少女ニルファル
そのときドアをノックする音が響いた。
「来客かな」
「旦那。是非お会いしたいという方がいらしております」
「名は?」
「ニルファル・アロリキティ―二と申される方です。魔術師と申されています」
「女か」
「はて、聖者さまに会いに来たのじゃろうか」
「あのじいさんならお呼ばれで行っちまったぞ」
「はい、そう申し上げたのですが、ではバティル様にお会いしたいと…」
ともかく部屋に通すことにした。
入ってきたのは一人の少女であった。
顔を見てまず驚いたのは、それはいつか夢で見た少女であったからだった。
―不思議なこともあるものだ。
「初めてお目にかかります!千里眼のニルファル・アロリキティ―二と申します」
「バティル・アーシスです。もしやと思いますが、どこかでお会いしたことはありませんでしたか」
「…あいにくですが私には覚えがございません。何か思い当たることでもあるのですか?」
「お構いなく。夢の中でのことですので」
「あ、はい。そうなんですか」
冷めた目でバティルを眺める。
どうやら相手は口説き文句とでも受けっとったようだった。
横からクムシュが身を乗り出す。
「千里眼ってことはあれかい?あんたがこの町の……」
「はい。この町には千里眼の使い手は数名いますが私もその一人です」
〈千里眼〉とは聖者の到来を感じ取る巫女である。名刹寺院は最低一人の千里眼を囲っている。だがその名の通り単純に千里を見通す者のことではなく、例えば占星術を用いて未来を占ったり、土地の変化を感じ取って儀式を行ったりもする者のことである。
聴けば少女は今どこの寺院に所属していないという。もともとこの町の僧院に拾われた孤児で、教育を受けたのち魔術の才能を開花させた。今は完全個人経営の魔術師といったところらしい。
「それはまた天才だな」
「買いかぶりですよ。でも…理論的なことなら一通りは」
ニルファルの口もとがニヤリと笑ったように感じた。この分野にはかなりの自信があるのだろう。
それはともかくバティルには思うところがあった。それは少女が夢の中の少女と瓜二つであることだ。しかし姿かたちはともかく性格はまるで違う。そしてあの気品がまるで感じられない。歳は十五六といったところか。夢の中の少女より僅かに幼い気もする。
その意味で二人は対極だった。やはり二人は別人。別人ではあるが、目には見えない縁を感じた。
なら期待したっていいだろう。
「ん?私の顔に何かついていますか?」
「いや、何も。それでご用件は? 私どもに会いに来たということは我々の一隊に加わりたいということでしょうか」
「はい。そうなんです! 実は……昨晩夢の中であなたたちの到来が観えたのです」
(ああ。やはりそうなのか)
それがバティルの正直に思うところである。だがそこは表情を固めて対応する。
「夢と現実は違いますよ」
「それはごもっともです。でも私はマギです。当然聖者の到来も察知しますし、進むべき道もお告げがあるんです!」
彼女の言うことはなんとなく分かる。だがそんな奇天烈な理由で隊商に加える訳にもいかない。バティルは少し意固地になった。運命なんてもので決めてしまうのは人生への侮辱と感じた。
「夢とかお告げとかじゃなく君自身の思うところを聞かせて欲しい」
「そ、そうですね。あの、私運がいいんです!」
「だからそんなのは…」
「なんでだと思います?私、好きなことにはとことん夢中になっちゃうからです。それで気が付いたら…何とかなちゃってるんですね!」
「嬢ちゃん面白いこと言うね」
クムシュが相槌を打つ。
「どうです。私、旅には必需品でしょ⁉」
「俺は賛成~!」
クムシュはバティルを見て笑う。
「また適当なことを」
「そら怒った。でもよ、実力は申し分ないんだろ? なあ嬢ちゃん」
「もちろんです!」
「いや、そんなことどうでもいいんだ。大体連れて行って何させるんだ。食い扶持増やしたって意味ないぞ」
「そんなこと⁉ まだ私の実力をお疑いのようですね。良いでしょう。ここで披露してあげます!」
「まるで話を聴いちゃいない! 誰かこの馬鹿を止めろ」
「気にするこたあないぞ。そら、そら、嬢ちゃん。やっちまいな!」
「ああクリチュ! ああもう馬鹿ばっかか」
「声援感謝! 感謝です!! では皆の衆、とくと御覧じあれ。この魔法は私の若かりし頃僧院の院長様が私の実力を見抜いて授けて下さった秘伝の技! 本来ならば金を受けて然るべきところですが、まあそんなにお願いさせたら仕方ありません」
「「いいぞ~!」」
「誰も頼んでない! っていうかお前歳いくつだよ!」
「静粛に! 儀式はすでに始まっています。これ以上騒いで魔界の生贄にされちゃっても私は責任取りませんからね」
「なんなんだ、その超理論は! お前…。う、あ、何をする!離せ!」
「さあ嬢ちゃん。もう君を止める人間はどこにもいない。さっさとやっちまおうぜ!」
「はい! 勝負は今ここで決めます!」
「何の勝…」
クムチュとクリチュは声を揃えて叫んだ。
「「そら行っけええええええええええええええ‼」」
「だから叫んじゃ駄目って…。あら」
――フツッ、
という音が聞こえたのかどうかは分からない。だがその時ニルファルの杖には炎が灯っていた。
「うわ! 来ました! 来ました! どうしましょ! どうしましょ! うわああああああああああああああ ‼」
「「ぐおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああ‼」」
突如彼女の杖の先から雷光が閃いたのだった。
「まったく、テメエが一番叫んでんじゃねえか」
床に突っ伏し、バティルは動けないでいた。焼けるような痛みが全身を覆い、あちこちからプスプス音がする。そんな気がする。
バティルはニルファルの口から手を離した。
「くう…」
頭もくらくらする。
起き上がった少女の方は自分が起こした惨劇に唖然としていた。
「あの……やりすぎてしまいました。ご、ごめんなさい」
「合格だ!」
「え!?」
バティルはフラフラと立ち上がる。
「それがテメエの商売道具なんだろ。合格だ。隊商の旅は危険も多い。とても少女一人を連れていけるもんじゃない。だがお前なら大丈夫。食い扶持だって稼げるさ」
そういって、ポンッと肩を叩く。
「そんな。私何も考えず派手に攻撃してしまって…」
「ああ。だからしばらく使用禁止だけどな。隊長の命令には従うこと。まったくお前は運がいい」
「は、はい! ありがとうございます」
二人は握手を交わした。
「なんだ?」
「え、えっとですね。私役目がらこのバクトリアのあちこちへ巡礼に出るんですけど、すごく楽しいなって思うんです。言葉や習慣がみんな違って色んな国の人たちが行き交うんです。そんなの見ると世界ってすごく、すごく面白いです。違うことって素敵です。だから私色んなところに旅したいんです!」
「そうか…。違うことはいいもんだよな。まったく、早く言えよこのバカ!」
「ぐえっ!」
バティルはニルファルの尖がり帽の上からワシャワシャと頭を撫でた。
「さあ派手に叫んでた馬鹿ども。いつまで寝ているんだ。さっさと立ち上がってこの新しい仲間に挨拶だ」
しかし二人は動けないままでいた。一人は突っ伏し、一人は静かに涙を流していた。