96話 ジャスティスはこれからの情報に感謝する
神様の逆鱗にでも触れたか(当然)とでも言うようにして、ジャスティスたちの命を狙う賞金稼ぎの者たちがやって来る、来る。やって来る。そんな連日に彼はうんざりとしていた。
現在は木の上に登って、周りの様子を伺っていた。こういうときに必要なのは、空からの監視者である。つまりは、クロウを重宝していた。一方でイーザも死角からの懸賞金稼ぎの者たちを監視していた。
「追っ払っても、追っ払っても来るなぁ」
「まあ、身から出た錆だ。こればかりはしょうがない」
「一つ、気になるんだが……」
逃げ回ることが精いっぱいだったのか、気になることをすっかり忘れていたマリスはジャスティスの方を見た。彼は狙われているのに、のんびりと木に寄りかかっている。
「神様って力が強過ぎてこちらには来れないらしいけど、こちらに来れるようになったらどうするんだろ?」
「大丈夫だって。地上に来れないと断言……いや、待って」
『怒りの火山』でのとある逸話を思い出す。閉じ込められたのは魔王。その魔王を閉じ込めたのは神様。火の精霊ではない。火の精霊は山の管理である。決して魔王を閉じ込めたわけではない。そうとなると、何かしらの方法で自分たちの目の前に姿を現す可能性だってある。
逆に悠長に賞金稼ぎたちから逃げ回っている暇なんてないかもしれないのだ。ならば、そうしていられないとジャスティスが「行くぞ」と慌てた様子で木から降りようとするが――足を踏み外してしまい、下を通りかかっていた誰かを押し潰してしまった。痛そうな音と振動がこちらの方へと伝わってくるようである。
「ジャスティス!」
落ち方が頭から落ちた気がする。大丈夫なのだろうか、とそこから飛び降りようとするマリスに至っても――ジャスティスたちの上へと落ちてしまった。
「ぐえっ!?」
「いてて……ああっ、す、すまない!」
慌ててジャスティスたちから退く。彼は腰を強くぶつけたのか、そこを抑えるようにして「腰痛ぇ」と嘆く。
「おい、あんた生きているかぁ?」
ひとまず、下敷きになった人物に声をかける。なんとも運のないものよ。
「……木から降りるときはもっと下も見てくれ」
どうやら、反応は見せているらしい。二人に下敷きとなった人物が顔を上げると、三人とも驚きを隠せない表情を見せた。そう、その人物は中央の国の王都でクローズド・ポーカーで負かし、鳥楽園湿地帯でスカイハンターを共に討伐したイザイアだった。彼はお金でも手に入れたのか、以前よりいい装備をしていた。
「きみたち、ここにいたのか」
「イザイアか。見たところ、一人のようだけど……他の二人とはパーティーを解散させたのか?」
辺りを見渡してもリリノとレイシェルは見当たらなかった。
「そうじゃない。今の僕たちはただの休暇中なんだ」
休暇中、と聞いてジャスティスは羨ましそうな目で見た。だって、そうだもの。自分はこうして、命を狙われていて気が気じゃないのに。ずるい。彼はイザイアの肩に手を回しながら「いいなぁ」と羨望の眼差しを向けた。
「イザイア君は休暇中かぁ。羨ましいぜ。俺さ、命狙われているんだけど、代わりになる?」
「……もし、僕が懸賞金稼ぎの人間だったらどうするつもりだったんだ?」
「ほぉ? 俺をぶった切るってか? そのたっかそうな剣で」
ジャスティスは腰に提げられたいかにも高値の剣を見た。言うほど剣に目利きがあるわけではないのだが、上等な物であることはわかっている。
「だな。でも、初めて会ったときから何一つ変わっていないようだね。だから、僕が剣を振るったとしても、きみに勝ち目はないよ」
「言うじゃねぇか。事実を否定できないのが悔しいけど」
イザイアは「だが」と剣を取ろうとはせずして、ジャスティスの手を払い除けた。
