断章 銀のナイフと頑固な職人
「お邪魔しまーす……。」
「親父ぃ~居るか~?」
あの事件――悪魔公爵の襲来と勇者との邂逅から、1か月ほどが過ぎた。
この日ゴルドーはユーリを連れて、2つ隣の街へ来ていた。
街道が整備され流通の多いこの街は自然と人口も増え、ストックホルム牧場のある村よりも随分と発展して賑わっていた。
――ゴルドーが街を飛び出したころにはまだ無かった――数年前に新設された冒険者ギルドの支部も、朝から晩までひっきりなしに冒険者や依頼人が行き来している。
そう、この街にはゴルドーの実家があった。
彼らが今日ここを訪れたのは、鍛冶師であるゴルドーの父、つまりユーリの祖父――ダグラス・メールトンに用があったからだ。
二人が鍛冶屋【メールトン鍛冶店】に入ってその人物を呼ぶと、奥の工房からのっしのっしと歩いてくる人影があった。
半分ほど白が混ざった頭髪を後ろで束ね、剣を打つために細められた目は眉間に深い皺を刻んでいるその風貌は、長い年月を思わせる風格を漂わせている。
だが、齢は50を超えているというのに槌を握るその腕は太く逞しい。ゴルドーの筋骨隆々さが父譲りだとよくわかる。
「おう、やっと来おったかバカ息子。全く、いつもいつも繁盛期にいきなり押しかけてきおってからにお前は……。」
「ンだよ……自分が打った剣以外を使うと滅茶苦茶怒るくせに。」
「当然じゃろうがい!お前みたいな雑な使い方する阿呆に人様の打ったお上品な剣なぞ持たせたら、すぐになまくらになっちまう……剣ってのはそこいらの棒っ切れとは話が違うってことを近頃の若者はわかっとらん。冒険者なぞ、とんだ剣泣かせの商売よ。それで……っ!?そっちの娘は、まさか……。」
「えっと……初めまして、ユーリです。その……おじいちゃん。」
心臓が止まったかと思った。
その瞬間に世界から音が消え、色が消え、目の前の少女のみが鮮明に視界に映し出される。
「ぬおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!!!!!!!ユーリちゃんじゃないかああああああああああああああああああああ!!!!!!!大きくなったのうううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ひっ!?」
家どころか街全体が揺れたんじゃないかと思う程の大音声で、ダグラスは孫への愛を叫んだ。
身体的接触をしてこないところにまだ理性を感じるが、このリアクションはゴルドーがかつてユーリにべったりだった頃にそっくりだ。
「うるっせえええええええ!!!!会って早々に孫娘を怯えさせるな!!!!!!!」
「おお、すまんすまん……前に会ったときはまだ赤ん坊だったのが、こんなに美人さんになって……本当に……うっ……」
今度は感極まったのか泣きだしてしまった。
「話が進まねえ……これだからユーリを会わせたくなかったんだ。」
「お前がそう言って5年も6年もほったらかしにするから余計にやきもきするんじゃろうが!もちっと頻繁に孫の顔を見せに来んかっ!!全く……見してみぃ。」
「……。」
背負った荷袋から、ゴルドーは一本の剣を取り出した。
正確には、折れた剣――1か月前に悪魔公爵ベリアルとの戦いで真っ二つに折られてしまった、ゴルドーの愛剣だ。
「――!……ったく、何てもんを斬ろうとしたのやら。おぬし、よく生きてたのう。」
「昔っから悪運だけは強くてな。どうだ?直りそうか?」
「馬鹿を言うない!ここまで綺麗に折れちまったら、いっぺん溶かしてインゴットに戻さにゃ話にならん。てことで、1から打ち直しじゃわい。」
「だよなあ……。あ、そうだ親父。新しい剣はもう少し丈夫に作ってくれるか?」
「儂の打った剣が脆かったという気か?全くこれだから……刃先と芯に、今作っとる新しい配合の金属を使えば、もうちとマシになる。試作段階じゃから重くなるが、総ミスリルより切れ味と頑丈さは数段上がるじゃろう。」
「ああ、ちょうどもう少し重いのが欲しいと思ってたとこだ。それでやってくれ。」
「……なんじゃお前さん、冒険者を辞めてからのほうがキツイ仕事やっとるんじゃないのか?いい加減落ち着かんとストックホルムさんとこの娘さんに申し訳が立たんのじゃが。」
