6 夜魔の領域(2)
「これからのこと……?」
現状に於ける不安要素がほぼ解消したところで、リリスはそんな話を切り出した。
「そうだ。サキュバスとして生まれ変わったからには、避けては通れない問題が出てくる。私たちのような存在が生きていくためには、ある栄養素が必要不可欠になるんだ。」
「それってもしかして……」
大方の予想はつく。ファンタジーではよくある話だろう。
「そう。精力だ。女からも絞れるが、お前の性別から考えても男の精液が一番望ましいだろうな。」
「……ちなみに、摂取を怠ると?」
「正気では居られない。月に一度来る排卵日は特に厳しくてな。一度禁欲を試したときは半日で意識が飛んで、目が覚めたら子飼いにしていた男たち全員が干からびて死ぬ寸前まで搾り取っていたらしい。若気の至りだな。」
遠い目をして昔話をするリリスは、なんだか大人びて見えた。幼女の姿だけれど。
「じゃあわたしも、定期的に男の……それを摂取しないといけないの?まだ3歳児なんだけど。」
「ああ、そこは心配ない。お前の身体はまだサキュバスとしても未成熟なんだ。そうだな……18になる頃には最初の排卵が来る。その瞬間に、サキュバスは成体として完成する。それまでは大丈夫だ。牧場に生まれたのも運がよかったな。」
「と、言うと?」
「牛乳さ。これを飲めば、未成熟でも関係なく襲われる性衝動を緩和できる。ここではほぼ毎日のように摂取できるから、取り敢えず暴走の心配はないというわけさ。」
牛乳。
そういえば、言い伝えで聞き及んだことはある。
本来サキュバスは男の夢枕に立って、精液を盗んでいく妖魔だと。だが、枕元にミルクを置いておくとそれを精液と勘違いして持ち去るのだとか。
幾らなんでも間抜けすぎないかと思ったが、サキュバスにとっては牛乳でも問題はなかったらしい。
確かに、牧場の娘として生まれたのは運が良かったのかもしれない。
「じゃあ、取り敢えず成人するまでは牛乳で凌ぎながら、交際相手の男性を探す……ってことでいいのかな?」
「ん?その言い分だと一人しか相手しないつもりか?完成された状態のお前なら、ハーレムの一つや二つ、作ることも容易いぞ?本当に一人の男なんかで満足できるのか?」
口では意外そうに言いながら、面白げに微笑みながらリリスが問いかけてくる。
だけど、少なくとも今のところは、ハーレムだなんて大それたことをするつもりはない。
「それでいいよ。わたしの身体はサキュバスかもしれないけど、心はまだ人間のままだから。きっと、たくさんの人を囲っても同じ愛情を注ぐことなんてできないから。だから、取り敢えず大事な人が一人居ればいい。せっかく女の子になったんだから、まずは普通に一人の女の子として幸せになってみたいの。」
リリスはそこまで聞くと、我慢できないといった様子で笑い始めた。
「あっははははは!なんて欲のないことを言うんだお前は!!サキュバスの女王と魂を交わらせ、世界中の男をさえ虜にできる美貌を手に入れて、そうまでしてやっと念願の女になれたお前が望むのが、そんな村娘のような平凡な幸福か?」
「ダメかな?」
「だから気に入った。」
一転して真面目な表情になったリリスは、好奇心に満ちたような顔でそう言った。
「お前のことはずっと見ていたと言ったろう?私は、お前のそういう精神性にも惹かれたのさ。いつだって際限なく美しさを求める一方で、心のうちにある欲望はそんなちっぽけなものだった。だからこそ、と思ったんだ。お前ならば、種族ごと滅ぼされるなんて愚かな末路を遂げた私とは、違う結末を迎えられるんじゃないかとな。それがどういうものになるかはまだわからないが、だからこそ見てみたいと思った。」
リリスはまた遠い目で、そんなことをつらつらと語る。
「種族ごと……それって」
「悪いがこの話はまた今度にしよう。少し感傷的になりすぎた。」
前々から自分のことはあまり話したがらないリリスだけど、その悲しそうな表情を見ればこれ以上追及しようという気も起きなかった。
「まあ、サキュバスの体質について重要なのはそんなところだ。……そして、ここからが本題になる。」
「まだこれ以上に重要なことが……?」
ごくりと喉を鳴らすと、ロリリスがこれ以上ないドヤ顔で話し始める。
「ああ。重要も重要。むしろこれこそがサキュバスの本領と言ってもいい。私がまだ存命だった頃に、エナジードレインで奪い続けた男たちの精力の話だ。」




