42話 ジャスティスは甘いのが苦手である
『兵達夢跡』の地下から出てきたジャスティスたちは入り口の石板にあるバングルを回収した。マリスの両親の形見ということもあって、彼女は自分がこの失った町の出身者であるということを理解する。
自分が人間だとは当然知っていた。両親が死んでいることも知っていた。この遺跡の歴史についてはクロウからも聞いている。ということは、だ。魔族たちはこの町を攻めてきて――。夕暮れの空を見た。悲しい風が辺りを漂わせているようである。
「マリス? どこに行くんだ?」
もう夜は来る。だからこそ、野営の準備をしなくてはならない。この遺跡の近くに町はないからだ。次の町までの食料を買い溜めしているからいいのだが――。
「ちょっと、そこら辺を散歩してくる」
マリスはそれだけ言い残して独りでに何もない遺跡を歩き回り始めた。最初にここを歩いていて、デジャヴを感じていたのは記憶にあるから。だとしても、物心ついた時から魔王の下にいた。ということは、自分が赤ん坊の頃にここを襲われて――。
――でも、どうしてなんだろう?
魔王及び、魔族は人間を嫌っている。それは逆に人間もである。だからこそ、気になる。どうして魔族たちはここを攻めてきたときに赤ん坊であった自分を殺さなかったのか。
「何を考えてらっしゃるのだろう?」
マリスがそう呟いたときだった。「それは魔王様のことか」と上の方から声が聞こえてきた。近くの木の上を見ると、そこには頭につの、背中に翼を生やした人のようで人ではない何か――そう、魔族がいた。妙にカッコつけて座っているのは気のせいではない。
「久しいな、マリスよ」
「No.Vか? なんでここに?」
相変わらず、キザだなと反応に少しだけ困りを見せていた。そんな表情は悪くない、としてNo.Vは真っ白過ぎる歯を見せてくる。鬱陶しいほどに綺麗なのはちょっとだけムカつくが。
「なんでって、決まっているだろう? 魔王軍四将の一人であるこの私がわざわざ出向いてきたのだ。もちろん、『鍵』のかかった魂を持つ人間に関連することさ」
「ジャスティスを倒しに来たのか? それならば、ボクがいるのに」
まさか、とは思いたい。自分は魔王に見捨てられてしまったのか、と不安になる。
「ははっ、マリス。そうではない。きみに協力してもらいたいのだよ」
「協力?」
「私の魔王様の命令は『鍵』のかかった魂を持つ人間が手に入れたと噂に聞く『風の魔石』と『信念の器』の破壊だ。だが、私が出たところで戦いに勃発するのは少々煩わしい。だからこそ、その人間と共に過ごしているマリスに頼みたい」
「あいつからそれらを奪い取れ、と?」
「イエス。マリスならば、できるだろう? 魔王様に忠実なる下僕としてなら。期日は明朝だ。それまで、ここに持ってくるか、自分で壊すかだ」
No.Vが「できないことではないだろう」とマリスに言い寄ってくる。
「多少、人間臭が染みついてはいるが、これもやつに近付くための策であると解釈しておこうではないか」
「に、人間臭?」
そんなに、におうのかと試しに自信を嗅いでみるもわからなかった。
「まあね。前までのマリスの人間臭は僅かながらもしていたけど、どちらかと言うならば――魔族に近いにおいだった。それでも、ほんの少しは魔族臭は残っているようだね」
「確かにボクは人間ではあるけれども、魔族の味方だぞ」
「そうかい?」
「というか、その魔族臭ってクロウのにおいじゃないかな? いつも一緒にいるから」
「おや、クロウ卿は最近見ないと思えば。マリスと共に過ごしていたんだね」
「一応魔王様に説め……案内役としてね」
それならば、話は早い。何かを確信したかのように、No.Vは頷くとこちらの肩に手を置いた。
「お目付け役としての彼ならば、安心だ。マリスよ、明日を楽しみにしているからな」
No.Vはにっこりと微笑むと、翼を広げて飛び去ってしまった。羽が舞い散る中、なかなか戻ってこないマリスを心配してジャスティスとクロウがやってくる。
「おう、マリス? そろそろ夕飯にしようぜ」
「えっ、あっ。うん? もうそんな時間か?」
「そりゃ、そうだろ? 真っ暗の中で飯食べていても、魔族が襲いかかってくるならば食えたもんじゃないし」
「マリス、今日の夕ご飯はグレイントーストとフルーツジャムですよ。甘いの好きでしょう?」
「そっちはマリスとクロウ専用な。俺はチーズで食べるから」
それと、今夜の拠点は築いているから、としてそちらへと行くように案内をする。クロウは肩へと乗ってきて地面に散らばった羽を見て「彼ですか?」とささやいてきた。
「この灰色の羽は、と思いますけれども」
「No.Vが来た」
「何か言われましたか?」
「『風の魔石』と『信念の器』を壊すか、持って来い、と」
「……マリス、それはあなたが決めることですよ」
そう言うと、肩から羽ばたいて地面へと降り立った。
「言ったでしょう? 私は歴史的瞬間を目撃する傍観者である、と」
その言葉にマリスは立ち止まった。
「これは私でもNo.Vの物語として動いているわけじゃない、あなたが動かそうとする物語なのだから」
グレイントースト・・・22話と26話に出てきたこの作品の世界での発酵していないパンみたいなもの。ちなみに中央の国でのグレイントーストのお供のランキングでは1位がジャム、2位がチーズ、3位がビーンズペースト (豆をすり潰してペーストにしたもの)、4位がクリームスープ、以下その他である。




