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転性夜魔と疾風の英雄  作者: マツキ ヒビノ
1章:幼少期編
18/37

18 鷹の眼が見据えたものは

「……ありました!ここを真っすぐ歩いてます。この方角には……昔に投棄された鉱山がありますね。」


銀等級冒険者パーティ”鷹の眼(ホークアイ)”の斥候スカウトの一人、ウィローが目聡く地面にわずかに残された足跡を見つけ、ゴブリン共の巣穴の場所を推察した。

目が完全に隠れるほどの長い前髪に見合わず優れた視力と洞察力を持った彼は、文字通りパーティの”眼”であった。


「ああ。言われてみれば確かにそっちの方向から、鼻につく嫌な臭いがしやがるぜ。」

「……うん。占い石もこっちを指してる。……あ!あーあー、壊れちゃった。これ高いんだけどな。」


鼻をひくつかせて顔をしかめる獣人のミディと、壊れた魔道具の残骸を未練たらしく見つめるハーフエルフのメーザも、各々の観点からウィローの意見を肯定した。

こうして多角的な方面から索敵を行い、情報の精度を高めるのが”鷹の眼”の常套手段であった。


その様子を確認したリーダーのライトが、後ろで静かに見学していたゴルドーに告げる。


「というわけで、奴らの本拠地は十中八九、その鉱山でしょう。おそらく、投棄された坑道のどれかに巣穴を作ってるんでしょうね。もう少し近付けば、もっと正確な位置が掴めると思います。」


「ふむ……近場だろうとは思ってたが、そんな近くとはな。確かにアソコなら、奴らの好みそうな穴ぐらがわんさかあるってワケだ。」


「そういうことです。」


「「「「「………………。」」」」」


……彼らからすれば大先輩、それもこの辺境では知らぬ者の居ない元・金等級冒険者であるゴルドー。その彼と対面してどこか緊張したような、浮足立ったような、そんな余所余所しいリーダーの様子にメンバー達は強烈な違和感を覚えた。


そしてすぐさま、皮肉屋で毒舌なメーザが茶々を入れる。


「うわぁ、リーダーの敬語とか似合わない。何?柄にもなく緊張してんの?ちょっと鳥肌たった。」

「おい」

「あはは、確かに普段の態度と違いすぎて気味悪いですね。」


ここぞとばかりに、他のメンバーもメーザに追随する。


「ウィローてめえ!後で覚えとけよ!!」

「おいおい、でけえ声で怒鳴るなよ。アウリスがびっくりしちまうだろ!?」

「ぴっ!?ぁ……ゎた、わたしは大丈夫ですから……。」


急に話を振られたからなのか、肉食である狼の獣人ミディが相手だからなのか。

兎の獣人アウリスが大きな耳を畳んで蚊の鳴くような声で応じる。

探索時には敵の足音から罠の作動する歯車の音まで聞き分ける優れた聴覚を持つのだが、臆病で内気な草食者ベジタリアンである彼女は、特にミディに話し掛けられるといつもこの調子であった。



