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転性夜魔と疾風の英雄  作者: マツキ ヒビノ
1章:幼少期編
5/37

5 夜魔の領域(1)

初めて夢を見たのは、3歳ぐらいの頃だった。

赤ん坊になってからこっち、ずっとふわふわして掴み所のなかった自意識が、ようやく形を取り戻したその日の晩であった。

曖昧だった記憶が脳に定着したその日、わたしは夢を見た。


人間は眠りの浅いレム睡眠時に記憶の整理をしていて、その影響で夢を見るというが。

夜魔、或いは夢魔とよばれるサキュバスのそれは、少しばかり毛色が違うらしかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


『おい、起きろユーリ。私が呼んでいるんだぞ。ユーリ。ユーリ・ストックホルム。我が愛しき眷属にして、無二の友よ。いい加減目を覚まさないか。』


……夢の中で目を覚ますという非常に奇妙な体験をした。

転生前にも見た覚えのある、あの真っ暗闇の空間。

声の方に目をやると、ふくれっ面の……リリスに似た幼女が、わたしの頬を突っついている。

暫くそのままツンツンされるがままにしていると、反応がないのを快く思わなかったのか、何処からか油性マジックのような黒い棒を取り出した。そのまま先端を顔に……


「……おはようございます。」

状況が掴めないけれど、取り敢えず良からぬことをされそうだったので、牽制の意味も込めて挨拶をしよう。意識的にはそんなに経っていない気がするけれど、リリス?の顔を見るのは随分と久しぶりな気がする。

「おわぁ!!!!!!びっくりしたぁ……いきなり動き出すなよ。」

声を掛けたらあからさまに動揺して、マジックを放り投げた。やはり顔に落書きでもしようという魂胆だったらしい。


「というか、目が覚めたのか!?本当に……?お前、ユーリだよな?頭痛かったりしないか?記憶はちゃんとあるか?私のこと……覚えてるか?」

慌てたような様子で、後半の方は何故か泣きそうな声で、質問攻めが繰り出される。

「えっと……覚えてるといえば覚えてると思うんだけれど、なんだか最近までの記憶がふわふわしてて……。貴女は、リリスだよね……?なんか縮んだ(・・・)?」

取り敢えず自分の意識はハッキリしている。だが、記憶の中のリリスは間違いなく大人の女性だったはずだ。それがこんな変わり果てた幼女の姿で目の前に居るとは、どういうことだろうか?


「…………どうやら、ちゃんと記憶はあるようだな。3年も(・・・)目覚めないから心配したが、ようやく一安心か。あと、この姿は、アレだ。転生の際にお前を守る術式に、予想以上に魔力を持っていかれてな。まあ所謂省エネモードといったところか。再び魔力を蓄えれば元の姿には戻れるから、心配は無用だ。」


照れながらそんなことを言うが、どうやらわたしを無事に転生させるために相当無理を効かせたみたいだ。省エネというが、あの頃に感じていた圧倒的なオーラのような物も、今では嘘のように微弱になっている。きっと、元の姿を維持できないほど消耗したんだろう。本人はそんなこと、意地でも認めないだろうけれど。


(それにしても、3年か……。)

どうやら自意識を確立させるまでの間、リリスはこの夢の中の世界でずっと待ってくれていたらしい。顔に落書きされそうになったけど、まあそんな些細な悪戯は見なかったことにしよう。

「そっか…ありがとうね。守ってくれて。あと……待たせてごめんね。」

「いやなに、待つのは慣れている。それに今の私たちは一心同体だからな。お前が消えてしまっては、私もどうなるかわからん。」

そっけないけれど、暖かい応えが返ってくる。

今は、このくらいでいい。いずれ、必ず恩を返そう。密かにそんな決意を固めた。


「ところで、色々と聞きたい事があるんだけど時間は大丈夫かな?」

「ああ、問題ない。人間は数十分しか夢を見ないが、夢の世界の時間の進みは現実よりずっと緩やかだからな。」


許可を得たところで、まず転生してからずっと気になっていた疑問をぶつけてみる。

「今の私は……サキュバスなんだよね?でも両親は普通の人間みたいだけど……。」


「心配しなくてもお前は今間違いなく、100%純粋なサキュバスだよ。そしてお前の言う通り、両親は人間だ。だが、人間の親から魔族が産まれるのは実際あり得ないことではないんだ。かなりのレアケースではあるがな。古の時代に人間と交わった魔族の血が、何かの拍子で色濃く現れる事がある。確か『先祖がえり』とか言われていたかな。今回はお前の魂に私という因子が混ざった事で、ある種能動的にサキュバスへの『先祖がえり』を起こしたというわけさ。まあ、見た目はまだ人間そのものだから、お前の両親は気付いていないがな。少なくとも、今はまだ打ち明けるべきではないだろう。」


「それもそうか……自分たちの子供が人間じゃないなんて、いきなり言われたらそりゃショックだよね……。あ、あともう一つ。」

「なんだ?」

「もしかして、わたしが転生してユーリ・ストックホルムになった拍子に、本来生まれてくるはずだった人間の子が弾き出されたりはしてない?」


これもずっと気になっていたことだ。異世界転生なんて夢のある話だとは思うが、そのために一人の関係ない人間を犠牲にしてまでやりたいとは思わない。


そんな心情を知ってか知らずか、柔らかく微笑んだリリスが答える。

「安心しろ。そもそもこの世界のユーリという器は、本来お前の魂が収まる予定だったものだ。先に言った通りまっさらに漂白されたあとで、だがな。私はそれを防いで、ついでにお前の魂に私という因子を混ぜ込んだに過ぎないんだ。だから、お前の代わりに犠牲になった者など存在しない。」

「そっかぁ……よかった。」


懸念していたことが粗方解決して、肩の荷が下りた気分だ。



「さて、ここまでの話は概ね理解できたな?それじゃあ今度は、これからの(・・・・・)ことを話そうか。」


短くて長い夢の中の夜は、もう少しだけ続くようだ

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