34 王都へ
威圧飛び交う殺伐とした空気は去り、むしろ和やかな雰囲気のあったはずのギルド応接室に、再び緊張した空気が満ちる。
「「ごくり」」
ライナとユーリが二人同時に唾を飲み込む音が、やけに大きく響いたような気がした。
「王都に……ですか。」
「そうよ。世界迷宮王都――世界樹の膝元、ミドガルジェ大陸の――いいえ、世界の中心。飛び級での異例の昇格は唯一、あそこにある冒険者ギルド中央本部でのみ認められているわ。」
「「っ………。」」
また、二人揃って息を飲んだ。
銀等級への昇格試験という願ってもいないチャンスを得たが、同時にそれは、慣れ親しんだこの辺境の地を離れるということになる。
いつかはそんな日が来るだろうと、漠然と考えていた。
王都へ行き、一端の冒険者として華々しく活躍する……そんな未来図を描くことも、無かったとは言えない。
だけど、それはもっとずっと後の話だと思っていた。
一歩ずつ着実に前進して、一人前といえるような身になってからの話だと思っていたのだ。
それが、今日?
とてもではないが、心の準備が出来ているとは言い難かった。
その頼りなさは、地上からいきなり高みへ放り投げられたときの浮遊感に、どこか似ている。
そんな心情を知ってか知らずか、エミリーは優しく微笑んでいた。
「戸惑うのも無理はないわ、王都行きだなんて、まだ考えもしていなかったでしょうから。」
けれど、とエミリーは紅茶を一口飲んでから続ける。
「悠長にしてる時間があるわけでもないのよ。試験を受けられる期間は、実績を成してから1ヶ月の間だけ――つまり、今日から1ヶ月以内には王都のギルドへ辿り着いていないといけないの。ここは辺境ギルドの辛い所ね。」
「1ヶ月って……結構厳しいですね。」
ライナが思わずそう言葉を零す。
「そうねぇ……ユヅリハ村から王都まで行こうと思うと、上手いこと乗り継ぎの馬車が見つかったとしても14日。まあ、そんなに上手くはいかないとして、足止めの時間を考えると20日……何かしらトラブルがあったらもう5,6日はかかるかもしれないわ。」
この辺境の地では当然、整備されていない街道もある。悪路を行くのは当然ながら時間がかかるというものだ。更には魔物の襲撃や山賊との遭遇等々……長旅にトラブルは付きものである。
5,6日というのも”最悪の事態にならなければ”という楽観的な憶測の含まれた数字だ。
となると、もうこの村に居られる猶予は2,3日しかないということになる。本当に急な話である。
「とはいえ、まだ2,3日あると考えることも出来るわ。今のうちにできるだけ旅支度を整えておいて頂戴。この村から出るために足については、ギルドの方でなんとか用意しておきます。」
大方、商人馬車の護衛依頼を斡旋してくれるつもりなのだろう。
職権乱用と言われてしまうかもしれないが、今はそんなことも言っていられない。
「それから、明日にはアレの査定も全部済む筈だから、またギルドまで来て頂戴。ミレッダにこの部屋まで案内させるように言っておくから。」
「わかりました。」
コカトリスの死体については、素材は全てギルドの買い取りということで話がついた。
嘴や爪は言うに及ばず、無傷で残った毒袋、更には羽根の一枚にまで利用価値があるのだという。
危険度の高い魔物なだけあって、解体の手数料を天引きしてもかなりの金額になるそうだ。
王都までの旅費は、図らずともこれで賄えることになるだろう。
「よし!それじゃあ、今日のところはこんなものかしらね。武器屋や雑貨屋も今はもう店じまいしてる頃だろうから、買い出しの類も明日ね。それじゃあ……」
「はい、また明日!」
外を見ると、すっかり日は落ちて辺りには酒場の喧騒が響き始めていた。
依頼でトラブルがあって時間を食い、ギルドでも結構長居してしまったから、そろそろ急いで帰らないといけないだろう。
挨拶もそこそこに、ユーリたちは急いで帰路につくのだった。
※※※※
若干慌ただしく去っていく二人に手を振って見送り、静寂に満ちた応接室でエミリーは一人、ため息を吐き出した。
そして自分のデスクまで歩いていき、引き出しから一枚の書簡を取り出して、感慨深げにそれを眺める。
普通の便箋ではなく、ギルドマスター等、一部の人間しか開封することのできない機密保護の魔法が掛けられた特殊な封がしてあった。
「私だって侮っていたつもりはないけれど、まさか初日からこんなことになるなんてね。貴方の言う通りに慌てて書類を用意しておいて正解だったわ。」
差出人は、アリスフィール。
ユーリが15歳になるこの時期を覚えていて、こうして秘密裏に手紙を送ってきたのだ。
『彼女と……あと、パートナーのライナ君は、きっと僕のように飛び級の昇格試験を受けることになるから、そのときのために準備をしておいてほしい。』と。
アリスフィールがこの村を訪れたのは、もう7年も前のことだ。それからはまだ1度も立ち寄ったこともない。当時はまだヒラの受付嬢だったエミリーも、彼のことはよく覚えているものの、それがどうしてユーリのことをそんなに気にかけているのかはわからなかった。
ただ、あの伝説の覇鋼級冒険者が、わざわざこの特殊な便箋を使って報せてくれたのだ。
イタズラや冗談の類であるということも考えづらかった。
――結果は、先程の通りだ。
彼らは魔獣コカトリスを二人で狩るという偉業を成し遂げ、昇格試験の受験資格を手にした。
つまり、本当にアリスの言ったとおりになったわけだ。
「勇者アリスフィール……そんな男に目をかけられるあの二人……一体何が起ころうとしてるのかしら、ね。」
たかだか辺境の小さなギルドの長には、計り知れないことも数多くある。
アリスのことや――多分、ユーリとライナのことだって、自分の手には余る案件なのであろう。
「私には無事を祈ることぐらいしか出来ないけど、どうかあの子達の先行きに、幸の多からんことを……」
街の喧騒を静かに見守る大きな満月を見上げて、エミリーはそう独り言ちた。
短めのお話が続きますが、繋ぎの部分なのでご容赦を




