20 光と闇の狂宴
「おらああああ!」
ゴルドーが吼え、構えた剣を一閃する。
磨き抜かれた刃は幾体の怪物を斬り伏せようとその輝きを失うことはなく、主の意思に沿って白い軌跡を描く。
直後、つい数秒前までその手に携えた棍棒を振り回し、息巻いていた巨体ゴブリンの首が、胴体に別れを告げてゴロリと落ちた。
「チッ……デカブツだけで、これで何体目だよ。」
「ゼェ…ゼェ……。確か、ホブはこれで8体目……です。」
「進化種が多すぎる……。よほど、ここのボスって奴に良いモン食わせて貰ってたらしいな。」
本来の坑道としての役割からうって変わって魔物の巣窟と化し、もはやダンジョンと言って差し支えない洞窟の中を、なんとか此処まで踏破してきたゴルドーとライナ。
巨体の多さもさることながら、通常種のゴブリンの数も尋常ではない。
これで都合、何体の小鬼を屠ったのか。
最早数えるのも億劫になるほどの数を、ゴルドーとライナの二人は斬り払って来た。
悠長に数をカウントして耳を切り落とす暇など皆無なので、そいつらの亡骸はその場に放置してある。
死体が腐り始めると伝染病の原因となったりするため本来は褒められた行為ではないのだが、そうも言っていられない。
今は、1分1秒が惜しいのだ。
「とはいえ、もうじきこの坑道も最深部だ。横穴も丁寧に潰して回ったし、捕虜にされてた女も何人か助けたが、ユーリは何処にも居なかった。となりゃ、恐らくそこだ。大方、世界一可愛いうちの娘を一目見たそのボスとやらが、何とかして手篭めにしようとしてるに違いねぇ。」
「……上級悪魔というのは、そういうこともするんですか?」
張り詰めた空気を和ませるための冗談なのか、はたまた本気でそう考えているのか。
その横顔には「ウチの娘に手を出したらコロス」とはっきり描かれているので、案外後者の方かもしれない。
「……っと。どうやらこの通路の先で間違いねえらしい。見ろ。」
影に身を隠し、そう促すゴルドーに従って見てみると……。
「あれは……ゴブリン……いや、大鬼?」
その先には、見るからに厄介そうな怪物が、二体。
巨体よりも一回り小さいが、その絞り込まれた肉体は鋼のような筋肉を帯びており、油断なく辺りを見回すその眼光は刃のように鋭い。
大鬼がゴブリンの群れに混ざることは通常ならあり得ないが、用心棒として雇われている可能性はある。
しかし、続くゴルドーの答えはより悪いものだった。
「いいや、アレもゴブリンの一種だ。小鬼騎士……。導師や王と同じく、かなり大規模な群れの中にごく稀に発生する進化種だ。強ぇぞ、あいつは。大鬼なんかより遥かにな。」
「騎士……。」
此処まで何でもないように数多くの小鬼を屠ってきたゴルドーが、気配を殺して雑嚢から数本の瓶を取り出す。
「飲んどけ。強壮と治癒のポーション、それに増強薬だ。」
自分と、そしてライナの分。
予備として多めに持ってきたが、どうやら正解だったらしい。
此処にくるまで、大きな怪我こそしていないものの、細かい打撲や切り傷、それに疲労は着実に二人の身体を蝕んでいた。
挑むには万全の状態で、と。
ゴルドーは目の前の小鬼騎士たちに、そのような評価を下していた。
さて、ポーションの効果が完全に現れるまで、およそ数分。
二人は最後の小休止を取っていた。
そこでゴルドーは改めて、目の前の少年に問いかける。
「……まあ、付いてきたことは良しとしよう。実際に戦闘でも助けられたしな。だが、ここから先は別だ。ゴブリンだけならどうとでもなるが、奥に控えてる上級悪魔にはまともに戦えば間違いなく勝てねえ。あの邪魔くせえゴブリンを殺ったら、そのまま一気に強襲をかけるが……最悪の場合は、俺が時間を稼ぐ。その間に……」
「わかりました。抱きかかえてでも、ユーリを助け出します。」
「……わかってるなら、いい。頼んだぞ。」
打てば響く。
