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転性夜魔と疾風の英雄  作者: マツキ ヒビノ
2章:新人冒険者編
31/37

29 それは他愛もない、だけどきっとかけがえのない

 カン、カン、カン、カン


 金槌が硬い木の板を叩く音が一定のリズムで早朝の牧場に響く。

 外周をぐるりと覆う広大な柵を、男は一つ一つ丁寧に点検して回っていた。

 ぐらつきやガタがないか、獣や魔物(モンスター)の足跡はないか。

 一つも見逃すまいと、その男は目を光らせる。


 ……とはいえ、モンスターの襲撃など近頃は滅多にない。

 数年前までは未開拓だった土地もあらかた拓かれ、街をぐるりと外壁が覆い、門には24時間体制で衛兵が詰めている。

 余程のことがなければ、魔物や獣の類はここまで侵入出来ないのである。


 だが、なにも脅威は魔物だけではない。

 食うに困って作物や家畜を荒らそうとするならず者は極たまにだがやって来るし、何らかの手段を講じて魔物が侵入してくるケースも無いわけではない。


 結局、用心はしておくに越したことはないのだ。


「はあ、ようやく暖かくなってきたな。」

 都合1時間ほどかけてぐるりと外周を確認し終わったゴルドーは、眠気を訴える身体を思い切り伸ばした。

 夜明け前の気温で強張っていた筋肉が解れ、心地よい疲労感が全身を満たす。


 作業の終わりを待っていたかのように、太陽が山々の間から顔を出し、辺りが一気に明るくなり始める。


 朝が、やってきた。

 別にいつもと何ら変わりない、普通の朝。

 だけど、今日に限っては、ストックホルム家にとって一つの契機となる朝だった。



 今日この日、ユーリは成人(15さい)になったのだ。


 ※※※


「おーい、起きろー。朝飯だぞー。」

 ガチャリと無遠慮にドアを開けながら、ゴルドーがその物体(・・)に向けて声をかけた。

 ベッドの上に鎮座する、大きな団子のような物体。

 人ふたり分の質量を擁するそれは、声を掛けられるとモゾモゾと蠢いた。


「ん〜〜あと五分……。」

「ちょっと、離して。離して。」


 這い出るようにしてユーリがベッドから脱出すると、その腰にガッチリと抱きついた人物がベシャリと床に落ちた。

 暖かい安住の地から冷たい床に追放されて「げぶぁ!」と蛙の潰れたような声を上げる少女。


 何を隠そう、彼女こそはユーリの妹――ユウナ・ストックホルムである。

 床に強打した額をさすりながら、ユウナが起き上がる。


 彼女もまた相当に可愛いらしい部類の顔立ちをしているが、ユーリとは似ておらず(というか、ユーリの方が家族の誰とも似ていないのだが)母親のリリィ譲りの金髪に鳶色の瞳をたたえている。


 物心ついたときから姉によって甘やかされて育ったお陰で筋金入りのシスコンと化してしまった彼女は、最早気が付けばユーリの布団へ潜り込んでユーリを抱き枕のようにして眠る毎日。

