トカラへの旅
「はじめまして聖者さま。そしてシャーヤール様。ニルファル・アロリキティ―二と申します。ウーネの町では魔術師をやっております。先日バティルさんに隊商のメンバーに加えて頂きました。トカラの町へ行くのにご一緒させて頂きます。以後お見知りおきを」
ニルファルは両名を前に流暢な挨拶をやってのけた。
バッターラは静かに目をやった。
「トカラへは危険な旅になる。北の方からは不穏な風が吹いておる」
「存じています。それでも行きます。それが私が望む道なので」
聖者は微笑しバティルに告げた。
「その娘はお主が呼び寄せたのだよ。バティル君。君は天に祝福されているね」
「…聖者さまは何でもお見通しのようですよ、バティルさん」
バティルはニルファルを相手にせずバッターラに反論した。
「まったく。ニルファルも買いかぶられたもんだ」
「ん~またそういうこと云いますか~。素直に事実受け入れれば良いのに」
「ニルファルが他の誰かだったら、俺が戸惑う。それだけだ」
「それでは私がバカみたいじゃないですか」
「そこまでは言ってない。聖者さま、シャーヤール様、出発は急ぎましょう。明朝出発です。明け方に迎えに参りますので」
明朝バティルたちは出立した。
トカラへは二日の道のり。危険な旅にクムシュとクリチュは反対した。だが人も物もたいして持っていけない。食料を多少といったところ。これでトカラ城には入れるだろう。バティルは人数を絞り馬の足を速めた。そんな二日目の朝にニルファルはいち早く異常を感知する。
「バティルさん!魔術の流れを感じます。この先は危険です」
魔術の流れとは自然状態ではないということである。誰かが意図的に魔術を起動させれば対称性が破れ規則的な風の流れになる。
バティルは隊の停止を命じた。ニルファルはバティルとバッターラのもとへと馬を走らせる。
バッターラは静かに虚空を見上げている。
「……何者かが索敵をかけておるな」
「盗賊か何かでしょうか。なら進路を変えるしかありません。ニルファル。千里眼で敵の数は分かるか?」
「私の千里眼では大物クラスでないと捉えられません。…いえ、観えました!四スタディオン前方です。数はわかりませんが…」
「四スタディオン前方…。まだ距離はある。今からでも迂回しよう」
「ダメです。千里眼がかちあってます。補足されました! 引き返しましょう」
「向こうも千里眼使いなのか。これはただの盗賊ではない」
通常盗賊の襲撃からは逃げるのが得策だ。だがここは孤立無援の砂漠の中。どうしても逃げ込むなら前方のトカラが近い。そしてその使命もある。ならば迂回だ。
ここで問題なのが、右に避けるか左に避けるか。
襲撃は通常隊列の右側面を叩く。守る側が弓を使いづらいからだ。だがそれは待ち伏せの場合。今回は真っ直ぐ向かってくるのだろう。
完全に補足され戦闘が確実なら敵を左に見る右迂回を選択するべきだ。仮に敵と出会わなければ、相手は完全に対象を見失う。
バティルは右へ迂回しようと北方へ顔を向けた。
だがまた別の可能性が脳裏を過った。
バティルは再び向き直りバッターラに声をかけた。
「俺たちを敵の魔術から遮断することはできますか。南へ迂回します」
「南か……」
「はい。相手はおそらくユエジの索敵兵。北へ向かえば本軍に飲み込まれます」
「うむ」
ニルファルは馬を聖者に寄せて言葉をかけた。
「灯は要りますか」
「助かる」
ニルファルの差し出した杖の先端からは小さな灯が現れた。
そして聖人はその言葉を口にした。
「ゲージ…」
一瞬で場の風が乱れた。ニルファルは帽子の鍔を掲げて風の行方を追う。
「……上の層へ移動しました。相手の魔術師は私たちを見失いましたよ。バティルさん、すぐにこの場を離れましょう」
ほどなくして五十騎ほどの影をニルファルは地平の彼方に観た。重装騎兵、ユエジの索敵兵である。率いる武者の兜の動くのが見える。しばらく逡巡した後、彼らは街道を東へ去った。
陽が沈む頃、隊商は丘陵の連なりにトカラの城壁を見た。城の向こうの空は朱に染まっている。背後の砂漠が影を引きながら輝くのに比べ、その空はすっかり暗くなっていた。秋の風が吹き抜ける。天は高く城は孤独であった。逆光に炬火は映え、槍の穂先は光っているのだが、不思議と熱気は感じられなかった。
迂回してのち、バティルたちはトカラの領内を半日進んできた。そこかしこに関所や兵営が設置されていた。小高い丘には砦が築いてある。街道筋を固めるのは戦時であるから当然なのだが、これは補給路を確保するためなのだろう。兵たちは急ぎ麦や牧を集めて運んでいた。バティルたちも取り調べは受けたが食糧を運ぶ隊商は歓迎された。
バティルらと同じように民も、城へ避難する者また城を出て他国へ逃れる者様々であった。彼らのどちらが過酷な運命を背負うことになるのか、バティルにも知りようがなかった。だが幸いなことにトカラの兵は去る者を追うことはなかった。
東門をくぐる直前、北方の彼方に炬火の連なりの動くのを見た。あれはおそらくユエジの騎兵であろう。
兵を引いたと思われたユエジは、正面を遠く迂回しトカラの町を包囲せんとしていた。