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オイシイところをいただきます  作者: 池田 ヒロ
第十章 常識に捉われない、非常識な選ばれし者
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66話 ジャスティスは非常識な選ばれし者である

「聞くけど、ジャスティスはどうして魂の力を解放したいんだい?」


 もう一人のジャスティス――幻影が大きく拳を振るってくる。自分はその攻撃を避けるか、翠風で防ぐだけ。話なんて悠長にしていられるか。相手の一撃が重たいのに。


 そう、目の前にいる幻影は自分とは正反対の人物。それ故に弱いジャスティスとは違って、素手でさえも強いに決まっているのだ。手加減なんてして、と言ったところで許すはずもないだろう。真逆なのだから。


「決まってんだろ! 魔王を倒すためだよっ!」


 動きを見切って回避するだけで精いっぱい。幻影の質問に律儀に答えようとしても、体が疲れてきて仕方がなかった。独りでの戦闘だなんて、初めてではないだろうか。いつもはマリスやクロウたちがいたからなんとかなっているが――。


 ここまでに自分と言う存在は弱いのか。


「なるほど。それは俺も同意見だ。だからこそ、嘘をついているな?」


 右の拳が来ると思っていたら、左の拳がジャスティスの腹へと打ち込まれた。思わず、その場に立っていられないほどの衝撃痛が腹を中心に走る。


「わからなければ、何度だって言ってあげよう。俺はジャスティスとは反対の性格を持った幻影だ。『俺自身』が魔王を倒したい、だなんて考えがある時点で、ジャスティスはそう思っていないはず」


 そうだろう、と幻影は攻撃をしてこない。むしろ、身構えを解いていた。ジャスティスは痛む腹を押さえながら、槍を杖代わりにして立ち上がった。未だとして、その痛みは治まりそうにない。


「なあ、ジャスティスが考えていることは、魔王を倒したくない。だろ?」


「……そいつを倒さないと、世界中は救われない」


「そうだ。だけれども、それは俺の意見だ。本当は世界がどうなろうがいい、自分さえよければいいだけの独り善がり者のはずだ」


「けっ、言ってろ。偽善者ニセモノ


 物見事にジャスティスの挑発に引っかかる幻影。その表情は憎悪がある。いつもの自分であるならば、挑発はそこまで気にすることはほとんどない。それ故の反動か。


 拳が柄にぶつかる。


「偽者はどちらだ。選ばれし者の偽者め」


「ンだよ、お前は本物の選ばれし者だって言いたいのか?」


「自覚はしているだろ。世界中の人々が思う勇者像とやらを。勇気、優しさ、謙虚、愛だ」


 もう一人のジャスティスは真顔でそう言いながら、もう一度拳をぶつけた。


「ひえぇ……よくもそんなクサイ台詞を俺の顔をして言えるよな?」


「勘違いしないで欲しい。勇者とはほど遠いジャスティスが疎まれているのはそれらがないからだ」


 拳撃を翠風で防ぎながら「要らねぇだろ」と苦笑いをする。


「それだけで世界が救われるくらいならば、俺は天に祈りを捧げるだろうよ。犠牲になった人に祈っているだろうよ」


「……ふむ。自分とは正反対のジャスティスの意見だ。聞く耳は持とう」


 そう言うと、攻撃を止めてこちらの方を見てきた。


「わかっているのにか?」


 一方でジャスティスは構えは止めない。


「本当は不本意だが、ジャスティスにとってはラッキーとでも思っているんじゃないか?」


「流石は俺。見透かされてんなぁ」


 幻影は「さあ」と言うと、あごでこちらを差した。


「なぜ、選ばれし者なのに世界的な勇者像を否定する?」


「俺としては、逆にそのクッサイそれらを大事にするお前が気になるんだけど?」


「いいよ、教えてやろう。勇気とは怖けつかないこと。ついてしまえば、そこで魔王は倒せない」


「はぁん」


 教えろ、と言っているのに理由を聞いてどうでもよさそうにしているのが腹が立つな、と思った。それでも、幻影は言葉を続ける。


「次に優しさだ。勇者であるならば、優しさを持つのが当たり前だから。誰にでも優しくしなくてはいけない。そして、謙虚。これも優しさと同様に必要。似た物のようで、似ていない」


「へぇ」


 聞き飽きたな、とでも言うように欠伸を掻く失礼なジャスティス。少しばかり、こめかみに青筋を立てる幻影は「最後に愛だ」と言う。


「誰かのために。それこそが愛だ。魔王を倒すに必然的な存在。愛さえなければ、誰かを守ることはできない」


 だからこそ、必要だ、と言い張る幻影にジャスティスは――。


「くだらねぇ」


 本気でばかにしたような顔を見せた。その発言に眉の端を動かす。


「だから言っているだろ。それらで魔王が倒せるって言うくらいならば、俺は天にでも祈る、と」


「それらがなければ、魔王には立ち向かえないぞ」


「逆にそれがなければ、お前は『そこまでの勇者』だったってことじゃねぇの?」


「…………」


「聞け、俺はそれらがなくても魔王を倒してやる。ここに断言してやる。嘘じゃない」


 黙ってジャスティスの話を聞く。


「第一によ、恐怖心があるからこそ勇気ってものは存在するんだよ。そんな物を捨てるのは勇気じゃない。ただの無謀だ」


「無謀だと?」


「優しさも謙虚も同様だ。お前が言いたいのは魔王以外に優しくするってこっとだよな? 逆に差別的じゃないか? それに悪く言えば優柔不断だし、何より謙虚を掲げている時点で矛盾しているぞ」


 ジャスティスはそこまで言うと、鼻で笑った。


「つーか、愛って……アホくさ。誰かを守るだって? 残念ながら、俺はそれを無視する。まず、自分を守れなければ、誰も守れねぇよ」


 だからこそ、自分のために戦う。誰かのためではなく、己のために。


「なんで俺が知らない、会ったことないやつを守らなくちゃいけねぇんだ? そんなことしているくらいならば、俺はマリスの後ろに逃げるさ。じゃなきゃ、死ぬからな」


 今更ながら、自分が誰かのために戦うなんてありえない。最低だと思うかもしれないが、それがなんなのか。元より、色んな者たちからクズ呼ばわりされたり、名前負けしていると言われている。そんな救世主や勇者がいたとしてもおかしい世の中になってきているのだから。


「常識にすがったところで世界が救われるくらいならば、この世は平和に満ちているだろうよ」


 そう言うと、翠風を強く握り、突攻撃をかました。不意打ち、とも言うべきか。いや、これこそがこの人物のスタンス。卑怯的なやり方さえも厭わない。




「俺は神様に選ばれた常識に捉われない、非常識な選ばれし者だ」

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