伊達に何年も自分に師事をしているわけではない。
最悪は自分を見捨てろという言葉を濁して伝えようとしたが、この弟子にはちゃんと伝わっていたらしい。
ライナは、ゴルドーが自分の命と娘とを天秤にかけてユーリを選んだことを瞬時に見抜き、その決断を尊重した。
そうすんなり受け入れられたのは、恐らく同じ立場なら自分だってそうするからだ。
今のライナでは、時間を稼ぐこともできずに殺されてしまうだろう。
上級悪魔のことは噂話程度でしか聞いたことがないが、ゴルドーが時間稼ぎしか出来ない程の相手を、自分ごときにどうこう出来る筈がない。
尊敬する師と、最愛の幼馴染。
どちらか片方を選べと言われれば、勿論両方を選ぶと言いたいところだが、幼く未熟なライナの両手では片方を全力で抱きかかえる他に方法がない。
願わくば奇跡が起きて、皆で無事に帰れるといいな、と。
何処に居るとも知れない神に、ライナは静かに祈った。
そして数分後、ポーションの効果が傷ついた身体を癒し、増強薬が一時的に能力値を底上げした。
その効果を確認するや否や、二人は通路を見張る小鬼騎士の前に躍り出る。
「行くぞ!!!」
「はい!!!」
即座に侵入者に気付き、手に持った剣を構えようとする小鬼騎士に一歩先んじて、ゴルドーが渾身の一撃を叩き込む。
「おらあああああああああああああああ!!!!!」
気合い一閃。
音をも置き去りにする刃の切っ先が、暴風を纏って振り下ろされる。
その刃がゴブリンに届いたかと思った瞬間。
突如として、小鬼騎士が守る通路の奥から眩い光が溢れ出した。
その閃光は瞬く間に辺りを覆い尽くし、視界内を真っ白に染め上げた……。
「なんだ、こりゃ……!何が起きてやがる!?」
光が収まり、色を取り戻した視界。
そこに先ほどまで居た小鬼騎士の姿は跡形もなく、彼らの装備していた粗悪な錆びた剣だけが、ガランガランと音を立てて地に落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(入った!)
インパクトの直前、勝利への予感は確信に変わっていた。
"周囲の状況に恐怖しているか弱い少女"という、ユーリの演技を見て完全に油断しきっていた悪魔公爵。
その油断に付け込んでこちらの最大火力をお見舞いするという作戦は、目論見通りに成功しかけていた。
身体が壊れるギリギリまで魔力を込めた身体強化で肉薄し、悪魔に対し絶大な威力を誇る≪一角獣の聖槍≫を、ゼロ距離でたたき込む。
リリスの談によれば、まともに受ければ悪魔公爵とて塵一つ残さずに消滅する威力だそうだ。
目の前の悪魔も、例外ではなかろう。
そして聖槍が放たれ、眩い光の奔流が辺りの景色を白く塗りつぶした。
その光は、破邪の光。
邪悪なる者には、その余波でさえ致命の毒となる。
周囲を取り囲んでいた小鬼たちはなすすべなくその光に飲みこまれ。
慈悲深き聖光が苦しみを与えることなく、彼らを残さず塵へと変じさせた。
(……ごめんね。)
消滅したゴブリンたちの中には、ユーリを新たな主人と定めて此処まで連れてきてくれた者たちも含まれている。
所詮は相容れない魔物。
主人を乗り換えたのも、自らの肉欲に従ったのみ。
放っておけば、すぐにまた人里を襲う怪物に成り果てるだろう。
だから、此処で葬ってやるのが互いのためである。
リリスはそう言ったが、簡単には割り切れない。
《図書館》がスキルを発動したとはいえ、彼らを殺したのは間違いなくユーリの技で、ユーリの魔力だ。
魔物とはいえ、自らに従ってくれていた者の命を奪った。
その事実は、ユーリの心を重く殴りつけた。
そして事態は、そんな彼女の機微など知ったことではないと進み続ける。
数秒が経ち、光を放っていた聖槍が役目を終え、光の粒となって消え去った。
ゆっくりと暗くなる景色のなか、立っているのはユーリただ1人。
……そう。
