には従えそうにないな」
兄の言葉に従い、一旦皆と一緒にソーディアン家に行こうかと思ったが、転移者が関わっているならば、出来る限り影響を抑えるためにも、戦争に参加するべきだろう。
それにしても、サーシャを巻き込まないように配慮すべきか悩むところだが、彼女の性格からして、合法的に大量殺戮が可能な戦争に参加しないなど考えられない。
恐らく嬉々として参戦し血の雨を降らせる事だろう。また苛烈な異名が付きそうだが、サーシャは気にする事などないだろう。
「二人はどうする? 直接転生者と関わらないが、共に行くか?」
「行くよ。 もしかしたら関係するものがあるかもしれないし」
「関係するものから居場所がわかるかもしれません」
どうやら二人もついてきてくれるようだ。出来る限り危険に晒したくは無いが、元々使命は転生者を全て討伐する事、危険であることは彼女達にとっても充分承知済みなのだろう。
それでも、危険な目にあわせたくないと思うのは、私のただの我がままだ。
「ジノ達にも話さなくては。 どうするかは皆の考え次第だが」
大体は断らないだろう。ジノ達はともかく、ラクシャ達に鬼人族にとっては戦争は一攫千金の機会、功を挙げれば報酬は膨大だ。
考えてみれば、この屋敷で温厚なのはナルタとイノくらいか、どのような形であれ戦いを嫌っているものはいない。
サーシャの私室の扉を叩く。
「なにかしら?」
「大事な話があるのだが、いま時間は?」
サーシャの側仕えが扉を開き、中に誘導される。
窓際のテーブルで書を読んでいたようだ。
「グレン、用があるなら直接尋ねるのではなく、側使いをまず来させなさいな」
「申し訳なく思う。 急ぎの用なのですが」
側仕えによってテーブルにお茶などの準備が進められようとしている。
「いや、すぐに出る。 飲み物は不要だ」
側仕えを止め、立ったまま話を続ける。
「公爵家同士の戦争になる可能性が高い。 どちらに付くかだが、エウローリア公爵側に付くつもりだ」
「戦争? それは楽しそうね。 急ぎ準備をさせましょう。 屋敷の者達には家に帰らせるか、留まらせるか考えましょうか」
やはり戦争を楽しみにしている。
相変わらずサーシャは優雅で上品な立ち振る舞いではあるが、戦争と聞いてからその目には色濃く血を求めている様子が伺える。
彼女が人であろうとしてなければ、危険な敵であっただろうに。本当に不思議な女性だ。
絶対服従の怪しい存在よりも、明確な理由で本性を出して殺し合えるような、サーシャのような女性の方が信頼が出来ると考えてしまう。