雨の降る国(2)
そのとき舞台中央の父が呼びかけた。
「え~みなさま方。本日は雨ですが、この好き日にバッターラ師を迎えられて光栄です。師ははるか東の雪山コウロンで十数年修行された後、雲隠す峻嶮なる高原メリーヴの町へ参られました。本日は雨とはいえ陽の光も遮られず、大地の滴は宝石の光を帯びて輝いております。天の神々も祝福されていることでしょう。そしてまたもうひと方。敬愛する客人にお出で頂いております。メリーヴ国王子ダスト殿下でございます」
会場は歓声に沸いた。
「まさかあれも叔父上が?」
叔父は無言でうなずいた。
「まったく。一族にとって光栄なことです」
商人が王族を招待などとは、まずできることではない。だがそこは小王国である。努力次第でなんとかなる。
壇上の父も誇らしげである。
「メリーヴの町と我らアーシス一族に祝福が与えられんことを!」
「「祝福が与えられんことを!」」
一同は声を同じうして杯を掲げた。それと共に楽団が笛太鼓とともに飛び出す。アーシスの一族がこうして平和に戯れているのをみれば、バティルもこの町に帰ってきて嬉しい。遠く舞台中央を見れば聖者はニコニコしながらあたりを見回している。
「…バティルよ。先ほどの話の続きだ。近日、あの壇上の聖人を西のトカラまでお送りしてもらいたい。これは王宮の意向も兼ねておる」
「…承りました」
メリーヴは山深くにある正体不明の国である。このあたりは高山が連なり小王国群が山河を隔てて存在していた。国と国は細い山道、または桟道でつながっており、かつてはそのか細い道を通ってメリーヴには行き交う人も多かった。だが不思議なことにメリーヴの土地は特定されない。このあたりという目安しかなく偏在しているとも謂える。しだいに人足も絶え周辺国からも半ば伝説に近い国となってしまった。
そうした中でアーシス家のような運送を担うような商家は重宝される。定住の民であったアーシス家も今や馬を扱い交易で富を築いていた。それでも他国を訪れて形の古い通行許可証を示せば、
「メリーヴねえ。なんとまだ消えてなかったのか」
と驚かれる始末である。
それでも土地の妙を知りたるアーシス家ならではの生業であった。
仕事柄このような頼み事はたまにある。しかし王国の賓客を連れてゆくには荷が重い。それでもこの町に頼れるような者は他にいなかった。やはりアーシス一族がやらなくてはならない。
バティルはこの仕事を受けた。