11 祭りの前夜は穏やかに
妹が産まれて、2週間ほど経った。
産後経過も順調で、母子ともにすこぶる健康。
白魔術師の看護無しでの出産には少しのリスクを伴うのが常識であったため、あまりに何も問題がないものだからと医者も舌を巻いていた。
ちなみに医者と魔術師の仕事の領域には明確な区分がある。
白魔術によってウィルスや感染症によって壊れた身体を治すことは出来ても、その原因を即座に駆除することは出来ないからだ。
なので、医療の知識を持った医者が薬草を煎じ、薬を作って病を治す。
魔術の才能に乏しくても、知識を身に付ければ人を救うことは出来る、と。志の高い人間は医者を目指して勉強の日々を送るのだ。
まあ、治療を専門にした白魔術師は大抵、薬学に対する知識も豊富なため、医者が居なくても一人で何とかしてしまうのだが。
閑話休題。
無事に第二子の出産を終えたストックホルム家は、いよいよもって秋の収穫祭へ向けて慌ただしい日々を過ごしていた。
産後でまだ動けないリリィに代わり、せっせと動き回るゴルドーとユーリ。
この時期ばかりは剣の稽古などとも言ってられず、ライナも実家の宿屋の手伝いに駆り出されている。
リリィの身を案じてか、エリックからは「ライナを牧場へ寄越そうか」等と言われたが、ゴルドーは頼ってばかりいられないと丁重に断った。
そんなわけで昼間はゴルドーとユーリで手分けして目の回るような忙しさの中、なんとかやりくりしていたのだった。
さて、そんな慌ただしい一日もようやく日が暮れようという夕暮れ時。
酒場やギルドから依頼されていた乳製品や肉類、毛皮の納品を終えたユーリとゴルドーは喧噪と熱気に包まれる街を後にして帰路についていた。
「もう明日か。早いもんだな。」
「わたしもう疲れたよ……。母さんは毎年、父さんとこんな大変なことしてたの?」
使いっぱしり駄賃とばかりに、納品したばかりの牛乳で作られたアイスクリームをちろちろ舐めながらユーリが愚痴をこぼす。
収穫祭の準備を手伝ったのは今年が初めてで、それ以前は足手まといになるからと手伝いもさせてもらえなかったものだ。
この忙しさを考えると、確かに子供の身には相当な負担だろう。
「すまんな、ユーリ。本当はもっと楽な手伝いから始めてもらう筈だったんだが、母さんがああだからな。初めての収穫祭だってのに結構無理させちまって。」
「ううん、いいの!可愛い妹がちゃんと無事に産まれてきてくれて、わたしは嬉しかったから。」
前の人生では一人っ子だったため、下の子が生まれてくることも初めての体験なのだ。
”お姉ちゃん”という言葉の響きは、想像していたよりずっと甘美なものだった。
「おねえちゃん……」
思わず口に出してニマニマしていると、目ざといゴルドーもその姿を見てニヤニヤし始める。
空になった荷車を引いていた手を一旦止めて、何故かおんぶの体制になった。
「可愛い妹に早く会いたいか?会いたいんだな!?よーし、乗れユーリ!!」
「荷車じゃなくて背中なんだ……」
何か下心のようなものを感じなくもないが、父親が娘に対してそんな感情を抱くはずもないので、大人しく背中に乗せてもらうことにした。
久しぶりに間近で見た父の背中は、冒険者を引退して長いにも関わらず大きく、鍛え上げられた筋肉は鋼のようだった。
「えっと……重くない?父さん……。」
「娘がそんなこと気にするんじゃありません!ユーリくらいだったら羽みたいなもんだ。それよりも、振り落とされないように捕まってろよ。」
そう言うと、ゴルドーは自らの脚部に力を籠める。
(これは……身体強化?)
目を凝らすと、ゴルドーの体内を流れるマナが脚部へ集中している。
一時的にマナの循環量が爆発的に増えた部位は、人間の限界を超えた出力を発揮する。
魔力の使い道は多岐に渡るが、その一つが今ゴルドーがやってみせたような身体強化だ。
ゴリゴリの近接戦闘屋だったゴルドーだが、息をするように魔力を操って見せた。
いや、おそらくはそんな感覚ですらなく、「足に力を入れる」という意志が、無意識に魔力を集中させて身体強化を発動させているのだろう。
実際、呪文の詠唱も何も無いにも拘わらず強化はしっかりと掛かっている。
「よーし行くぞ!」
荷車を引っ掴み、全速力で駆ける。
途端に慣性で振り落とされそうになった。
(これは……いけない!!)
