100.戯れ事
「っ!」
血の防壁を貫通したものの、サーシャの血の翼によって防がれていた。視界も音も何もないというのに、僅かに感じる何かから位置と攻撃の種類を読んでいる。
いうなればサーシャは生まれながらの戦闘の天才、前世の積み上げと度重なる鍛錬をした凡才の私とは違う。視界や音などほとんど必要とせず、本能的にこちらの攻撃を読み体が反応していた。
楽しくてたまらないわ。この男なら私の感情すべてを表現してもきっと死なない。いえ、もしかしたら私が殺されてしまうかもしれないけど、それがとても幸福に感じてしまう。同族嫌悪と同族愛、織り交ざった不思議な感情、家族の中にいてもみな私と違ったけれど彼は良く似ているわ。
「さぁ、もっともっと愉しみましょう?」
感情に任せ、今まで無理やり抑えていた力を全て解き放つ。全身に流れていく血の温度に酔い、歓喜に満たされ、ずっと肉体的にも抑圧されていた枷が失われ心身ともに軽くなっていく。
「月が消えるまで 放さないわ」
翼を振り払うとグレンは弾き飛ばされ、地面に片手を着きながら滑る身を支えている。
溢れ出る歓喜に任せ湧き出てくる力を体が求めるがままに表現し、大きく腕を広げたると血の翼から無数の血の刃が射出されていく。意識を向けるだけで眼に見える範囲が広がる。まるでいくつも眼があるように。
閉じられた空間のからいくつモノ眼が現れ、空間の全てを覆っていく。
グレンは体勢を整えると両腕を地面に叩き付ける。それと同時に波のように、黒い光が地面から噴出しながら血の刃を砕きこちらに向ってくる。
体の望むとおり全身を霧に姿を変えても、黒く澱んだ波動が身に襲い掛かり、体を抉ろうと破壊をばら撒いていく。
体を霧から実体に戻し、お返しに放つ血刃に炎を宿して腕を振るうと、グレン周辺の血液が激しく燃え上がるも拳を振り上げると地面に叩きつけ、地面に広がっていた血を被り火を消してみせる。
「あはははははははははは! 良いわグレン!! あなたならもっと酔うことが出来そう!!!」
本当に良い男、これだけ私自身を表現しても死なずに、まだ私を愉しませてくれる。常識も狂気も余計な鎖が何もなくなるまでもっともっと高く。
感情の高ぶりと反応して背中に集まっていた血の翼が弾け、両手が真紅に染まり鋭利かつ強固な武器となる。血の水面を滑るようにグレンに近付き真紅の爪を振るう。
黒い影が固まったガントレットと真紅の爪が激突。ガントレットと真紅の爪が砕け散り、周囲に破壊の衝撃が飛び散り血の結界が揺らぎ始める。
砕けた爪によって胸部を切り裂かれ噴出したグレンの血が私の身を染め、本能に従い再び距離を取るとグレンの周囲に黒い光が噴出し血が蒸発していく。
違和感を感じ空を見上げると月が翳り始め、もう終わりの時が近い事を告げていた。
「あぁ、楽しい時間もそろそろおしまい。 終わりにしましょう?」
もう終わりの時間、この世界を維持することはできない。最後は私自身を最大に表現しないと。
眼を瞑り本能の赴くままに自らに存在する力を解き放つ。周囲に飛び散っていた血が集まり華の形を成し、浮かび上がる無数の血の大輪。
「《血華繚乱》」