7 夜魔の領域(3)
エナジードレイン。
それは、サキュバスの持つ権能の一つ。
夜を供にした相手から精力を奪い取るスキルだ。
性的絶頂を迎えた者から迸る、生命の奔流。
子宮、経口、或いは、肌から。
自らにぶちまけられた欲望のたけを、余すところなく吸収する外法の業。
とはいえ最初の頃はただの効率のいいエネルギー源として摂取していたのだが。
何人もの男に抱かれ、遺伝子情報、つまり魂の情報を大量に含んだ精力を吸収し続けているうちにサキュバスはあることに気付いた。
いつのまにか、習得した覚えのないスキルを使えるようになっていたのだ。
火を操る。風を起こす。土を耕す。水を従える。
黒魔法。白魔法。呪法。召喚術。支援魔法。
索敵術。隠密術。剣術。歩法。体術。
淫靡な夢を見せ、ときに実体を持って男から精を搾り取る房中の術しか持たなかったはずのサキュバスは、
自らも知らぬ間にありとあらゆるスキルを掠め取っていた。
魂の情報を吸収し続けた淫魔の魂もまた、それに合わせて大きく変容を遂げていたのだ。
自らの魔核
子宮に存在する、魔を魔たらしめる結晶が疼く。
幾人もの男の精を、魂を浴び続けたリリスの魔核は、変質していく。
歪に、醜く、魅力的に、美しく、蠱惑的に。
精力を喰らい続けるほどに使えるスキルは増え、それに呼応するかのように魔核は輝きを増し、保有する魔力量も凄まじい勢いで増加していった。
矮小な夢魔に過ぎなかったリリスはいつしか、夜を統べる女王になっていた。
「……とまあ、そんなこんなでエナジードレインの隠された能力に気付いた私は、それからありとあらゆる男と夜を過ごした。只人に限らず森人、鉱人、小人族なんかの亜人や巨人族、小鬼族、大鬼族。オークは巨体のうえにとんでもない絶倫で数も多くてな?奴らの里に拉致されて輪姦されたときは流石に気が狂うかと思ったものだ。あとは獣人族、魚人族……変わり種だと堕天使なんて奴も居たか。ふふ、あの小僧は威勢のわりにアチラはとんでもない早漏でな。ちょっと絞めてやっただけで情けなく漏ら」
「あの……経験人数の話はそのくらいで。」
マシンガンのように思い出話もとい猥談を繰り出す幼女という倫理的にギリギリな光景が暫く続いたが、流石に話が脱線しすぎている気がしたので軌道修正のために話の腰を折る。
「む?そうか……まあ兎に角、あらゆる男から精力を絞り続けた結果、私は自分でも把握しきれない数のスキルを得ることになった。だが流石に数千個もスキルを持っていると頭の中が混乱してな。今どれが必要で、どれが必要のない物か。系統別に分類して保管しておけないか。色々と試してみたが、結局はこの形が一番落ち着いたというわけだ。」
パチン、と。
リリスが指を鳴らした瞬間、辺りの景色が塗り替わった。
そこは図書館のような巨大な空間。
視界を埋め尽くす何百個もの本棚に、これでもかとギッシリ分厚い本が詰め込まれている。
そして本棚の谷の中央にポツンと、見覚えのない女性が立っていた。
スラリと細い身体を異国風だが正装とわかるカッチリしたスーツに収め、
いかにもキャリアウーマンといった出で立ちだが、その顔はおっとりと柔和な笑みを湛えている。
図書館の司書といえばピッタリ当てはまるような女性だった。
「これがスキルを使う際の私の脳内風景。ここにある本の一冊一冊が、男から搾り取ったスキルや呪文の結晶だ。必要なときに、必要なものを取り出して使用する。そしてその管理を担っているのがそこの女。情報統合系スキル≪図書館≫だ。」
『はじめまして、ユーリ。私は≪図書館≫。お望みの本をご用意いたします。どのスキルを使用しますか?』
「喋った!」
感情の起伏がない淡々とした声だが、その女性は確かに自らを≪図書館≫と称し、自己紹介をしてきた。
