107.夜
夜も深まった頃、家の周りで留まっていた気配が屋敷内に移動している。門の前をリヒトが警戒しているが、どうやら外からも侵入を試みている連中が居るようだ。
あちらはリヒトにまかせておけばいいだろう。
「さて、そろそろ来るか?」
寝室にはジノだけがいる。といっても戦いに備えているのか、いつものジノ専用のベッドではなく、部屋の隅の暗がりで完全に気配を消している。以前私の片腕を持っていかれた時のように、臨戦態勢だ。
エルとリーアナは念のため、今夜はサーシャの部屋に移動してもらった。どんな戦いになるかは分からないが、少なくとも主要目的の自分よりは襲撃者の数も少ないだろうとの考えだ。
就寝時間に暗殺者、狙うとしたら最良の時間ではあるのだが、あれほどあからさまに監視されて、今夜襲撃しますという行動をされては意味が無い。送り込まれる者達が哀れだ。
扉を叩く音が響いた。
「グレン様。 ランプの油をお持ちいたしました」
どうやら使用人に変装したようだが、情報不足だ。使用人は全員、巻き込まれないよう屋敷の外に出ているのだが、急遽暗殺することになり充分情報を集め切れなかったのだろう。
「テーブルにランプがある。 補充しておいてくれ」
扉が開かれ、中に入ってきたのは妙齢の女だった。そのまま上着を脱ぎ捨て裸になるが、これでも安全の為に使用人全員の顔は覚えている。こんな女は使用人の中にはいない。
色香も使って油断を誘うとするとは、よくもまぁ品の無い事を。
「今夜、グレン様の寵愛をいただきたく」
何か言っているが、この女の後ろに一人、扉の影に一人、窓の外に三人、どうやら作戦の甘さを数で補うようだ。
だが、部屋の隅で伏せているルーンウルフのジノに気付いていないようではな。
「それで、暗殺するつもりならもう少し手段を選んだらどうだ?」
その言葉に反応して背後から一人、窓を打ち破り暗殺者三人が飛び込んでくる。
皆が短剣を握り締め、状況から見て致死性の毒でも塗っているのだろうが、奇襲性を確保できていないのではな。
唸り声も無く襲い掛かったジノに一人の暗殺者は首を噛み千切られ、血を吹き出しその場に倒れる。
「アイスジャベリン:ストーム」
複数の氷の槍によって三人の暗殺者が串刺しになり、窓と壁を破壊して外に落下していく。後二人、妙齢の女も背中に隠していたのか、短剣を取り出すがすでに気付いていたラクシャが背後から羽交い絞めにして取り押さえた。
「ラクシャ、廊下の一人は?」
「もう取り押さえた。 この二人はあたいらに任せておきな。 聞き出しておく」
鬼人族の拷問、五体満足で終われば良いが、ゴルノスから送られて来たことがわかれば運が良いほうだろう。一流の暗殺者なら捕らえても、何も吐く事はないと兄達から聞いているが、こいつらはどうだろうか。何も吐かずに死ぬのか、それとも雇い主よりも自分の命を選ぶのか。
「それにしても、窓と壁をぶち壊して、あんた 明日サーシャに怒られるよ」
ラクシャの言葉に、つい攻撃優先で屋敷の事を何も考えていなかった事に気付き、大穴のあいた壁を見て小さくため息を付いた。
「……覚悟しておく」