21 煌めく魂は盾となりて
殺し合いのために極限まで集中していた二人は、その乱入者に反応するのが少しだけ遅れた。
困惑するユーリの脇をすり抜け、ゴルドーとライナの二人が同時に斬りかかる。
ユーリが何故剣らしきものを携えているのか、目の前の悪魔は何故こんなにもぼろぼろなのか。
疑問を出せば尽きないが、そんなことは些末事だと瞬時に判断し、二人は悪魔の肩口に斬撃を見舞った。
「「おおおおおおおお!!!!!」」
左右から同時に、全身全霊を以って振り下ろされた剣は、かくして――――――
悪魔公爵の肉体に、ひどく浅い裂傷を刻むに留まった。
……ライナの剣の腕は既にそこいらの大人を軽く上回り、ゴルドーに至っては言わずもがな。
しかも彼の剣は魔法の力こそ掛かっていないが、聖銀を鍛えた業物だ。
辺境では名の知れた腕の良い鍛治師……つまるところ彼の父親が太鼓判を押す程の、会心の一振り。
それは最早"魔剣"の領域に一歩踏み込むレベルの代物だ。
そんな武器による斬撃をまともに受けて、この程度……?
手元に残るのは、まるで鉄の塊を叩いたかのような鈍い痺れのみ。
絶望的な戦力差を通り越し、ひどく現実感のない光景を、ゴルドーは暫し信じられないように眺めていた。
それは戦う者にとって、致命的な隙である。
「何者だ……?人間の分際で、私にかすり傷を負わせるとは……まあよい。死ね。」
悪魔公爵が、羽虫でも掃うように無造作に腕を振るった。
さりとて、人間が受ければ致命傷は免れない一撃。
(駄目!!!!!!)
『させませんよ。』
身体の支配権を明け渡し、最早口すら動かせないユーリの叫びを、しかし《図書館》は正確に汲み取り、ノータイムで動いた。
ゴルドーへ向かう黒い腕の軌道を遮るように、黄金色の剣閃が疾る。
「ぐっ……!?」
間一髪。
残ったもう一本の腕を斬り落とされるギリギリのところで、悪魔公爵はその剣を回避してみせた。
そう。
ユーリの持つ剣と切り結ぶのを避けて、回避を選択したのだ。
その判断が正しかったことを証明するように《図書館》が口元を苦く歪ませ、悪魔公爵は嫌な予感を確信に変えた。
つまり、あの剣は触れるだけで自分の命を脅かす代物だと。
(やはり、この娘は危険だ。)
なんとしてでも、この場で始末せねばならない。
この少女の正体が何であれ、まだ子供の姿をしているということは、ここから更に成長する余地があるということ。
今でさえ危うく何もできずに消滅するところだったのだ。
こんなものがこれ以上成長しようものなら、今度こそ何もできずに殺される……どころではない。
我ら《傲慢》を冠する悪魔たちが敬愛してやまない、あのお方。
悪魔という概念すらあの方から始まった、原初の悪魔。
あのお方の首級にすら、もしかしたら手が届くかもしれない。
「許さぬぞ……断じて許さぬ。」
ならば、この場で摘みとる以外にない。
この少女の芽が成長する前に。
根を張り、大樹へと変じたその枝が、あのお方を貫く毒の鏃となる前に。
目的を明確に定めると、混乱していた思考が次第に澄みきっていく。
その冷静になった頭で、悪魔公爵は一つの疑問に行き当たる。
なぜ、こいつはこの男を庇ったのか?
