109.所詮は前座
ジノは一歩一歩ゆっくり歩み、ソードウルフ達に向けて後ろに居ても全身に響くほどの大きな咆哮を挙げた。犬や狼タイプの魔獣の咆哮は解呪の力を含んでいる。それが魔狼が魔力を込めたものとなると咆哮は格が違う。
咆哮の振動が終わった後、ソードウルフ達は動きを止めその場に座り込む。どうやら獣操魔石の呪縛から開放されたようだ。
獣使いが必死に操作しようとしているが、ゆっくりとジノを中心に囲むように座る。
「ウォォォ」
「「「ウォォォ」」」
ジノが遠吠えを上げ、ソードウルフたちも輪唱するかのように遠吠えをあげはじめる。誰が主なのか、主とはなんなのか、もはや獣使いの命令は聞かないだろう。
無理やり獣操魔石まで使って命令したものを、解呪された挙句主導権まで奪われるとは哀れだ。
拘束を解かれたソードウルフ達はジノを群れの主と認め、獣使いに向って唸り声を上げながら向かっていく。
自らのソードウルフに追い詰められ、冷や汗を流しながら闘技場の大扉まで下がる。
「くそが、出すつもりは無かったが!」
獣操魔石が明るく輝き、額にクリスタルを埋め込まれたレッサードラゴンが闘技場の扉の奥から現れた。
ソードウルフ達は恐怖に震え、少しずつ後ろに下がっていく。ルーンウルフでさえ苦戦する相手に戦いを挑めるわけが無い。
「やれぇ!!」
大きく息を吸い込み、炎の息が闘技場内に広まっていく。
「さて、そろそろ私達の番のようだな」
ゼノンはヘルメットを留め直し、へビィランスを左手にシールドを右手に構える。
「そうですね。 ではこちらで動きを止めるので頭部を潰してください」
全身にアダマンタイト製のフルプレートメイルを身に付けているため、いつもより素早く動く事は出来ないが、それでもレッサードラゴンに遅れをとるほどではない。
「《アイスウォール》」
いくつもの氷の壁を作り出し、炎の息吹を防ぎながら片刃の大型両手剣、 城崩し 鈴風を握り締め接近。レッサードラゴンはただひたすらに火の息を吐き続け、獣使いの操作が余りにも単調過ぎて呆れてくる。まだ本能で暴れまわるレッサードラゴンのほうが脅威だ。レッサードラゴン目前の氷の壁を飛び越え、力任せにレッサードラゴンの首に振り下ろす。
首に食い込むが断ち切ることは出来ず、そのまま地面に叩き伏せる。身体強化を使わないならこれが限界、だがここまで出来れば充分。
「《ショックブラスト》!」
突進してきたゼノンの放つ回転を加えたへビィランスの突きが頭部を貫き、レッサードラゴンは絶命した。
頭部からへビィランスを引き抜くと高々と掲げ、ゼノンは勝利を示す。
「「「おぉぉ~!」」」
観客席から歓声が上がる。誰しもがゼノンの力と勝利を認めたようだ。
「さすが正騎士たるゼノン様です! それでは本命の入場です!!」
獣使いが肩を落としながら扉を奥に引っ込むと、二つの人影がゆっくりと出てきた。
分厚い円盾とフレイル、槍を円盾で受け流し、鎧ごと打ち砕くフレイルを持つ戦士。もう一人は、体に雷を纏わせている剣士。雷系魔法剣士、よくもまぁここまでこちらの弱い点を狙ってくるものだ。