101.血が滴る限り
数え切れないほどの業火の大輪、まだ遠くだというのに強烈な熱風に皮膚が焼ける痛みがある。あれだけの高温を発する大量の花々をどうにかするには、それ相応の大量の水が必要となるが。サーシャの生まれ持った才能には恐れ入る。
私が居なくてもこの世界は、サーシャや兄アークスの命を代償に転生者は倒されていたかもしれない。そんなことさせるわけにはいかないが。
「水の精霊 海の精霊 、今私は願い奉り、海の龍王 リヴァイアサンに願い、海洋の力を借り受けん」
頭上に大きな空間の間隙が現れゆっくりと海水があふれ出す。
「《大海嘯》」
そのまま強引に海と空間を直結、数万トンを遥かに越える膨大な海水が、20m以上の津波となって襲い掛かっていく。
高熱を発する血の華々によって爆発するように蒸発するも、サーシャの周囲で咲き誇る花々に阻まれ押し切る事ができない。
だが無理やり力を誓ったおかげで、ようやく黒の力と体が一致した実感がある。力を操作してみるも違和感もなく、どこまで力を引き出しても、体に馴染むだけで妙な感覚は全く無い。これもサーシャのおかげだろう。
そしてずっと使う事さえできなかった魔法も使う事が出来る。
「明けと宵に別たれし明星。 嘗て御座の傍らに座したモノ。 御技を模倣できる唯一のモノ。我が黒き虚無なる力に、御技を模倣せし力を与え、全てを切り裂く刃を与え給え」
黒い力が剣の形状に塊り、光を飲み込む黒い片刃の長剣となる。
「《ルシエル・ブレイド》」
両手で握り締めると横一文字に斬り払う。
音速をはるかに超えた波動が拮抗している膨大な海水も血の花々の境界を切り裂き、斬り飛ばされたサーシャの首が中を舞う。これで彼女との付き合いも終わり。もう二度と話す事はない。
海水も花々も全てが消え去り、ただ胴体だけが残されたサーシャの体がこちらに歩いてくる。アンデットの能力だろうが、吸血鬼は種類を問わず心臓をつぶすか、首と胴体を切り離されれば長くは持たない。
すぐ目の前まで来ると右手の爪が首に突き刺さり、体の動きとめられると頭のないサーシャの体がその身を引き寄せる。そして左手を空中に向けると首がひとりでに乗り、自らの頭を掴むと元の位置に戻した。
まさか殺したつもりが首と胴を切り離しても大丈夫とは思わなかった。
「今までこれほど愉しかった事はないわ。 また遊びましょう?」
顔を引き寄せ伝えた後、首に突き刺さっていた手を引き抜き、その手に付いていた血を舐め取った。吸血鬼としての本能が強く出ているのだろうが、その危険な美しさに見惚れてしまう。
「さぁ、着替えましょう。 夜会までに身嗜みを整えないと。 あなたも急ぎなさいな」
空間が砕け散り、ただ結界張り巡らされた訓練場に戻る。
すでに眼の色が金色から普段どおりの紅い色に戻り、鮮血に染まったドレスのまま結界を出ると、サーシャはリーゼハルト家の側仕えと共に屋敷に向っていく。
すでに話を通してあったようだ。
「本当に……君には参る」
戦士としては勝てるが、それ以外、手回しの良さから下準備、そういった事に気が回らない私は、貴族としてサーシャより上手に立ち回れる気がしない。いや、人としても彼女が上だろう。
「願わくば、君と長らく居られる事を願うよ」