あの剣の一振りが無ければ、我が魔爪はこの男をバターのように引き裂いたことだろう。
だが、この少女はそうして男の命を救ったのだ。
見殺しにしていれば、私に直接刃を打ち込む隙すらあったかもしれないのに。
……。
「試してみる価値はある。」
そう呟くと、悪魔公爵は左腕に集中させていた魔力を一旦解放し、新たな術式を練り始めた。
少女単体と斬り合いを演じるための"剣"としての形から、より広範囲を巻き込む放出型の魔法へ。
この化け物に放ったところで大したダメージは期待出来ないはずだが、只の人間であるはずの乱入者2人を消し飛ばすには充分すぎる火力の、範囲殲滅型魔法。
悪魔公爵の生まれ持った素質が、本来の長い詠唱の必要な術式を驚異的な速度で編み上げていく。
その手に生み出された炎は黒く、あまりの高熱に周囲の光すら歪ませて妖しく揺らめいている。
「……っ!」
そのことに気付いたときには、最早2人を抱えて逃げるという選択肢は失われていた。
いまユーリと《図書館》にとれる行動は、自分1人を守るか……
(……そう、ですね。ユーリ、貴方はそういうお方です。どうかご無事で……。)
《図書館》が2人を庇うような位置どりで前に立った。
「≪ヘル・ファイア≫」
「《遍く守護れ、城塞よ》」
悪魔公爵の手から、深淵を切り取ったような黒い炎が迸る。
そして《図書館》は、手に持っていた剣をゆっくりと、地面に突き立てた。
直後、聖剣を構成していた魔力が解け、変貌し、巨大な白銀色の十字盾を形造った。
盾は輝きを放ちながら、自らの姿を変貌させる。
攻撃を防ぐというよりは、その攻撃ごと悪魔公爵を封じ込める、檻のような形状へと……。
この盾こそは、彼の騎士王が持っていた聖剣に並び立つもう一つのスキル。
民草を、そして自らの兵たちを”守る”ことに特化したこの盾はあらゆる形状に変化でき、一たび最大出力で展開すればまさに城塞そのものと化す。
街を吹き飛ばす程の恐るべき邪竜の火息や、ときに一つの軍隊をも壊滅させる大魔術すら防いぐことができるこの聖盾は、彼の騎士王を聖剣と並びたてて最強と言わしめた所以の一つだ。
聖剣と同質の魔力で編まれ白銀に輝く盾は黒い炎を、そしてその炎が持つ熱量の侵入を一切防いで、尚も傷一つなくそこに佇んでいた。
「ぬぅ、頑丈な結界だな……。範囲魔法では傷一つつかぬか……いや、それよりも。」
やはり、庇った。
自分一人の身を守るだけなら、先ほど使った反射の術でも使えば事足りたはずだ。
それだというのに、こんな大仰なものを展開してまで、後ろに居る人間の男たちを庇ったのだ。
恐らく限界が近かったというのに、攻撃のためのリソースを注ぎ込んでまで。
その証拠に、見ろ。
最早、奴は限界だ。
ガクリ、と。
荒い息を吐き出しながらユーリが膝をついた。
魔力切れによる酩酊感と疲労による頭痛が、ガンガンと彼女の頭を叩いている。
その意識内には、最早先ほどまでいた≪図書館≫の姿もない。
≪図書館≫を展開し続けるだけの魔力リソースも、彼女自身が独断で全て聖盾の展開に注ぎ込んだせいだ。
そのおかげで最大出力で展開された聖盾は、今は健在。生半可な攻撃ではビクともしないだろう。
だが、逆に言えば、破られてしまえばその後に抵抗する術は、最早ない。
そして目の前のこの悪魔には、すぐには無理でもきっとこれを破壊するだけの力は残っている。
「ふたりとも、逃げ……て……。この盾が破られる前に……出来るだけ、遠くへ……!」
小さな頭を容赦なく殴りつける頭痛に耐えながら、ユーリは後ろに佇む2人に嘆願した。
悪魔公爵の相手はただの人間には最早務まるものではない。
ゴルドーとライナ、2人の強さはよく知っている。ずっと2人の修行する姿を見てきたのだ。
だからこそ、こいつと戦わせてはいけない。
こんな怪物を相手にできる者など、それこそ"勇者"か……
自分のような、同じ怪物同士でなければ務まらないだろう。
(魔力の切れた私じゃ、どれだけ時間を稼げるか分からないけど……)
もしかしたら二人とも逃げ切れるかも知れない。
もしかしたら、相討ちぐらいには持っていけるかも知れない。
もしかしたら……自分一人の命を差し出せば、この悪魔は満足するかも知れない。
「…………ライナ。」
自分たちがこの広間に飛び出してきた際の状況。
そして、今までの一連の流れ。
どういう訳があって彼女にこんな力があるのかは知らないが、どうやらユーリが作り出したらしい、「盾」と呼ばれている檻のような構造物。
悪魔はその檻の中に閉じ込められていて、簡単には出てこれないようだ。