慌てて抱き着く腕に力を込めて背中に密着する。
あっという間に最高速まで加速し、風となったゴルドー一行は
まだ少し遠かった家までの距離を一気に潰してしまった。
こんな速度で走って荷車が壊れないか心配したが、空っぽで重量もないので大丈夫そうだ。
途中で何回か振り落とされそうになったのは、張り切っていたゴルドーに免じて黙っておこう。
結局歩いたら30分くらい掛かるはずだった道のりを5分で駆け抜けてしまった。
あんな速度で5分も走り続けられる体力は流石にどうかしている。
元第四級冒険者の面目躍如といったところだろうか。
そんなこんなで、荷車を倉庫へ片付け終わったゴルドーと共に家の中へ入る。
「「ただいま~!!」」
「あら、おかえりなさい。今日は随分早かったんじゃない?また無茶な速度出して荷車壊したりしてないわよね?」
キッチンに立つリリィがチラリとこちらを一瞥して言う。
シチューの煮える良い匂いが漂っている。
「また家事を済ませてくれてたのか……。」
「言ったでしょ?今回は前の時よりずっと調子が良かったの。もうピンピンよ。これ以上休んでたらバチが当たるわ。」
まだ出産の疲労が回復してないからおとなしく休んでいていいと言われてはいたものの、ユーリに手伝いをさせて自分は休んでいるのが居心地が悪いのか。
はたまた、もう二人目なのだから色々と余裕があるのか。
それとも、何か別の要因があって出産の負担が小さく済んだためなのか。
リリィは二人が留守の間、ユウナの世話をしながら家事をこなすという器用なことを、ここ最近は毎日こなしている。
ゴルドーと二人してクタクタで帰宅したら、何でもないような顔で出来立ての料理とともに出迎えてくれるのだから、本当に母は強いなと実感する。
「さあ、もうすぐ出来上がるから先に手を洗って着替えていらっしゃい。」
「うん、わかった。すぐ戻ってくるね、母さん。」
そう告げて脱衣所の洗面場で手と顔の汚れを洗い流し、乾いたタオルでふき取る。
魔術や魔道具の概念を取り入れたインフラはあちらの世界とは随分違った進歩を遂げている。使い勝手はそこまで悪くない。
慣れた手順で洗顔を終えると付着した汗や土が綺麗に落とされ、その下からは今日一日陽にあたっていても染み一つない白磁の肌が現れた。
この肌に美しさを損なうような要素が混ざることは滅多にないが、日課として念入りにチェックする。
鏡の前に立って己の姿を見つめなおすことも大切なことだ、と。リリスからも、そして母であるリリィからも言われたので習慣づけていることの一つだ。
「……よしっ。」
今日も異常なし。
そうと分かれば安心して、冷めないうちに夕飯を食べに戻ろう。
「ただいま~。」
「おう。これで揃ったな!ささ、食べるとするか!」
リビングに戻ると既にリリィとゴルドーが席に着いて待っていた。
これ以上待たせるのも申し訳ないので若干早足気味で席に着く。
「「「いただきます」」」
物心ついたときから何回食べたかも覚えていないが、リリィの作るシチューは相変わらず美味しかった。
収穫祭が近いため、仕込み用で余ったものを流用しているので普段より肉が多く入っているのも、旨味を出すのに一役買っているのかもしれない。
食事をしながら話すのは、翌日の収穫祭のこと。
事前に注文を受けていた品物は、今日までの納品で全て片付いた。
あとは細々としたものが足りないと当日に買い付けに来る者が居るくらいだが、あちらから出向いてくる上に量も例年大したことないので、ゴルドーが一人店番すれば事足りる。
よって、ユーリは収穫祭当日はフリーの身となったのだが。
「しかしなぁ、いくらしっかりしてるとはいえ、さすがに6歳の子を一人で祭りに放り出すのはな?」
「私がついて行ってあげられればいいんだけど、ユウナを置いては行けないし、連れていくのも無理だし……。」
フリーとはいえユーリが一人で出歩くのは心配らしく、当日どうするのか決めあぐねていた。
因みに話題のお姫様ことユウナは、二人が帰宅するより前に、既に夢の中だ。
食事を始めても、こうして同じ部屋で喋っていてもピクリとも起きない豪胆さは、生後間もない筈なのに中々の貫禄を感じる。
「あっ、そうだ!ライナ君が居るじゃない!彼と一緒だったら問題ないんじゃない?街の子だし、きっと上手いこと案内してくれるわよ!」
名案とばかりにリリィが手を叩くが、ライナの名を聞いた途端に物凄く不満そうな顔になった親バカが反論する。
「待て。ライナの奴だってまだ7歳だぞ?それに、そういうことするのはまだ子供には早すぎる!俺はまだあいつに娘をやるなんて認めませんからねゴッフォゥ!!!!」
「気が早いのはどっちなのよ……。それに7歳って言っても、貴方が2年間も鍛えた子なのよ?もうこの辺りの魔物に襲われたって大丈夫な位、強いわよ。エスコートには何の心配もないんじゃない?」
ヒートアップしかけたゴルドーの首筋に残像が霞むほどの速度で手刀を撃ち込んだリリィが、ゴルドーを無視してライナと出掛ける案を推し進めていく。
既にエリックの家にも連絡済みなあたり、最初から考えてたな?
ユーリ自身とゴルドーの預かり知らぬ所、母親同士のネットワークで、着実に外堀を埋められていくような感覚に少しゾっとしたが、子供なので気付かない振りをしておこう。
まだ未練がましい視線を向けるゴルドーをスルーして、リリィは話をまとめに入る。
「じゃあそういうわけで、明日の昼前にライナ君が迎えに来てくれることになってるから、ちゃんとお洒落して行くのよ?それと、これはお小遣いね。少し多めに入れといたけど、よく考えて使いなさいね。」
小さい麻袋を渡されて見てみると、確かに銀貨や銅貨がたくさん詰まっている。
二人して1日遊んでもおそらくは大丈夫な金額だ。
「ありがとう、母さん。大事に使うね!それじゃあ、おやすみなさい。」
明日は収穫祭。
町全体が参加する一年で一番大きな祭りだ。
実りの季節に行われる、一年の豊作を祝い、翌年の豊穣を祈る大切な神事でもある。
リリィに連れられて数回遊びに行ったことはあるが、自分とライナの二人だけで回るのはこれが初めてだ。
(冷静に考えてこれって……で、デート……に、なるのかな!?)
デートという単語が頭の片隅に浮かんだ途端、顔が赤くなって身体が火照ってきた。
「うぅ……どうしよ、寝られないかも……。」
興奮して眠れないかと一時は心配したが、生憎とその程度で眠れなくなるほど、ユーリの神経はか細く出来てはいなかったようだ。
結局、明日の服装はどうしようだとかアレコレ考えているうちに瞼が重くなり、あっさりと意識は夢の中へ沈んでいったのだった。




