28 エピローグ:一方そのころ
「急げ!もっと急がぬかっ!!!」
御者を急かし、積み荷を満載した荷車を引く馬に何度も鞭を入れさせ、先を急ぐ老人の姿があった。
その老爺は真っ白い髭を地面につくほどまで伸ばし、顔はまるで木彫りの彫像のように皺枯れてミイラのような有様である。
生きているのが不思議な程の老体ではあるが、その目だけは異様なほど爛々と光を放っていた。
「おのれ勇者め……!一体どのようにして……。」
老爺が思いをはせるのは、近日に起きた一連の出来事だ。
これまで何十年もの歳月を掛けて準備してきた、悪魔公爵の降臨。
小さな事件――人間の尺度で言えば決して小さいとは言えないが――による陽動を積み重ねて勇者をその地から遠ざけ、確実に間に合わない距離を稼いだ。
ダメ押しで竜の巣にちょっかいを出して怒らせ、近隣の村を襲わせた。これに対処するにもかなりの時間と労力がかかるはずだ。
そしてついに決行の日がやってきた。数えきれないほどの啓蒙な信者たちを生け贄にささげて造り上げた触媒を使い、更に側近の部下を使い捨てて召喚を命じた。
案の定彼はすぐに殺されてしまったが、それも計算の内だ。
自尊心の強い悪魔を人間が呼び出せば、その後に起こる悲劇は筆舌に尽くしがたいものとなる。
その悪魔公爵はすぐさま近くの人間の街へ手を伸ばし、やがては国一つすら滅ぼして、世界の均衡を乱してくれるだろう……。
そうすれば、勇者でさえ容易に手出しできなくなる。
盤面がひっくり返る。
「だというのにっっっ!!!!!!!!!!!」
周到に用意していた計画は、あっさりと無に帰した。
悪魔公爵の反応が途絶えたのだ。つまり、どういう仕掛けを使ったのか知らないが。
勇者は間に合ったのだ。
ドラゴンの群れを片付け、馬を何匹潰しても間に合わない距離を飛び越えて、奴らはやってきた。
そしてあっさり、まだ軍勢も城塞も用意していない単騎の悪魔公爵は刈り取られた。
「このままでは……このままでは終わらぬぞ……っ!!!!」
屈辱に身を震わせながら、老爺は自分が乗る馬車の積み荷を見遣った。
長年の研究成果はまだ此処にある。また別のアジトを1から作って潜伏すれば、同じことを繰り返せる……
「そうは問屋が卸さねえんだよな。」
バガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!
突然、馬車が道をふさぐように現れた大男に激突して 馬車の方がひっくり返った。
「ぬあああああああああにいいいいいいい!?!?」
勢いよく空中へ投げ出された老爺はそのまま受け身も取れずにベシャリと地面に叩きつけられた。
「あ、やっべ……死んだかこれ?」
「ぐ……ぐふっ!?い、一体なにが…………!?」
「ああよかった……元気そうじゃねえか、探したぜ爺さんよぉ。」
「き、きさ……貴様は!?」
その大男には見覚えがあった。鈍く輝く聖銀の全身鎧に身を包み、巨大な盾と戦鎚を携えた偉丈夫……。
「バルザック・フォン・メイルシュトルム……!何故ここに……!?いや、それよりも……。」
「はい正解です。貴方は完全に包囲されています。結界も張りましたのでもう逃げられませんよ。」
「詰めが甘かったね。もうちょっと早く行動してたら、間に合わないとこだった。」
バルザックだけではない。《深緑の魔女》リィルに、《冷たい手の聖女》イゾルデ……そして、《勇者》アリスフィール。
覇鋼級冒険者の一党が全員揃って、その老爺を取り囲んでいた。
「何故じゃ……儂の感知には貴様らの気配など引っかからなかった……!それがどうしてこんな!?」
「アホウ。お前如きの探知魔法なんてたかがしれとるわ。リィル様を舐めんなよ、ガキが。」
「お前だってエルフの中で言ったらまだまだガキな部類じゃねえか。」
「うっさい燃やすぞ唐変木。」
「…………おのれ、おのれおのれおのれええええええええ!!!」
口喧嘩しているように見えて、こいつらの意識は欠片も油断なくこちらへ向けられている。
逃げる素振りを見せたり攻撃呪文を唱え始めたりした瞬間、即座に対応できるように……。
こいつらに捕捉されてしまった以上、最早この老爺にできることは慟哭し、己の人生を賭した計画の失敗を嘆くことだけだった。
「何故だ!?なぜ貴様等は間に合った!?絶対に!絶対に不可能な距離だった筈だ!!それこそ、空を飛びでもしない限り…………あっ。」