だがユーリの焦ったような様子から、これがずっと長く保つものではないということも想像に難くない。
「わかってるな?」
「っ……はい。どうか無事で!」
ならば、当初から決めていたことをやるしかない。
自分はその為に此処まで来たのだ。
覚悟を決め、手に持った剣を改めて構え直す。
……だいたい、愛娘に守られておずおずと逃げるようでは、父親失格だ。
自分の実力では何十……いや何秒稼げるか分からないが、あの子より後に死ぬようなことは断じてしない。
そんな悲壮な師の背中を見て、ライナは直ぐに動いた。
最早立っていることも出来ない程に消耗した様子のユーリを抱え上げる。
あんな凄まじい術を行使していたとは思えないほど、その身体は羽根のように軽かった。
「ちょっと、ライナ!?どういう……」
「ごめん、ちょっとだけ我慢しててね。」
そう呟くと、全速力で駆け出した。
戦う為に残していた余力を全て脚に回して、全力でこの場から離脱する。
気づいた頃にはもう広間の出口まで到達して、満足気な父の背中だけが見え、それもどんどん小さくなっていき、間もなく見えなくなった。
※※※※
「お前、あの女とはどういう関係だ。何故こうも軽々に命を捨てる?」
数分が経過した頃だろうか。
檻の中の悪魔が、唐突に話しかけてきた。
その腕には、先程見たのより何倍も黒く、暗いオーラ。
恐らくこの檻を破る準備が整ったのだ。
最後の問答とばかりに問いかけてきた悪魔に、そんなのは愚問だと笑いながら、ゴルドーが答える。
「バーカ。娘のために命張らねぇ親父が居るかよ。」
「娘?本気で言っているのか?アレはどう見ても人ではない。お前たち只人とは根本的に造りが違う、正真正銘の化け物だ。悪魔公爵たる私が一度消されかけたのが、いい証拠だ。」
「…………。」
「私はこの邪魔臭い結界を破壊した後、真っ先にあの化け物を殺しに行く。だが、それを邪魔しないというのならお前のことは見逃してやってもいい。」
「ああ?」
「人間など本来は取るに足らない存在だ。あの化け物に比べれば余計にな。それに、言うに事欠いて、あれを娘だと?ククク……笑わせる。大方あの化け物に洗脳でもされて、まんまと親だと思い込ませて育てさせられていたと言ったところか?全く不幸な人間よな。その不幸さに免じて、貴様のことは見逃してやろうではないか。」
そこまで聞いて、男は爆発した。
「五月蝿ぇ!!!!!!!!!!!!」
「…………あん?」
「ごちゃごちゃと何を言い出すのかと思えば、人ん家の娘をアレだとか化け物だとか、滅茶苦茶言いやがって!」
「事実を言ったまでだ。」
「関係ねぇんだよ。」
「何?」
「関係ねぇ!人間かどうかなんて、ンな小っせぇことはどうでもいいんだよ!あの子は誰が何と言おうが俺の娘だ!生まれる瞬間にだって立ち会った!ずっとウチで育ってきた!俺のことを『父さん』と呼んでくれた!!……まあ本当はパパって言われたいんだが……兎に角!!!ユーリはユーリだ。人間じゃなかろうが、化け物みたいな力を持っていようが、俺にとっては世界に二人といない、天使のような俺の娘だ!!!!」
悪魔公爵は、黙って俯いた。
「そうか……貴様の言い分はよく分かった。……残念だな。同じ悪魔であれば部下にしてもいいと思える、高潔な精神だ。」
「へっ。只の親バカなだけさ。」
「では、そろそろ往くとするか。お前のことは存外に気に入った。せめて苦痛なく殺してやる。」
ブン、と……。
悪魔公爵が昏いオーラを纏った腕を振るうと、先程の炎を容易く防いでいた聖盾が粉々に砕けた。
「……名を聞こう。光栄に思え。私が人間の名を覚えることなど今までに数えるほどしかなかったことだ。」
「そりゃどうも。俺の名はゴルドー。ゴルドー・ストックホルムだ。あの子……ユーリの、正真正銘の父親だ。」
「ゴルドー……。ふむ、覚えておこう。では、構えろ。我こそは、《傲慢》を冠する悪魔公爵が一柱、ベリアル!!!」
「……参る。」
「おおおおおおおおおおおああああああああ!!!!」
裂帛と共に、ゴルドーが大上段に構えた剣を全力で振り下ろす。
聖銀の剣身が煌めき、音速を超えた切っ先が強烈な風を纏う。
剣はそのままベリアルの身体へと吸い込まれるように…………。
「さらばだ。」
振り下ろされた剣はベリアルが差し出した左腕に当たった瞬間に『キンッ』と高い音を立てて、折れた。
そのままベリアルはゴルドーの胴体目掛けて腕を振るい……
ゴルドーが咄嗟にガードした両腕の肘から先が消し飛び、魔爪はそのまま腹部へ到達。
「ちく……しょう…………」
自分の上半身が下半身に別れを告げる光景を、ゴルドーはひどくゆっくりに見える世界で認識していた。