 はじめの頃はまだ可愛くも感じていた筈だったが、流石にこう常態化してくると可愛さよりも暑苦しさや鬱陶しさを感じずにはいられない。


「うぅ、非道(ひど)いです。何も床に叩きつけなくたって。お姉ちゃんはユウナが嫌いになっちゃったんですか?よよよ……あいたっ!?」


「はいはい、わかったからまずは私の許可なくベッドに潜り込むのをやめてね。」

「そんなぁ。」

 わざとらしく泣き真似をする妹の額にデコピンをくれてやりながら、ユーリは手際よく着替えを開始する。

 取りつく島もないと見るや、ユウナもしぶしぶと後に続くのだった。


「うんうん、相変わらずうちの娘たちは天使のようだ。」

 一部始終を腕組みしながら眺めていたゴルドーは、なぜか感慨深そうに頷いた。


 そして、娘たちを呼びに行くように頼んだのにいつまで経っても戻ってこない夫にリリィが鉄拳をお見舞いするまでが、概ね平常運転なストックホルム家の日常であった。


 ※※※


「夜にはライナ君も来られるんだっけ?」

「うん。丁度仕事もひと段落するからって、手紙に書いてあった。」

「ふふ、それじゃあとびきりのご馳走を用意しなきゃね!あなたの誕生日祝いでもあるんだから。」

「あはは、楽しみにしとくよ。」


 食器を洗いながら、そんな話をする。

 歳が一つ離れているライナは今から半年前、一足先に15歳の誕生日を迎え、翌日には登録手続きを経て晴れて正式な冒険者となった。


 ――基本的に犯罪者でもない限り来るものは拒まない冒険者ギルドだが、その登録には『成人年齢に達した者のみ』という鉄の掟がある。

 依頼内容によっては命を落とすことも日常茶飯事な為、『自分の命に責任を取れる年齢』という意味でこの制度が作られた。

 まあ、種族によって成長速度はまちまちなのだが、人間の場合は15歳というわけだ。


 ライナは「半年ぐらいなら待つよ。」と言ってはくれたものの、自分の都合で彼のことを邪魔するわけにはいかないので丁重にお断りした。

 それから今までの間、彼は基本的には単独ソロ、または徒党パーティを組む時も短期の傭兵のような形で同業者たちと関わって来た。

 最初のうちは『コウモリ』などと揶揄されることがあったが、わずか2か月で冒険者階位(ランク)を3つ上げるなどして頭角を現したあたりからは各方面から引っ張りだこな様子だった。


 おかげでここ1か月ほどはこの町へ帰ってくることも出来ず、ユーリの誕生日にあわせてなんとか仕事を調整して戻ってくる、と。

 2週間ほど前に届いた手紙にはそんなことが書かれていた。


 ――そんなライナに遅れること、半年。

 ユーリもようやく、冒険者に登録できるようになった。

 今すぐにでも冒険者ギルドの戸を叩きたい気持ちはあるが、「まずは誕生日を祝ってから。」という両親(+ユウナ)の意見に従う形で翌日に回す事になったのだった。


 ※※※※


「はい、それじゃあ明日の納品はこの数で。」

「ああ頼むよ。これが今日の分の代金と、こいつはオマケだ。」


 夕飯の支度はリリィとユウナに任せる事になってしまったが、牧場の仕事は家事だけでは勿論ない。

 ということでユーリが、贔屓にしてもらっている料理屋の店主に食材を配達し、次回の仕入れを打ち合わせていると、銀貨と銅貨の入った麻袋と一緒に焼き菓子のたくさん入ったバスケットを手渡された。


 焼きたてと思しきマフィンやマドレーヌの甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「いい匂い……って、これは?」

「今日、誕生日なんだろ?おじさんにもお祝いさせてくれ。」

「覚えててくれたんだ。ありがとうアルカスさんっ!」

「よせやい。当然のことだ。……あー、あと、な。」


 談笑で緩んでいた顔を少し真剣な表情に変えて、アルカスが話を続ける。

「聞いたぜ。冒険者になるんだってな?じゃあ牧場の仕事はもうこれで最後なのか?」

「あー、うん。一応そのつもりなの。暫くはこの街が拠点になるから、家から出て行くわけじゃないし、ちょっとぐらいは手伝えると思うんだけどね。」

「なにも冒険者なんて危ない稼業をやらなくたって、ユーリちゃんならこの街でだって不自由なく生きていけるだろう?それでも、やりたいのか?」


 言い辛そうに頬をかきながらそんなことを聞いてくる。

 深い付き合いではないが、それなりに長い関係だ。彼が心からユーリのことを心配してくれているのは伝わってくる。

 でも、だからといって決意が揺らぐことはない。


「ずっと前から決めてたんです。安全な街でただ帰りを待つだけじゃなくて……ずっと、あの人の隣に立って歩いていたいって。」

 少し俯いて答えるユーリの顔には、固い意思が込められていた。

 その様子を見て、アルカスは満足そうに頷いた。

「やれやれ、わかっちゃいたがお前さんもやっぱりあの馬鹿(ゴルドー)の子だな。一回こう(・・)と決めたら絶対に譲らない。それにしても、あの坊主がユーリちゃんにそこまで言わせるとはなぁ。勿体ねえぐらいだ。」