立っているのは、ユーリ1人だった。
その目の前に、膝をついて荒い息を吐く者が居る。
悪魔公爵だ。
《一角獣の聖槍》の直撃を受けて、未だに息がある。
とはいえその身体は、胸の中央より少しだけズレて、右肩の付け根から先が消滅していた。
右半身をごっそりと失い、光の余波が全身を灼き焦がしていた。
それでも尚、致命傷には至らず。
そして、一瞬のうちに起きたあまりの不条理に、悪魔が吼える。
「なんなのだ……っ!なんなのだお前はあああああああああ!?」
『ふむ……僅かに芯をズラして致命傷を避けましたか。こちらも少々、貴方のことを侮っていたようです。失礼致しました。』
自分が何者か。
態々手の内を晒す阿呆が居るものかと、《図書館》は詰問には答えず淡々と応じる。
あくまで超越者の如く、遥か高みから見下すように、悪魔と対峙する。
先ほどは恐怖に震える村娘。
そして今度は、得体の知れない化け物。
一撃で屠れなかったとて、決して余裕を失わない。そういう風に振舞うのだ。
実際にはあまり余裕がないことなど、決して悟らせてはいけない。
《一角獣の聖槍》を一撃放っただけで既に7割近い魔力を消費していることは、絶対に悟られてはいけないのだ。
半身を失い、息も絶え絶えな状態とはいえ相手は悪魔公爵だ。
ユーリに限界が近いことを悟られてしまえば、立場は容易に逆転し得る。
「ふざけたことを……!先ほどの聖なる波動……余程高位の神霊でも憑いているのか、元々人間ですらないのか……。全く、こんなところで、こんな化け物に出くわすとはな!」
『ならばどうされます?このまま私と戦いを続け、先程までいた小鬼たちのように、塵と化すまで抗ってみますか?それとも……。』
一呼吸置いて、微笑とともに《図書館》は言った。
『尻尾を巻いて逃走してみますか?』
「舐めるなああああああああああ!!!!!!」
「っ……!」
瞬間、ユーリが一瞬気圧されてしまう迫力を込めて悪魔が吼えた。
「悪魔公爵たる私に向かって、逃走してみろだと!?度しがたい侮辱だ!!!!!!」
沸点を超えて怒りを爆発させる悪魔公爵に対しても、《図書館》はあくまで冷静な表情を崩さずに応じる。
『あら、ではどうなさいますか?』
「貴様の美しき肉体をバラバラに引き裂いて、剥製として永久に辱めてやろう!!!!!」
そう咆哮し、悪魔は戦闘態勢に移行する。
刹那、まるで怪我などしていないかのように軽快に跳ね、数度のフェイントを挟んで一気に距離を詰めてくる。
悪魔は鋼鉄すらバターのように斬り裂く恐ろしき鉤爪を振りかぶり、踏み込んだ速度そのままの勢いで振り下ろした。
「死ねェ!!!!!!」
『女性に対するアプローチとしては、下の下ですね。』
ガギイィン!!!!
必殺の威力を込めた鉤爪の切っ先は、少女が掲げた右腕に……
いや、正確には、見えない力場によって阻まれる。
そして……
『こちらはお返しします。』
「ぐおっ!?」
悪魔公爵が放ったはずの斬撃は、その勢いのまま跳ね返され、彼の身に鋭い裂傷を刻んだ。
《流転する女神の盾》
魔法、物理を問わずあらゆる攻撃を寄せ付けない絶対防御の盾。
そしてこのスキルは、受けた攻撃を完全に受け切れた場合、その威力をそっくりそのまま相手に跳ね返すことができる。
無論、盾の出力を超える攻撃を受ければ砕け散るのだが。
悪魔公爵という強大な存在の一撃を受け止めるにはユーリの魔力量では些か問題があったが、
《図書館》は右腕の周囲というごく限られた部位に障壁を集中展開して、悪魔公爵の恐るべき一撃を受け切ったのだった。
「ぐぅ……!この一撃は私の!?」
『あら、お気づきになられましたか?経験値はまだまだですが、地頭の出来は悪くないようですね。』
小馬鹿にしたような挑発。
だがそう評され、逆に悪魔の脳は急速に冷やされた。
「フン……このような搦め手を使うとは、先程のような一撃はもう撃てぬか?」
