106.何も変わらない
翌朝、朝食の場には全員が揃っていた。サーシャにイノにナルタ、ラーラクシャにリヒトにジノ、エルとリーアナ、大分信頼できる仲間が増えたというべきだろうか。
「今夜は使用人も兵士も外にでてもらいます。 暗殺者の被害を受けても困りますから。 イノとナユタは私の部屋で眠るように」
サーシャの考えでは暗殺者の襲撃に備え、使用人全てに休みを与え外泊させるようだ。
確かにせっかく集めた使用人に被害が出ては後の生活に困る。ただでさえサーシャの異名の事もあり、人が集まりにくいようなのだから。
「巡回はあたい達に任せな。 ジノはグレンの部屋だ」
ラクシャとリヒトが巡回をしてくれるそうだ。
巡回が無くても問題はないが、周囲に住む貴族に対して体裁もある。正直面倒な事ばかりだが、夜に門を警備している者が居ないのは宜しくない。
「そうだ~グレンさん~。 武器拾っておきましたよ~」
ナユタが自らの亜空間倉庫から巨大な剣を取り出した。
2mの片刃の巨剣、剣自身の強度を引き上げる力と、身体能力を負荷の代償と共に大きく引き上げる魔剣 城崩し 鈴風。
前回の転移者との戦いで手元から失っていたが、ナルタが回収しておいてくれたのは助かった。もう二度と手元に戻らないと思っていたのだが、これで再び厳しい鍛錬をこなす事が出来る。
「ありがとう。 二度と手元にもどらないかと思っていました」
「あのあと大変だったんですよ~。 即位式に参列することになったり~、参加した人みんな表彰されたり~。 あっ、グレンさんの分は後で送られてくると思いますよ~」
獣人の王国も転移者に荒らされていたが、無事王位を継承したことで、安定を取り戻してくれれば良いのだが、それに関しては私の関わる範疇ではない。後は時の流れと神の意向でどうにかなるだろう。
「その話も良いけれど、イノもあと半年ほどで貴族院に行きますから、準備と心積もりをしておきなさい」
もうそれだけ時間が経ったか。まだ何も教えていないのだが、貴族院に入るまでに魔法くらいは教えるべきなのだろう。ラクシャやナルタが戦い方は以前教えると言っていたのは覚えている。
「はい。 お心遣いに感謝いたします」
貴族院では作法や人間関係、そして何かしらの力が求められる。
見たところ食事をしている最中の作法もちゃんとしている。戦う力さえあれば、貴族院でもやっていけるだろう。
大抵の事はすでに入学している妹のシーナに任せれば問題はないはずだが、一度時間を作って直接頼みに行くとしよう。
「グレン」
「なんでしょう」
「一度魔法について教えてあげなさい。 ラクシャやナルタでは教えられないわ」
まったく意識していなかったが、ラクシャもリヒトもナルタも、身体強化魔法は使えてもそれ以外は苦手としている種族、概念は教えられても他の魔法は教えられない。
「確かに。 決闘が終わった後に時間を作るとします」
魔法の指導など考えた事はなかったが、それでも自分自身の理解の再確認になるだろう。
それにラクシャやナルタの直接攻撃な戦い方が好きなら良いが、魔法の方が性格にあうならそちらを得意としたほうが良い。