「あくまでも僕が勝てるのはきみ一人だけだ。マリスが加わってくるなら、勝てない。というよりも、僕は複数相手には弱いんだ」
「でも、こいつには勝てるだろ」
そう言って、イザイアの目の前に持ってきたのはイーザである。現在、なぜかKIZETSU中である。どうしてそうなっているかというと、簡単だ。こちらもまた下に降りようとして、落下してしまったからである。よって、こちらはKIZETSUと言うよりも、気絶が正しい。
「なんだ、このタヌキは」
「一応、魔族だ」
「斬ってもいいのか?」
この場に魔族がいるとは思わなかったのか、抜剣した。その音がイーザにも伝わったのか、気がつく。ぎらり、と光る剣を見て「ひぇっ!」と情けないような声を出す。
「勇者君! 勇者君! きみの命を狙ってくる輩が目の前にいるぞ!」
「あ、気付いた」
「気付いた、って呑気に言うなよ! 恐ろしい人がいるじゃないか!」
「平気だよ。こいつは知り合い。一人で戦いに挑むようなやつじゃないことは確かだから」
なんて笑いながらジャスティスはそう言うも、イーザは「どこかだ!」と怒る。
「抜き身だろ! 剣抜いているじゃん! きみの目は節穴か! マリス、マリスにはこれがどういう状況かわかる!?」
マリスにも助けを求めた。だが、彼女はどうでもよさそうにしているようである。
「抜剣」
「当たり前の答え、つーか……あっしが求めてた答えと違う!」
「むっ、彼は安全なのか?」
状況とジャスティスたちの会話を聞く限り、危険ではない様子だと判明。だが、しゃべる動物なんているわけがないから、結局は魔族である。隙をついてジャスティスたちの寝首を掻くやもやしれん。
「ぶっちゃけ言うと、俺らが反逆することになった原因を持ってきたやつだ」
「待って! その言い方はあっしが悪みたいな感じにするの止めてくれる!?」
耳元で叫んでくるのが煩わしかったのか、ジャスティスはイーザを地面の方へと放り投げた。そして「こんな感じだ」と頭を掻く。
「多分、神様の言うことが正しいと考えるやつが多くいるから言う気ねぇけど……これだけは信じて欲しい」
ジャスティスはイザイアの目を見てそう言った。それに伴い、彼は抜いていた剣を鞘に収める。ここまで真剣なその気持ちをふいにする気はないのだろう。
「俺たちは世界平和のために動いていることだけは間違いない」
「そうか」
その言葉を信じているのかは定かではないが、一歩後ろへと下がった。
「ならば、僕が今から言うのは独り言だと思って欲しい。このまま北上すれば、間違いなく軍や懸賞金稼ぎ――保安協会の連中が待ち構えている。戦いを挑みたくなければ、北西にある山道を通っていけ。そこならば、手薄なはずだ」
行くべき場所があるならば、行くがいいとしてイザイアはこちらに対して背を向けた。
「これでも僕は恩義を忘れるような人間ではない」
「イザイア……」
「早く行くといい。追手は途切れるはずはないのだからな」
「ありがとう」
ジャスティスとマリスはイザイアに感謝をすると、北西の方へと行ってしまった。しばらくその場にいた彼であったが、そこへとリリノとレイシェルが茂みの中から現れてくる。
「本当はあいさつぐらい言いたかったんだけどなぁ」
リリノは残念そうに小さくため息をついた。それにレイシェルは「仕方ないわよ」と彼女ももの惜しそうにしている。
「私だって、彼らとお話したかったわ。でも、出てこれないと思うわ。ここはイザイア一人がよかったのよ。私たちが出てきたところで、戦いを挑んできたと思われたらば、嫌でしょ?」
それでも、とリリノはジャスティスたちが向かった先を見つめる。イザイアもまた、横目でそちらの方を見ているのだった。