『……あら、そうお思いですか?』
あくまで冷静な口調を崩さない《図書館》。
だがその表情は僅かに。
ほんの僅かに、ピクリと強張った。
(……仕方ありませんね。)
これ以上戦闘を長引かせるのは危険だ。
故に《図書館》は、少しリスクのある賭けに出ることにした。
その身に残った魔力を、攻撃の為に練り上げる。
今度は先程の《一角獣の聖槍》のような放出系ではない。
鋭く、細く、しなやかに、強靭に……。
一振りの刃のように、魔力を束ねて織り上げる。
『《剣を摂れ。汝は騎士の王なれば》』
「なにっ!?」
練られた魔力が《図書館》の言葉によって形を成し、一本の剣へと変じる。
聖なる魔力を何千・何万回と折り返して鍛えた黄金の剣。
――――――かつて古の時代、邪悪なる者どもの侵略から人類を守った誇り高き騎士王が居た。
円卓を囲む超常の騎士の中にあって、彼らから絶対の忠義を寄せられていた、騎士の王。
彼が用いる聖剣は泉の妖精より与えられたものでも、選定の岩から引き抜いたものでもない。
彼自身の才覚と地獄のような鍛錬の日々が生み出した、奇跡の産物であった。
その剣はあらゆる邪悪を討ち滅ぼし、彼の背に続く者たちを希望の光で照らし続けた。
彼の王は生涯にわたって孤独であり、妻を娶ったことも子を成したことも無かったため、その技は1代で喪われてしまったのだが……。
その少女が手にしたそれは、紛れもなく本物の、黄金の輝き。
彼の王の死と共に永遠に失われたはずの聖剣は、とある一夜を共にしただけの、一人の夢魔によって密かに受け継がれていたのだった。
そして……
(すみません、ユーリ。身体の制御を100%頂きます。)
(うん……ごめんね、任せっきりで。)
今までも6割がた≪図書館≫が動かしていた身体の制御を完全に明け渡す。
自分の身体が自分のものでなくなる喪失感が一瞬ユーリを襲うが、意識は手放さぬようグっと堪えて前を見据える。
目の前には手負いながら未だ高い戦闘力を窺わせる悪魔公爵。
そして自分の右手には、見たこともないような複雑な術式で織り込まれた、高密度の魔力を帯びた剣。
受け継いだスキルの中には複雑すぎてリリス自身でさえ単独では扱えないものもあったと聞いたが、この剣も間違いなくその類だろう。
古の騎士王が人生を掛けて編み出した超絶技巧であるとユーリには知る由も無いが、その聖剣の存在感にはそれに類する圧力を本能的に感じる。
……これは賭けだ。
≪エクスカリバー≫自体の魔力消費は≪一角獣の聖槍≫よりも大分少ないが、それでも残り魔力の殆どを注ぎ込んで生成している。
そして油断していた先ほどとは違い、今度はガチガチの戦闘モードに入った悪魔公爵と正面から戦わなくてはならないのだ。
チクチクと無益な消耗戦をするよりは余程勝算は高いが、それでも確実に勝てるとは断言できない戦い。
負ければ”死ぬ”という緊張が、ユーリの神経を尖らせ、研ぎ澄ませていく。
正面を見据えると、悪魔公爵もまた自らの左腕に魔力を集中させ、ドス黒いオーラがその鋭い爪を覆っている。
両者が睨み合いを始めて、どのくらいの時間が経ったか……
何時間も互いに気を窺っていた気がするし、ほんの数秒であったかもしれない。
やがてその瞬間は唐突に訪れた。
『……往きますよ。』
「……こちらもだ。」
それぞれの手に光と闇を携えた両者が、その一言だけを交わして最初の一歩を踏み出す。
黄金と漆黒の剣閃が、まさにぶつかろうとしていたそのとき。
「「ユーリ!!!!!!!!!!!!!」」
光と闇の饗宴に、二陣の風が乱入した。
大変遅くなりました。書き溜めをすると言っていたのですが、いつまで掛かるか予想も出来ないのでひとまず完成している最新話をお送りいたします。次話もなるべく早い更新を心がけますのでどうぞ今しばらくお待ちください。




