7話 マリスはよくわからずして決める
『最初の村』を経由して、その近くの町である『案内の町』にジャスティスは何度か来たことはあった。だが、これと言っても今まで用事はなかったが、今回は違う。
町の中央に佇む『保安協会』と掲げられた看板。ジャスティス及び、マリスはこの協会の施設に足を踏み入れた。中に入ると、カウンターと待合所みたいな場所があった。
「初めて入ったな。なあ、ジャスティス。ここはどんなことをするんだ? 戦うのはわかるが……」
マリスが小さな声でそう訊いてきた。そうだとしても、ジャスティスもまた初めてこの協会に入ったと言っても過言ではなかった。それ故にきちんとした説明ができそうにないからクロウ頼みにしようとも思うも、このようなところで彼がしゃべってみろ。魔族扱いされてやっかみを食らうだけだぞ。
だからこそ、「詳しいことは後でクロウに訊いてくれ」と保険をかける。
「ほら、近所に魔族が現れたから、怖い。ってことあるだろ? そういうときに役立つのがこの『保安協会』だよ。そこに退治してという依頼をして、入会しているやつが倒す。そして、倒したやつは報酬をもらえる。そういう場所だ」
「なるほど」
つまりは魔族にとっては敵とも呼べる団体。今のジャスティスよりも厄介な連中がここに集結しているわけである。
「入会の手続きは、カウンターのお姉さんに訊けばいいだろ」
絶対的確信はないにしろ、カウンターの向こう側にいる女性に入会したいと声をかけた。彼女はにこにこと笑顔を絶やすことなく「お二人方が登録でよろしいでしょうか」と二枚の書類を見せてきた。それに頷く二人。
「それではこちらの同意書をよくお読みの上、サインと拇印をお願い致します」
そう言われて、書類上の同意文を読むジャスティスは入会することに少しばかり後悔をし始める。なぜって、文書に彼にとって逃げ出したくなるような一文が記載されていたから。
『当依頼で死亡した際の保証は致しません』
逃げ出したくても、もう逃げ出せない。引き返せない。サインと拇印を終えたマリス。それにカウンターの上に乗っているクロウがさっさと記入と調印をしろ、そう圧力をかけてくるのだから。
――ええい、男ジャスティス! 腹を括れ! 俺は何者だ!? そう、勇者だ!! 多分!!
半ばやけくそで終わらせたジャスティス。氏名記入と拇印をするだけなのに、消衰しきっていた。
「はあ……」
その小さなため息に一人と一羽は聞かなかったことにした。
書き終えた同意書を回収され、そちらの待合所でしばし待てと言われて二人と一羽は適当な席に着く。
「これだけでいいのか」
他に色々とするものだと思っていたのか、マリスは物不思議そうにカウンターの方を見ていると「マリス」そう、ジャスティスが声をかけてきた。
「思ったけれども、魔法ってどこから出しているんだ?」
これでも町中に魔法使いはいる。そんな彼らは杖やアクセサリーより不思議な光を発して魔法を発動させているとは聞いたことがあるのだが、肝心のマリスはそうではない。見たところ、道具は見えないようである。彼女は「これだ」と革でできたポーチから赤色の魔石を取り出した。
「これは『魔石』だ。魔法使いの大半はこの石の魔力を基として魔法を生み出している」
「ふぅん? 杖とかアクセサリーにするとしないとだと、どう違うんだ?」
「それはただのお洒落さんだと思っておけばいい。別にそのように加工しなくとも、所持はしているのだから問題はないんだ」
「へえ。じゃあ、魔法使いの中で流行的な道具ってあるのかな?」
「じゃないのか? ボクはそういうのに興味ないから」
魔石を仕舞っていると「もったいないな」そう、ジャスティスが言ってくる。
「仮にも女の子なんだしさ」
「からかっているのか? というよりも、『仮』なんてつけなくともボクは女だよ」
「知ってるよ。ただ、眼帯していて、ワイルドな女だなとは思っているけど」
この眼帯の下のことについて突っ込んでくるか。少しばかり不安に思って警戒をしていると、カウンターで二人の接客をしていた女性がこちらへとやって来た。手には何かしらがある。
「お待たせ致しました。こちら、『保安協会の証』でございます」
そう言って二人に見せてきたのは保安協会のシンボルである剣と盾が誂えられたバッジだった。
「今後、保安協会での依頼を受ける際にはこれが身分証明となりますので、必ず装着してから受けてくださいね」
「わかりました」
早速バッジを着ける二人に女性はいくつかの書類を見せてきた。これが依頼書になると言う。
「もし、今から依頼を受けられるのであれば、こちらになりますね」
「ふぅむ」
数枚の依頼書を見てジャスティスは「他にありますか」と訊いてみた。
「できたら、報酬額がでかいのがいいです」
「そうなりますと……こちらでしょうか?」
女性が見せてくる依頼書に記載されている報酬額を見て、満足そうに頷く。
――よし、これらを受けて、すべてマリスに任せよう。そして、報酬を受け取るのだ。
その考え、なんとも最低最悪である。こんな頭の中はまだマリスとクロウには気付かれていないが――。
突如として依頼書を見ていたクロウが頭を突き出してきた。それはまるで止めろと言わんばかりの行動ではあるが、それ以前に地味に頭を突かれるのは痛い。
「な、なんだよ!」
もしかして、自身の企みがバレてしまったか。なんて思っていると「ばかですか」そう、ジャスティスにしか聞こえない音量で言ってくる。
「これらの依頼を受けるには依頼手数料がかかるんですよ?」
などと言われて、もう一度依頼書を隅々まで目を通した。そこで気付かなかったこと、報酬額が大きい依頼はこちらもお金を払うこと。しかも、所持金足りない!
「お、お姉さん! 依頼をするだけなのに、お金が必要なんですか!?」
「はい、そうですが?」
「えっ!? これって、俺たち会員が魔族を退治するんですよね!? それなのに!?」
「報酬額が大きい物はそれだけ、死と隣り合わせになりますからね。払う、という方は確実に依頼を達成できる方と見込んでなので」
この事実にジャスティスはひどく落ち込んだ。まさか、依頼手数料がかかるとは思わなかったから。一方で状況をよく把握できていないマリスは首を傾げるばかり。
「よくわからないけど、ボクたちができそうなのってどれなの?」
落胆が激しいジャスティスに代わって、クロウがテーブルの上にある依頼書を一枚引っ張ってくる。それを見せてきた。その依頼は手数料が無料で報酬額も一番低い物だったが――。
「じゃあ、これで」
ジャスティスに確認を取らずしてマリスは勝手に決めてしまったのだった。