「……。」


そして、先ほどから声一つ漏らさず最後尾を警戒しているのが、”鷹の眼”最後の一人。

東洋の島国ヤマトワから移住してきた一族の青年、飛燕ヒエンだ。

”シノビ装束”と呼ばれる露出の少なく地味な色の衣装に身を包んだ彼は隠密術に長けており、単独で敵地へ潜入し、情報を持ち帰るのが仕事だ。

索敵役の他メンバーと違ってかなりの危険を伴うが、涼しい顔でこなしてしまうのだから恐ろしい。


……と、一見して種族も性格もバラバラな5人を率いるのが、先ほどゴルドーと会話していたリーダーのライトであった。

彼ら一人一人に声をかけ、このような尖ったチームを形成したのも、ライトである。

彼自身は特に優れた索敵能力を持つわけではない。

代わりに、パーティ随一の戦闘能力と確かな判断力でチームを纏め、何度も危機的状況を脱してきた。

その実力には、メンバーの誰もが信頼を置いている。




彼らが喧嘩しつつも、見事な手際で早くもゴブリンの巣穴を特定しつつあるという事実に、ゴルドーは舌を巻く。

索敵能力一点特化で銀等級に昇格したというのは伊達ではないようだ。


「あー……仲の良いところすまないが……話、続けてもいいか?」


だが、それとこれとは別の話。

自らも冒険者であった過去をもつため、パーティ内でのコミュニケーションの大切さは理解している。

そこは尊重するが、流石に脱線しすぎだと、居心地が悪そうにゴルドーは注意した。


「ああ、すみません。コイツらいつもこんな調子で……。全く、まとめ役の身にもなれってもんだ。」

「心労は察して余りあるよ。ところで、鉱山を目指すってことでいいんだな?だったら早めに動こう。ちょうど今ぐらいなら、ゴブリン共の警戒も緩まる時間帯のはずだ。」


「ええ、それじゃあ先に進みましょうか。……ここから先は少し慎重に。ヒエン、先行を頼む。」

「心得た。」


寡黙な男がそれだけ告げると、足音どころか衣擦れの音すら立てず歩み出た。

そのまま音もなく近場の樹を登り、枝から枝へ跳躍しはじめる。

目で追っていたが、すぐにその姿は鬱蒼とした森の景色に溶け込んで見えなくなった。

並大抵の訓練では不可能な洗練された一連の動作に、ゴルドーは感心の声をあげる。


「すげえな……。あれが噂の”ニンジャ”ってやつか。ヤマトワ国ってのはあんなのがゾロゾロ居るのか?」


「あいつほど出来る(・・・)奴はほんの一握りですよ。気配を完全に断つってのは、それほど高度な技術なんだと、以前酒の席で聞いたことがあります。」

「初めてあいつの技を見たときは俺たちだって度肝抜かれたさ。アレ、音どころか匂いだってしないんだぜ?嫌になるよな。な、アウリス?」

「ひぅ!?そ、そう……ですね。」

「まあ、あのニンジャが戻ってこないってことは、暫く先までは安全ってことね。敵が居たら急に戻ってくるから。味方とはいえ、心臓に悪いったらないわ。」

「格好いいですよねぇ……ニンジャ。僕もあんな風に身軽に飛び回りたいものです。」


各人が思い思いの感想を、あの男に抱いているようだ。

珍しい東洋の技ということも相まって、本人の寡黙さとは裏腹にパーティ内での人気は割と高いらしい。


(東洋の、隠密術か……。)


