12 足取りは軽やかに
その日の朝はいつもと変わらないようで、だけど何処かソワソワしたような、落ち着かない空気が街中から流れているようだった。
今日は収穫祭。
年に一度、秋の豊作を祝い翌年の豊穣を祈る大々的な祭りの一つ。
辺境の村であろうと、この日ばかりは王都に勝るとも劣らない賑わいを見せるのだ。
祭りは正午から夜にかけて行われるため、日が昇ったばかりの現在は最後の準備が始まる頃合いだ。
ストックホルム牧場もその例に漏れず、朝から買い出しに来るであろう者たちを迎えるための準備を進めていた。
そんな中、ひときわ早く牧場を訪れたある人物を、ゴルドーはため息交じりに迎え入れていた。
「はー……やっぱり今年も来やがったな。当日に慌てて買い出しなんて無計画だから、毎年赤地ギリギリなんだよ。ちったぁ学習ってもんを覚えたらどうだ?」
「言うなよ。毎年こんな僻地で店番やってる寂しい男に差し入れも兼ねて会いに来てやってんだからさ。よう!ユーリちゃん、元気にしてた?朝から手伝いなんて偉いじゃないか!あ、これお土産ね。ママと一緒に食べて。」
「……ありがとうございます……エリックおじさん。」
準備中の屋台から無理矢理買い上げたと思しき串焼きやら焼き菓子やらがたくさん入った袋を渡された。
エリックがこうして買い出しという名目で大量のお土産を持って牧場を訪れるのは、毎年のことだ。
パーティの中でも特にお祭り騒ぎが好きだったゴルドーに気を使っているのか、それとも単なる冷やかしなのか。
真意を訪ねても、捻くれ者のエリックは答えてくれないそうだ。
もうゴルドーも慣れたもので、真意は兎に角差し入れは有難いと、袋から串焼き肉を一本取り出してパクつき始める。
「ンン!?こりゃあ、アルカスのおっさんの店の串焼きか?食ったことないソースだが鶏肉に合ってて美味ぇな。」
「ああ、何でもヤマトワ国から仕入れた新商品らしいぜ。ソーイとかいう豆を使ったソースらしい。おっさんも自信作だって言ってたよ。」
「あ~、あの国からの輸入品かあ。あそこの食いもんは独特で美味いからなぁ。こいつも流行りそうだな。」
「おっさんも新しい物好きだが、味に対するこだわりは本物だからな。間違いなく今年の祭りの目玉の一つになるだろうよ。」
「おう、祭りといえば今年は何が足りなかったんだ?」
「ああ、本題を忘れるとこだったな。ベーコンとチーズをひと塊ずつ。あと牛乳を2本と卵を30個くれ。」
「はいよ。え~っと……合計で……」
「銀貨3枚と銅貨5枚だよ。エリックおじさん。」
計算の苦手なゴルドーに替わって暗算を済ませて、ユーリが会計を告げる。
このくらいの足し算ならば義務教育を受けた人間の敵ではない。
「お、計算が早いねえユーリちゃん!どっかの脳筋とは大違いだ。将来は立派な商売人になれるよ。」
「そうかな?えへへ。」
「一言余計だ。仕方ねえだろ、俺は肉体労働しかやったことねえんだ……ホレ、まいどあり。」
手早く注文の品を袋に詰めて、エリックに手渡す。
「せわしないねえ。お邪魔ものはそろそろ退散しますか。それじゃあ、ユーリちゃん。昼前にはライナの奴を寄越すから、楽しんでくるんだよ。」
結構な大荷物を片手で抱えながら手を振るという無駄な高等技術を披露しながら、エリックは去っていった。
※※※※※
二時間後。
「ごめんくださーい!」
牧場に併設する民家の前に、少年の影があった。
ライナがユーリを迎えに来たのだ。
呼びかけるとすぐに家の中から反応があった。
『は、は~い!今行く……うわぁ!?』
ドンガラガッシャン、と。
まるで漫画のような音を立てて誰かが転んだ。
『ちょっとユーリ、大丈夫!?もー、そんなヒラヒラだと動きづらいでしょうに!もうちょっと動きやすいドレスにしなさいな。ほらもうライナ君来てるんだから急いで急いで!』
『う”~……わかった』
暫し呆然として待っていると、ドアが開いてリリィが出てくる。
「ごめんなさいね、ライナ君。聞こえちゃってたと思うけど今着替えさせてるからもうちょっと待っててね!」
「い、いえ!お構いなく!」
着替えと聞いて反射的に顔を赤くしたライナが、俯きながら答える。
「ふふ、本当にごめんなさいね?あの子、初めてのデートだから張り切っちゃって、少し空回りしてるみたい。……あら、終わったみたいね。うん。今度は大丈夫ね。」
何故そこを強調するのか。
ニヤニヤした顔のリリィに手を引かれて、おずおずとユーリが顔を出す。
最初選んだのよりは随分あっさりしているけど、それでもフリルの多めなお出かけ用のドレス。
普段の仕事では絶対に着れない、リリィのお古だ。
「ん……お待たせ……。」
「いや、僕も今きたとこだから……うん。」
敢えて意識しないようにしていたのに、リリィがデートだなんて口にするから気恥ずかしくなって、互いに俯きながらぎこちない挨拶を交わす。
「もー!二人とも硬いわねぇ!さあさあ、行った行った!祭りは待ってくれないわよー!」
誰のせいだと口をついて出てきそうになったが、すんでのところで我慢した。
リリィが業を煮やして、バンバンと動き出さない二人の背中を叩き、その衝撃でユーリは少しよろけてしまう。
「っと。大丈夫?」
すかさずライナが助けに入り、手を握ってユーリの身体を支える。
自然と(かなり無理やりな気がするが)手をつなぐ形になり、どぎまぎしながらも
いつのまにか、さっきまでの緊張が解れていることに気付く。
思いっきり背中を叩かれて、変な力が抜けてしまったようだ。
「……行こっか。」
「うん!」
手をつないだまま、二人は街へと歩き始める。
その足取りはもう、非常に軽やかなものに変化していた。