「俺だって好き好んでやってるわけじゃねえよ。厄介ごとが俺の事を大好きらしいだけって話だ。」
「難儀じゃのう……。」
父と息子……一瞬仲が悪いのかと思ったが、武器の話になると途端に歯車が噛み合ったように話がはずんでいる。
「ところで、何で今日はユーリちゃんを連れてきたんじゃ?この剣のことだけだったらお前だけで充分じゃろうに。」
「ああ、そうだった……。俺の剣だけじゃない、この子に合う武器を見繕ってやってくれないか?」
そう聞くと、ピタリと動きを止めたダグラスがこれまで以上に真剣な声色で尋ねる。
「……この娘は牧場の跡取りにする、と以前聞いた筈じゃがのう?」
「色々と事情があってな……この子には特別強い力があって、俺たちはそれでも普通に暮らしていいとは言ったんだが……冒険者になる、と……自分の意志でそう言ったんだ。」
「……そうなのか?」
ギロリと、今度は鋭い目線がユーリの方に飛ぶ。
「はい。」
「危険じゃぞ?この馬鹿だって今はこうしてヘラヘラしとるが、命を落とし掛けたのは数えるには指が足りんぐらいじゃ。」
「わかっています。……充分すぎるほどに、身をもって体感しましたから。」
「……それでもか?」
「それでもです。」
祖父の眼を真っすぐに見て、微笑みながら真摯に向き合う。
正直、冒険者になって何がしたいとかそういう目標があるわけではない。
だけど、ライナと――あの幼馴染の愛しい少年と、誰よりも近くで寄り添っていたい……隣で肩を並べて、彼と同じ景色を見たい。
一度そう空想してしまったら、もうユーリの中でそれは心の小さくない部分を占める”夢”になってしまった。
「……まったく、頑固なとこはこの馬鹿譲りか。要らんとこを受け継ぎよって……待っとれ。いま測量器を持ってくる。」
「おいおい、一から打つつもりか?」
「当然じゃわい!可愛い孫に初めて持たせる武器に既製品を渡すジジィが居てたまるか!」
そう怒鳴ると一旦奥へ引っ込んでしまったダグラスは、すぐさまガチャガチャと機材を持って戻って来た。
それで腕の長さや手のサイズを細かく測った後、またガチャガチャと奥へ引っ込んでいった。
「おーい親父!どんぐらいで出来る!?」
「お前の剣は後回しじゃ!ひと月ほどしたらまた取りに来い!!この娘の分は明日には出来上がるから、今日は泊まっていけ!!!」
奥の工房から顔も出さずに、怒鳴り声で返事するダグラス。
喋る時間も惜しいといった様子で、炉に火を入れる。
そのまま揺れる炎をみつめて、黙りこくってしまった。こうなった彼には弟子たちでさえ話し掛けることも許されない。
「あーあ……完全に職人モードに入ってる。こりゃ徹夜する気だな。もう若くねえんだから無理しなきゃいいのに。」
「あらあら、騒がしいと思ったら珍しく、むさくるしい店に可愛い娘が来てるじゃない。いらっしゃい。」
「お袋……。」
「あの……はじめまして!私、ユーリです。以前に会った時は、まだ赤ん坊だったみたいで……。」
「まあまあ、ユーリちゃん!おおきくなったわねえ!!この馬鹿息子ったら、こんなになるまで孫娘の顔を見せてくれないんだもの。もういっそのこと私たちがそっちに行っちゃおうから?」
「いや!!!!!それだけはやめてくれ!!!!!!!!!」
喧噪と、槌が金属を打つ音が一定のリズムで響き渡る。
こうして、久しぶりに再会した親子の夜は騒々しく更けていった。
※※※※
そして翌朝。
目の下に深いクマを拵えたダグラスは、ユーリに一本の短剣を差し出した。
「抜いてみい。」
手に馴染んだその剣は、少し力を入れるとその透き通るような刀身を露わにした。
ユーリの髪と同じ色をした、銀色のナイフ。
不純物が極限まで取り除かれた純粋な聖銀で作られた刀身は、美しい外見とは裏腹に恐ろしい切れ味を持つ。
「……綺麗。」
思わずそう溢すと、ダグラスは満足げに頷いてからひと眠りするとだけ言って母屋のほうへ歩いて行った。
――ダグラスは意図していなかっただろうが聖銀の特長は何よりその魔力への親和性にある。
一本のナイフがその真価を発揮するのは、もう少し後になるのだった。