ふと、かつてコンビを組んでいた男のことが頭をよぎる。

昔っからひねくれ者で、だけど何処か憎めなかった、腐れ縁とも言うべきあの男。

エリック・エドワードもまた、東洋出身の”ニンジャ”を師に持つ斥候スカウトだった。

命ともいうべき脚を負傷して引退した今となっては、当時の技の冴えは見るべくもないが、現役時代は"絶影"などと呼ばれ、恐れられていたものだ。


「……あのバカは、ヒエンとは違って口の減らねえ野郎だったけどな……。」

「ん?どうかされましたか?」

「いや、何でもねえ。それより、そろそろ森を抜けるみたいだぜ。」


鬱蒼とした景色が急に開けて、ゴツゴツとした岩肌に覆われた山道が姿を現した。


「いよいよですね……ここまではすんなり来られたけど、デカい巣ならそろそろ見張りの一匹でも居そうなものですが。」

「左様。この道の先、少し歩いたところに歩哨を見かけた。本拠地が近い証拠だ。」


「……もう今更だけどよ。俺たちに対しても気配消していきなり出てくるの、本当に心臓に悪いからやめてくれねえ?」

「そうだな。善処しよう。」

メーザの言っていたとおり、本当に気配も音もなく、飛燕が報告に現れた。

ミディが苦い顔で言うが、毎度のことのようで飛燕は涼しい顔をして流している。


「まあ、そのへんの話は置いといて、だ。さっき言ってたとおり本拠地に近づいたわけだが、詳しい場所が判るってのは本当か?」

「ええ、任せてください。伊達に探索系冒険者をやっているわけじゃないってとこをお見せしますよ。」


「あんたは偉そうなこと言う前に、索敵スキルの一つでも取りなさいな。」

「んぐっ!?」


唯一パーティ内で索敵系技能を持たないリーダーに毒を吐きつつ、メーザがテキパキと地面に魔法陣を描いていく。

先ほどのような魔道具を使用した簡易的な術ではなく、本格的な索敵魔法を発動させるための準備だ。

流れるような動作であっという間に複雑な魔法陣を描き上げると、ナイフで人差し指を少し斬り、流れ出た血を一滴垂らす。


術者の血を得た魔法陣が青白い光を放ち、魔法を発動させるための舞台を整えた。

魔法陣によって本来は100節以上となる膨大な詠唱が短縮され、メーザは集中させた魔力を込めてただ一言呟く。


「≪鷹の眼の探索者ホークアイ・サーチャー≫」


瞬間、青白く光る大きな鷹が現れ、空へ飛び立っていった。

彼らが”鷹の眼”と名乗る由来の一つが、この魔法の存在だ。

今現在、メーザの意識はこの光の鷹へと移り、空から地上を見下ろす形で周囲を索敵している。

そして特筆すべきは、この状態のメーザにはマナの流れが視認できるという点だ。

力の塊であるマナを認識できるということは、たとえ分厚い岩板の下に隠れていようともその存在を認識できるのと同義である。


つまり、ゴブリン共が多く隠れている坑道も、容易に発見できるということ。


「見つけた!」


すぐに、それは見つかった。

13番坑道。

かつてはミスリルが採掘でき、多くの鉱夫で賑わっていたが、取り尽してからは投棄された、この辺の坑道では最大級の広さをもつ大穴である。

ここから、大量の小さな光が確認できる。間違いなくゴブリン共だ。


そして、その一番奥。

「えっ……なに、これ」



『覗き見とは、趣味が悪いな。』



バシュッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!



頭の中に直接声が響いた直後。


幽体(アストラルボディ)で出来た光の鷹となって空を飛んでいたはずのメーザに対し、突如として”それ”から、巨大なエネルギーの塊が飛んできた。


そのエネルギー塊に触れた途端、鷹はバラバラに弾け飛んだ。



「きゃあああああああああああああああ!!!!!」

空を飛んでいた意識が強引に掻き消され、肉体へと強制的に引きずり戻される。

幽体とは言え、身体がバラバラに弾け飛ぶなど初めての経験だ。

壊れて消えそうになる自意識をなんとか掻き集めて、メーザは状況を把握しようと努めた。


「お、おい……大丈夫か?何があった?」

真っ先に声をかけたのは、リーダのライトだった。

尋常ではない彼女の様子から、何か”ヤバイ事”が起きていると直感が告げる。


「13番坑道に、とても大きな気配がして……あり得ない……あんな……私の魔法に気づいただけじゃなくて、撃ち落とされた……?そんな事ができる魔物なんて……まさか、上級悪魔(アークデーモン)?」


にわかにざわめきが起こった。

だが、撃ち落とされたというのが事実ならば、あり得ない話ではない。

そんな芸当が可能なのは魔物のなかでも魔法に優れた悪魔、それも上位種である可能性が高い。

いずれにせよ、上級悪魔など自分たちの手に負える相手ではない。

この中では最強であるゴルドーだって、きっと勝ては

しないだろう。


そこまで考えて、ライトが口を開く。


「ゴルドーさん……これ以上は俺たちの手には負えない。一旦、撤退しましょう。間に合うかどうかは五分五分ですが、ギルドに申請して別の街や王都から、もっと上位の冒険者を呼ぶんです。」


至極真っ当な判断だ。

引き際をわきまえるのは冒険者にとって、ある意味で何よりも重要なスキルであるが、このリーダーはその判断が上手い。

ゴルドーだって、絶対に勝てない戦いに挑むほど蛮勇ではない。

それに、敵の正体が掴めただけでも前進だ。


"鷹の眼"の判断に従って、大人しく撤退しよう。

そう、考えていた。


その少さな影が、飛び出してくるまでは。

その正体を、ゴルドーはよく知っていた。

自分が教えた歩法だ。何より、自分の弟子を忘れるわけがない。


ライナ・エドワードが、息を切らせながら自分たちの前に姿を現した。


「はあ……はあ……ゴルドーさん……。すみませ……。」

「おま!……何があった?」


どうやって此処がわかった、とか、牧場の守りはどうしたのか、とか。

そんなことはすっとばして、単刀直入にゴルドーが聞く。


愛弟子が、言いつけられた仕事を放棄してまで駆けつけたのだ。尋常ではない事態が進行していることは、容易に感じ取れる。

言うのを躊躇しながらも、ライナが何とかその言葉を紡いだ。




「ユーリが……ユーリが、ゴブリンに攫われました。」






「……道案内、ありがとうな。無事に帰ったら酒でも奢るぜ。」


そう一言だけ残して、ゴルドーは弾かれたように駆け出した。



「あ!?ゴルドーさん!?」

ウィローが引き留めようとするが既に遅い。

風のような速さで、あっという間に見えなくなる。

目ではとても追えない。


いや、それに追従していく影が一つあった。


先ほどまで疲労でヘロヘロになっていたライナが、同じく風となって後を追っている。

自分たちの足元を見ると、スタミナポーションの空瓶が転がっていた。


「おい!小僧!?お前まで……死ににいくつもりかよ!?」

ミディが吠えるが、その声は自分たちだけが取り残された場所に虚しく響くだけだった。







そして、二陣の風となった師弟が、一人の少女のために、一歩も躊躇わず死地へと踏み込んだ。

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