雨の降る国(1)
細かい雨が木の葉を絶え間なく濡らす。木の葉はゆらゆらと揺れるのだが、やがて大きな滴を溜めてフツと地面に落ちた。バティルは雨音に一々心を止めはしないのだが、その大粒のこぼれる音は妙に印象に残った。
目的を持たない自然のリズムはそれだけで光を放っている。耳を澄ませば心は天翔ける。バティルが心を示したことで滴はどこか存在が限られてしまったかもしれない。その曲面に世界を映し、心を得たかと思いきや滴は弾け不知の彼方へ去ってゆく。
庭の側溝は雨水を集め、堀に注ぐと縦横に交錯しながら町をめぐる。低地を求めて平面に延び城の外へ至るのだ。メリーヴの町は湖水に張り出した城壁の内にある。
滴は死なずただ寂しく時を並べる。そのリズムを心は追ってそして見失い、滴は世界を巡り、湖水は巨大なスメール山を写し出すのだ。
メリーヴの町はスメール山を背に受け、なだらかな階段状にできている。山に近い北側のマルクの森には、雪解け水が流れ込み、森には静かなせせらぎがこだましていた。音は散じて霧の如く、細かい雨が肌を濡らす。そんな森の小径をバティルは歩いていた。
つい最近、旅の七人の聖者が町へ来た。聖山からの来訪者は、王宮にまで招待され町中から歓迎されている。今日は町一番の長者アーシスが聖者を招待し、一族郎党こうしてマルクの森の大屋根に集うたのである。
「やあ、バティル」
叔父が名を呼んだ。すぐに座席と食事が用意されてくる。
当主である父は舞台の上で司会を行っていた。女たちもきらびやかな衣装に身を包み本当に楽しそうだ。聖者は独り中央の大きな白椅子に小さく腰かけている。後方からは子供たちの騒がしい声がした。
「お兄様!」
振り向けば、ひと際大きな声は従妹のナナイだった。
「今日はまた一段とオメカシしたようだな」
「うふふ。きれい?」
そういいながらナナイはクルクル回る。
幼いながらもその動きは洗練されていた。
「もちろんだ。そうネーウの町の土産があるんだ。ラピスラズリの石はナナイによく似合うだろう」
「あら、ナナイにばかりずるいわ。私には何かないのバティル」
妹の肩に手を乗せ、横から顔を出したのは姉のアールマティ。妹に劣らず美しい。いや、その年頃の美しさという点で妹以上に人を魅了していた。
「もちろん君の分も用意してあるよ」
言葉は自然と出ていた。
バティルの最近の傾向は石集めであった。石といってもそこは商売人であるから宝石の類ということになる。
その宝石を備えたネックレスをかけると二人は大層喜んだ。アールマティは笑顔が良く似合う。
果たして石はいつから命を得たのだろうか。
細かい欠片でも悠久の時間を閉じ込めている。そんな石を商品として扱うのだから因果なものと感じられた。商品とは人の手を渡り歩いて価値がでる。人に知られず地層の奥に隠されたままでは価値がでない。そして人から人へ町から町へと売り歩く自分をも、何者であるのかと考えずにはいられなかった。
「とってもきれいだ。さあ、お母さまが呼んでいるぞ」
「ええ」
「あとでまた遊んでね~」
ナナイたちの姿を見送ると、傍らの叔父が話しかけてくる。
「ウーネの町か。あそこは好い町だ」
「一年の半分はお祭りしている町ですからね。男はみんな酔っぱらっていますよ」
「商売の方は?」
「叔父上の方こそ如何なのです。最近王宮に出入りしていると聞きましたよ」
「儂の事はいい。それよりお前のことを聞かせろ」
「今度ウーネで仲間を二人ほど得ました。口は悪いが面白い男たちです。ということで今度、馬を十五頭持っていきますよ」
「なんだ。また遠出か。まあいい。そう、実は連れて行ってほしい御仁がいるんだ」