「こいつも人から貰い受けたスキルでな。その男は人間の王都で王立大図書館の司書をしていたんだが、情報処理能力が図抜けて高かったものだから試しにつまみ食……ゲフンゲフン。一夜の愛を語り合ってみたら、頭の中にこの女を飼っていたというわけさ。まあ、あの堅物が生み出したにしては趣味のいい外見をしていたから、あまり弄らずに使わせてもらっている。」
そう言いながらリリスは≪図書館≫に手をかざした。
「一つ試してみようか。『検索』『火を起こす』『威力は極小』」
そう呟いた瞬間に≪図書館≫の目が赤く光り、膨大な本棚の中から一冊の本が飛んで来た。
『検索結果を表示します。該当スキルを発動。≪インフラマエ≫』
蝋燭の先ほどの小さな火が、中空に浮かんですぐに消えた。
これが今発動した呪文の効能らしい。
「とまあ、こんな具合だ。今回は発動手順を全行程見せたが、大概は省略できる。私の思考に合わせて、こいつが使いたいスキルを自動検索してくれたりな。お前がスキルを使えば使うほど、この≪図書館≫はお前の癖や傾向を記憶して、お前に合わせて成長するはずだ。」
「わたしに合わせて……って、わたしも使えるの!?」
リリスが色んなスキルを使えることはわかった。
だけどそれはあくまでリリスの能力のはずだ。
自分にまでそれが受け継がれているなんて考えもしていなかったが、そんなユーリの様子をみて、リリスは苦笑して続ける。
「お前なあ……魂の融合というのはそんなに生半可なことじゃないんだぞ?お前と私の魂は既に混ざり合って、溶け合っている。この≪図書館≫どころか、私が今まで集めた8579冊の蔵書は、残らずお前に受け継がれているさ。まあ、消費魔力の関係でまだ使えないものも多いがな。」
「そう……だったんだ。」
「そんなことも知らずに契約を請けたのか……って、説明した気になっていた私も悪いな。すまなかった。」
リリスが申し訳なさそうに頭を下げる。
「そんな、謝らないでよ!悪いことじゃないんだしさ。」
実際問題、そんなに便利そうなスキルがたくさん使えるというのなら、これからの人生も大いに楽になることだろう。こちらから礼をすることはあっても謝られるようなことはないはずだ。
「いやあ、実はな。あるんだよ。デメリット。」
「えっ」
「現実のお前は、今はまだ幼い身だから魔力量も微々たるものだ。だが、身体が成長するにつれてどんどん魔力も増えていく。それはお前の扱える許容量を超えると、外に漏れ始めるだろう。そうなれば大騒ぎどころでは済まない。人間どころか、そこらへんに居る魔物や魔族でさえ、正気を失ってお前に群がってくることになるだろうな。」
「えええええええええ!?」
軽くトラウマになってる記憶がよみがえってくる。
前世の自分が死んだときの、あの事件。
魔力が漏れるだけで、あれよりも酷いことが起こるなんて……。
「あんな怖い思いはもう二度とごめんなんだけど……。」
独りでに震え出した膝を抱えて、思わず蹲る。
リリスはそんなユーリの姿を笑いもせずに、頭をなでながら言う。
「そうならないために、私とこの≪図書館≫が居るのだ。これから先、この夢の世界。私が唯一お前に干渉できる夜魔の領域で、お前には魔力の扱い方を学んでもらう。扱いきれない魔力が漏れ出るのなら、すべてを完璧に扱えるようになればいい。そのために毎晩、私と≪図書館≫でお前を鍛えてやる。」
腕を組み、仁王立ちしてリリスがそんなことを言う。
まだあきらめるには早いらしい。
サキュバスの女王の魔力はきっと膨大で、扱いきるにはものすごい労力と精神力が掛かるのだろう。
けれど、やってみせる。
生まれ変わったこの世界で、わたしは女の子として幸せに生きるんだ。
そんな決意を込めて、これから師となる二人に改めて向き合う。
「よろしくお願いします。師匠。」
そう言うと、片方は柔和に微笑み、もう片方が何故か嗜虐的な笑みを浮かべた。
「任されよう。ただし、私の教えは厳しいからな?」
スパルタなリリスと、優しいけど感情の起伏が見えない≪図書館≫。
二人の師を得て、夜の世界で鍛錬に励む。
ユーリ・ストックホルムの夜の時間は、そのようにして過ぎていった




