72話 ジャスティスは自分がするべきことをする
空中、というにはいささか違う気もするが、そこを走っている気がする、とジャスティスは思う。氷の精霊が作ってくれた足場。自分がどこへ行きたいのかも、的確に理解してくれていた。
No.Tの場所まで後少し。その四将の視線の先には自分が捉えられているのもわかる。だとしても、自分にはこの氷の足場があるから怖いものなしだ、として突進する。
こちらへと突進して来るジャスティスにNo.Tは巨腕を振るってきた。あまりにも大きな手、それに彼は屈みながら避けた。見えない攻撃ではない。避けられ――いや、何度もやって来るではないか。かわすにかわせない。藍水でその腕を切り裂いた。ちっぽけな切り傷でどうにもならないだろうと言う考えはあったが――。
「腕が!?」
これが信念の器の魔石における本当の力だろうか。No.Tの巨大な腕は溶けるようにして、泥へと――地面へと落ちていく。その泥を他の魔族たちがもらい潰されてしまっていた。
「すげっ」
だが、泥にされてしまった腕だろうが、No.Tにとってはお構いなし。その腕でジャスティスに向けて潰しにかかろうとした。彼が避ける際に、蒼氷の刃が当たる。どろどろになった泥の腕は凍りついてしまった。
――なるほど、こうして攻略していけばいいのか。
完全に勝機を取った気分に陥っているのか、余裕の表情を見せている。このまま様子見なんてせずして、二つの短剣を屈指して魔動石を探そうとする。しかし、土巨人の腕を藍水で防ぐが、その反動で飛ばされてしまった。
人ってこんな簡単に飛ぶ物なんだな、と体勢を立て直そうとするが、足場はなかった。それ故に、クロウに助けてもらう。
「危ないところでしたね」
「おうっ、ありがとうよ」
クロウが助けに来てくれなければ、今頃自分は地面に落ちて人生終了になっていたのかもしれないと思う。その半面、どうして足場が作動しなかったのだろうかと疑問を持った。
氷の塔へと戻されて、気付いた。No.Tの周りに四つの氷の塔があることに。まさか、と思う。ちらり、と氷の精霊の方を見ると、彼女も「気をつけてくださいね」と言葉をかける。
「氷の足場があるのはこの四方の塔が囲う範囲だけです。それ以外は普通に足場もなく、落下しますよ」
「……早く、言ってくださいよ」
「それと、それらの短剣も手を離せば、足場がないということにも注意してくださいね」
「今、さらっと恐ろしいこと言いませんでした?」
ここでごちゃごちゃと言ってもしょうがない。ジャスティスは足場と二つの短剣に気をつけて、もう一度四将に向かって駆けた。
足を取ろうと、壊れた腕が来た。それに必死の形相でジャンプして乗り上がる。このまま一気に顔面へと向かえるかと思えば、大間違い。振り払おうとしてくるこのでかい腕。ジャスティスは振り落とされないように必死にしがみつくしかない。そのようなことをしていると、激しく嫌な予感がした。自分に大きな影ができたかと思えば、そこにはもう片方の手が。指はデコピンでもするかのような構えである。
「のうわぁあああ!?」
思わず情けない声を荒げながらも、藍水と蒼氷で手首から先を壊す。これだけで終わりなはずはない。
「ジャスティス殿! 走りなさい!」
クロウの言葉がなければ、自分は死んでいただろう。壊れた腕が壊れた腕に向かって激突。ジャスティスが立っている腕の足場が不安定に揺れ――氷の足場へと落とされてしまう。それに舌打ちすると、もう一度腕の方に乗りかかろうとするが、No.Tは地中の方へと潜ってしまった。
「なっ!? 逃げんなよ!」
どんなに声を荒げようが、魔動石で動いている土人形はこちらの言うことを聞くはずなどない。なぜにして、地面へと潜っていたのだろうか。そうあごに手を当てて考えていると――。
「危ないっ!」
クロウと氷の精霊の言葉よりも先に勢いよくNo.Tは地上へと現れた。壊れた腕を復活させながら。その衝撃で飛ばされるジャスティスはまた助けてもらうのだった。
土に潜ったことが原因か、その魔王軍四将は力を持て余すようにして、元気に腕を振り回していた。
「……じょ、冗談キツイぜ」
まさかの回復だ。こんなの、ちまちまと腕を壊していくべきじゃなかったのだ。それならば、どこを狙えばいい? 体か?
不本意ではある、としてジャスティスはクロウに「あいつの頭の上まで連れていってくれ」と言う。
「もう、そう言うことしかできそうにない。あれの腕に乗って攻撃を防いでいるようじゃ、回復される一方だろ」
「ジャスティス殿、このようなことを言いたくありませんが、No.Tの魔動石は人の心臓部分にあります」
そう聞いて、苦笑いするしかなかった。
「それって、下手すりゃ、採掘中に土の中に埋まるってことだよな?」
「そうです。生き埋めになる可能性が高いです」
だとしても、No.Tを倒せるのはジャスティスしかいないのだ。ただの剣が、ただの一介の魔法が魔動石を破壊させるのは不可能だから。だが、やらなければ、だれがするのだ?
珍しくも真剣な面持ちで「クロウ」と呼びかけた。
「頭まで連れていってくれ」
ジャスティスは一つの可能性に賭けることにした。それを承知したかのようにして、クロウはNo.Tの頭部へと彼を運ぶ。そこへと降り立つと、二つの短剣を用いて、土を掘り起こし始めた。一か八か。やるしかないのだ。真正面から言ったところで、腕攻撃が来るのが目に見えている。ならば、何も考えずして、掘れるここしかないのである。
今、自分がどの部分にいるのかはわからない。ちらり、と空を見上げると、入ってきた穴は小さかった。まだ地面に潜る気配はなくとも、急がなければ。
掘り起こせ、掘り起こせ! まだまだ間に合うのだ。他のみんなはこの魔族以外と戦っている!
ジャスティスが掘りに掘っていると、地響きが鳴った。下に落ちている感覚がするのだ。
【生き埋めになる可能性が高いです】
クロウの言葉が嫌に頭にこびりついてくる。最悪は避けたい。急げ、とジャスティスはそれでも掘っていく。自分が何をしているかなんて忘れてしまうほど、急ぐ。きっと、もう少しなんだ。もう少しなんだ。それだからこそ、彼は諦めようとしなかった。それは入口から光が見えなくなってきても、大量の土が押し寄せてこようが――。
「ジャスティス殿!!?」
クロウの叫び声がその場に響き渡る。その大声は山の峠付近で戦っていたマリスの耳にも届いた気がした。彼女が首元にしていた青色のペンダントがきらり、と光る。




