37話 マリスはこういうときだけ魔法がパワーアップする
ジャスティスは神様のお告げを聞いて何も考えられなかった。
そう、何も考えられなかったから。その考えすらも忘れてしまおうとあやしく輝くようにして設置してある看板のお店へと行こうとするものだから、クロウが体当たりで止めた。周りに誰もいないことを確認すると「アホですか」とため息混じりに言う。
「いや、本当に何をしているんですか」
数時間前と言い、先ほどと言い、欲求が溜まっているのか。
「今日聞いたことをすべて忘れようと思ってだな」
「勇者が『お告げ』を忘れようとするってどういうことですか。大切なお告げでしょ? それを聞かなかったことにしようとするなんて初耳ですよ」
「……いいんだよ、忘れてよ」
よくない、と指摘をするクロウはさっさと宿屋に行かせようとしてくる。
【彼女はそれの生き残りである】
昼の神様の言葉が気にかかってマリスのもとへと行きづらい。ぎくしゃくとした関連性を持ちそうで逆に嫌だ、と思う。そんなことにジャスティスが苛まされていると、何かを察知したクロウは「どうされましたか?」とどこか心配そうにしていた。
「もしかして、神様を怒らせてしましたか?」
「……いいや」
「それとも怒られましたか?」
「それは限りなく、さっきの質問と同じだけれどもな」
そうじゃない、と言うか、言わないべきか迷った。あまりマリスは自分の過去を語りたくないようにも見えるし、何より、自分自身だって同じだ。言いたくない秘密はあるのだから。しかし、そうであろうとも次の目的地である『兵達夢跡』が彼女の生まれ故郷なのである。
ジャスティスはクロウの方を見た。彼は首を捻って自分が口に出すことを待ち侘びているようである。周りを見た。マリスが近くにいないかどうか、と町の人たちがいないかどうかである。
ややあって、口を開く。
「マリスのことなんだけれども」
「彼女がどうされましたか?」
「神様から聞いた。俺たちの次の目的地『兵達夢跡』っていう遺跡がマリスの生まれ故郷だって」
「……ふむ、その遺跡の歴史については神様から聞かれているでしょうか?」
「うん。あいつが生き残りだって。……クロウさ、マリスと一緒にいたんだから、わかるかどうかわからないけれども、あいつはそのことを知っているのか?」
できたならば、知らないと言って欲しい。気まずい空気は好きじゃないから。ここで自分の両親が死んだんだ、というエピソードを聞かされたあかつきにはそこにあるかもしれない『信念の器』を手に取りにくいから。
その質問にクロウは「そうですね」と妙に長い沈黙を置くと――。
「知らないと思いますよ」
「そうなのか?」
「あの子も多くは語ろうとはしませんけれどもね。それでも私が聞いたことあるのは物心ついたときから育ての親と一緒だった、と。魔法もその人たちに教えてもらったそうですよ」
「へぇ、そうか」
一応は安心したのか、胸をなで下ろすと、宿屋の方に向かって歩き出す。ジャスティスの頭の上に羽を休めているクロウは「そう言えば」と何かを思い出したようにして言った。
「ジャスティス殿のご両親はご健在なのですか? 家にはご祖父殿しか見当たらなかったのですが」
その問いかけに彼ジャスティスはまごつかせる。何かあるな、とわかってはいても言及するべきなのか、しないべきなのか。
「……うん、まあ……生きているんじゃないの?」
「どういうことですか?」
生きている可能性がある、というその言葉が気にかかって仕方がない。
「あぁ、あれだよ、あれ。二人ともオメデタ頭でさ。今頃は楽しくどっかで暮らしているんじゃないの?」
何かが引っかかるその物言いは、これ以上は訊かないでくれと言っているようにも聞こえた。それ故にクロウは「そうですか」となんとも言えない様子で返事を出す。そして、これ以上ジャスティスの両親についてあまり訊くべきじゃないのかもしれないとして聞かなかったことにしておいた。
「よーし、今日のことをすべて忘れるために……」
だからこそ、と宿の方に向かう足を止めたジャスティスはクロウに先に戻っていてくれ、と指示を仰いだ。
――綺麗なお姉さんに慰めてもらおーっと!
今はマリスが見ていないからいいや、という精神のもとでいかがわしいお店の方へと行こうとするも――。
「今日のことをすべて忘れるために、何をするって?」
あのお店がある路地前で腕を組んで立ち、氷系の魔法を構えているマリスがいた。
「ま、マリス!? なんでこんなところに!?」
「二人の戻りが遅いから来てみれば、だよ」
どうやら、ジャスティスがここでは紹介できないお店へと行こうとしたところだけを見られてしまったようである。これに腹を括ったのか、彼はその場から逃げ出した。お店に行くより、マリスに謝るより、自分の命が大事だと言わんばかりの逃走劇。正直な話、彼女の足はジャスティスよりも遅いのは知っているし、魔力はあっても体力があまりないことも知っている。それ故の余裕さがあったとしても――。
「…………」
マリスが形成した土人形によって捕えられてしまった。首根っこを掴まされて、宙ぶらりん状態のジャスティスは諦めた様子で不敵に笑みを見せている。これでは逃げることすらも不可能だぁ! と自慢ではないが、自慢げに得意がっている。
掴まって早々、マリスに「さて」と絶望の尋問が始まろうとしていた。なぜって、明らかに土人形が自分を掴む場所を変えてきたから。片方は胴体であっても、もう片方は右腕を掴んでいるから。
「きみは今日のことをすべて忘れるために何をする気だったのか、教えてくれないか? どこのお店で、いくら使う気だったのか」
「うーん、返答次第では俺の腕を引き千切る勢いだよね」
「だからなんだ、答えろ」
「あのさぁ、それが当たり前みたいな言い方するの止めてくれない?」
そもそも腕持っていかれてしまったならば、魔王を倒すどころか『鍵』すらも探す旅に出られない。マリスになんとか解ってもらおうと、必死に説得した。
解放されるのにしばらく時間はかかったが、一言発する度に土人形が右腕を掴んでいる手を強めていたことが一番の恐怖だったと後に語るのだった。
――いや、それよりもあの厄介魔族 (メタルイーターとマスィヴクラッシャー)の戦いのときにこいつを出せよ!!