「ようやく気付いたか、間抜けめ。そうさ、俺たちはお前の一味がけしかけた飛竜の背に乗って一直線に……文字通り飛んで来たのさ。まあ、あまり快適な旅とはいかなかったけどよ。」
「飼いならしたというのか……?馬鹿なっ!ドラゴンなど所詮は傲慢で、自尊心だけは高い愚かな蜥蜴に過ぎぬはずだ!!!!」
そう叫び散らす老爺をしかし、リィルは心からの嘲笑を以て答える。
「ほらな?そういうところが浅いっちゅうねん、このタコめ。」
「なっ!?」
「竜族は本来、極めて理知的で聡明な種族です。その顎や炎を恐れず、彼らの本質と向き合った者だけに、彼らは心を開く……かつてアリスさんが教えてくれたことです。」
「いやあ、ボクも殺さないように加減してたら勝手に向こうが降参してくれただけなんだけどさ?」
「いい話っぽくまとめてんだから最後まで保たせようぜ大将……。」
「馬鹿な……では、儂のしたことは……!」
「最後の最後で要らんことしたなあ?アンタらは妨害したつもりで、その実ウチらに足を用意してくれた。そのおかげで、間一髪で間に合ったわ。取り返しのつかんことになる前にな。」
(まあ実際、ちょっと間に合ってへんたけどな。)
ユーリというイレギュラーが居なければ少しばかり厄介な事態になっていただろうが、それはそれだ。
「ふ……ふははは……はははははははは!!!!!!!!!そうか……最後の最後で……儂は、自らの半生を……自らの判断で棒に振ったというわけか……。」
そう言って、老爺は最後の糸が切れたかのように力なくうな垂れてしまった。
「さて、観念して御用になったところで、お前にはいくつか聞きたいことがある。」
「ふは……夢破れた老人にこれ以上鞭を打つか……まあよい。どうせ先の短い命じゃ……付き合ってやろう。」
最早これまでと全てをあきらめてしまった様子の老爺は、どこか愉快そうに承諾した。
そして……
「てめえの背後に居やがる黒幕は、なんだ?お前には明確に目的があった。悪魔公爵の召喚は単なる足掛かりに過ぎなかったはずだ。重要なのはその後……お前は何を呼ぼうとしていた?」
バルザックのそんな詰問を受けた老爺は一瞬だけ目を見開き、そして口元を歪めながら答えた。
「そこまで調べているのなら、もう大方予想はついているのだろう?儂がこの世界に呼び寄せ、世界を捧げようとした、盤外のか……か………かかかかみみみかみかみみみみみみみみみ」
突如、老爺の様子に異変が起きた。
何かを口走ろうとした途端、まるで捻じれるように舌が独りでに動き、それ以上の言葉を紡ぐことを妨害するように。
そしてその捻じれは口全体を……そして顔……やがては首へと広がって行き…………。
「嗚呼……そういうことだったのですね……すべては、おんみの、こころ、の、ままに……い、いあ……い、あ゛…………」
ゴキリ
捻じくれた首が180度回り、老爺は絶命した。
「口封じか……。全く陰湿なもんだぜ。」
「盤外の神々……なんや、辛気臭い話になってきたなぁ。」
この世界に、何かが起ころうとしている。
何者かの手は、着実に世界の中心……世界樹へと伸び続けている。
仕事を終えた爽快感はとてもじゃないが存在せず、ただ不気味な重苦しい空気が、勇者たち一行を包み込んでいた。
※※※※※※※※
――――勇者一行を見送ってから、少し後。
ストックホルム牧場では一家全員(+ライナを交えて)で家族会議が行われた。
議題はもちろん、ユーリの将来について。
意外にも、彼女が冒険者になるということに最も反対したのはライナであった。
その彼も結局は「自分がユーリを守る」と折れてしまったが。
冒険したいという気持ちは誰かによって止められるものじゃない……このことはライナ自身がよく知っていたから。
……まあ、ユーリに関しては「ライナの側で一緒に居たい」という聞きようによっては不純な動機なのだが。
兎に角、家族による反対も殆どなく、彼女は将来の職業を冒険者と定めた。
それからは相変わらず家の手伝いをしたり、ゴルドーとライナの修行に混ざって体術を学んだり、夜魔の領域でやっていた魔術の練習も、リリスが表に出られるようになってからは現実世界でもやらされたりと、慌ただしくも穏やかに時間は過ぎて行った。
――――――そして、7年後。
ユーリは今日で15歳になった。




