3話 マリスは『鍵』のかかった魂を持つ者を見つける
「突然すまなかった」
そう言うのは眼帯をした年下の少女。彼女が座る席のテーブルの前には空になった深皿がある。
「いやいや、行き倒れは気分がよくないからなぁ」
その謝礼に答えるのは何もしていないジャスティスの祖父である。彼はそれに戸惑いながらも青果店で購入した果実を頬張っている。あの黒いハトから来る胸騒ぎはこの子のことだったのか。
「なんせ、こんな温かいご飯を食べたのは一ヵ月ぶりだったので」
「それじゃあ、お嬢さんはこの一ヵ月間は何を食べていたのかい?」
「木に生っていた果実や野草、かな?」
何があってそんな仕打ちになるのだろうか、とジャスティスの祖父は憐れみの目を向けた。だが、少女にとってはその目はあまり嬉しくない。可哀想。その言葉が嫌いだから。しかし、彼女はジャスティスが気になる。自分を助けた人間であるのにこれっぽっちもこの老人のように憐れんだ視線を向けてはこないのだから。ただ単に珍しいな、と彼の方に向けた。二人の視線は合う。
「…………」
「…………」
二人は互いに何かを言いたくても、何も言えない。
ジャスティスの祖父は会話が途切れ、気まずい空気が耐えられなくなってしまったのか、勝手に自室の方へと行ってしまった。残される二人はどうしたらいいのかわからない。何か話題を作った方がいいのだろうか、と少女に声をかけた途端、家の窓に一羽のあの黒いハトが降り立った。
今更ながら果物を狙ってきたのだろうか。残念ながら、それはもう自分の胃袋の中である。何もあげられない。少女はそのハトの方へと席を立った。何やらそれに話をしている様子。もしかして、彼女のペットだろうか。なんて考え事をする。彼女たちの声はこちらまで聞こえはしない。いや、会話というより腹話術か。
そう考えるジャスティスであるが――実際は違うのである。
「おそらくではありますが、彼こそがでしょう」
「そんなの、わかるの?」
「先ほど、ご尊顔がわかったと、彼らがこちらに向かっているようですよ」
「そ、そんなのってあるのか?」
「偶然は存在するんですよ」
なぜか驚いた様子でしばらくの間こちらを見てきた。そして、少女はこちらの方に歩み寄ってくる。二人との距離は近い。彼女が語るのは何か。
「『鍵』はどこ?」
唐突にそう言い出す。ジャスティスの混乱は余計に拍車がかかった。
「なんだよ、鍵って。神官が聞いたお告げの救世主じゃあるまいし」
「それのことだ」
今度はジャスティスが目を丸くして驚く番となる。
「……ちょっと待ってよ。俺が『鍵』のかかった魂のやつだとでも言うのかよ」
「じゃなきゃ、こうしてきみにこんなことを訊ねたりはしない」
もっともなことを言われた。少女はしつこくもこちらに『鍵』の在処を訊いてくる。
そもそも、自分が『鍵』のかかった魂の者だなんて初めて聞いた。当然『鍵』がどこにあるのかすらも見当はつかない。ジャスティスはそのことについて少女に説明をすると、あまり納得がいかないような表情を見せつけてくる。
「嘘つかないで。どこに隠している? きみのベッドの下か? それともポケットの中か?」
それを出せ、と無茶ある要求を提示してくる。
「知らない物は知らないんだ。変なことを言わないでくれ」
まずは少女を冷静になってもらわなければ、と落ち着かせようとしたときだった。頭の中で男なのか、女なのかわからない声が聞こえてきたのである。
「え?」
――……は……。
空耳ではないようだ。気のせいで済まされるほど、頭に響いてくるはずはないのだから。ジャスティスはその声に傾聴する。
「…………」
――そなたの魂の力を解放する『鍵』の場所は――。
少女の言うことは本当だった? いや、これは空耳ではないだろうか? そうだとしても、理解しがたい状況がこの奇妙な空気の中へと入ってくる。だが、最後までは聞こえなかったにしても、魂の『鍵』という言葉は聞こえた。視線を虚空に送っていたジャスティスに彼女は「どうしたんだ」と訊いてくる。急に静かになるものだから、戸惑っているのだろう。
「もしかして、『鍵』の在処を思い出そうとしているの?」
「いや、違うけれども……それよりもきみは一体誰なんだ? なんで俺のことを『鍵』のかかった魂の持ち主だってわかったんだ?」
そう訊ねると、少女は窓辺にいる黒いハトを家の中へと招き入れた。彼女はそれを腕に止まらせる。
「ボクはマリス。『鍵』のかかった魂を持つ者を探していたんだ」
その発言に茫然とするジャスティスのもとに家のドアがノックされた。その音を見て、少女――マリスは「来たね」と言う。一体何が来たのか。
状況を上手く把握しきれていないジャスティスが家の玄関を開けると、そこにいたのは灰色の装束をまとった数名の人物たち。彼らこそ、『鍵』のかかった魂を持つ選ばれし者についての予言をする者たちである神官だった。なぜに彼らが自分の家に? と困惑していると――。
「この世界を救ってくれる、救世主よ」
ジャスティスの頭の中はすでに外から来た情報処理にパンク気味であった。