「色んな人にそう言われました。一番しつこかったのは父さんでしたけど。」

「はっはっは!気持ちは分からんでもねぇな!!」


 それから少し世間話をして、アルカスの店を後にした。

 食材の配達はまだ何件かある。あまり長居は出来ないのだ。




「よっ……と。まいったなあ、これ。下手したら行きの時より荷物多くないかな?」

 配達の仕事を全て済ませた頃には既に夕方。

 行く先々で店主の男性や女将さんたちから、オマケだの誕生日祝いだのと言ってお土産を渡されてしまった。


 全てを何とか荷車に積み込むことは出来たものの、一人で家まで運んで帰るのは少々骨だ。

「仕方ない。ちょっとズル(・・)しよう。」

 急がないと夕飯の用意を終えてユーリの帰りを待っているであろうリリィやユウナたちに申し訳ない。


 そう自分に言い訳をして、ユーリは体内の魔力(マナ)を巡らせる。

 魔力を込めた両腕で荷車の持ち手を握りながら、そっと呟いた。

「《重力反転(ベクトル・リヴァーサル)》」

 込めた力は、指定したありとあらゆる『力の向き』を捻じ曲げる術式。

 そこまで大きな力を曲げることはできないが、例えばこの"荷車にかかる重力"程度であれば、出力的には全く問題なく反転させられる。

 重量がほぼゼロになり、羽のように軽くなった荷車をユーリはゆっくりと動かし始めた。



「重そうだね、僕が持とうか?」

 と。

 ふいに背後から声を掛けられた。

 瞬間、振り返ったユーリの表情には花が咲いていた。


「ライナ!おかえりなさいっ!」


 ライナ・エドワード。

 15歳というまだ若干あどけなさが残る顔立ちに、細身だが鍛え上げられた肉体を纏う青年。

 腰に履いた剣は、鞘に納められたままだというのに凄まじい切れ味を悠々と語りかけてくる。手入れが行き届いている証拠だ。

 戦い方だけでなく冒険者としての心構えや武器の整備までを余すところなくゴルドーから教わり、最後には皆伝のお墨付きを受けたライナは、破竹の勢いで階位(ランク)を上げている出世頭でもある。


 そして何より、8年前のあの日からずっと変わらない、愛しき人。


「ただいま、ユーリ。なんとか間に合って良かったよ。いま帰りかい?」

「うん、いつもの配達に来てたんだけど、行く先々でお土産貰っちゃって。」

「あはは、ユーリは人気者だからね……おや?」

 談笑しながら荷車の持ち手を代わろうとして、ライナはそれが異常に軽いことに気付いた。


「ああ、一人で持って帰るつもりだったからちょっと軽くしてあるの。あんまり遅くなっちゃうといけないしね。」

「たしかに、この量だとユーリ一人じゃちょっと厳しいね。」

 荷車には、所狭しと様々な菓子やら料理やらが並べられている。

 食料の納品を行った店舗以外からも、いろんな人から声をかけられて祝いだとか言ってお土産を持たされた。


「僕が持つから、もう魔法は切ってくれても大丈夫だよ。魔力だって使うだろう?」

「うん、じゃあお言葉に甘えて。」

(ホントは24時間連続で使っても問題にすらならない程度の消費なんだけどね。)

 《重力反転》を切ると、荷車に再びズシンと重量が戻ってくるのを感じる。

 が、ライナは先程までと全く変わらない様子で荷車を引き続けている。


「…ふふっ。」

「何さ?」

「いや〜、頼もしいなって思ってさ。それだけ。」

「そうかい?」


 他愛もない会話をしながら、会えなかった1ヶ月の空白を少しずつ埋めていく。

 それはとても幸せな時間だ。

 きっと隣で歩いているこの人も、同じことを考えているに違いない。


 根拠は全くないのにそんな妙な自信を持っている自分が可笑しくて、ユーリは一人でに頬を緩ませるのだった。



 ※


 家に帰り着いてから、ユーリの抱えてきた大量のお土産をどうしようか軽いパニックになったり、結局近所の人たちやライナの両親たちまで巻き込んで小さなお祭りのような騒ぎに発展したりと、この日はユーリが生まれてから一番騒がしい誕生日になってしまったのだった。


 そしてーー

次回よりいよいよ冒険者編開始です。8年の時を経てユーリやライナがどれくらい成長したのかを描いていけたらなと思います。お楽しみに!

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