33話 マリスは風の精霊に警戒する
人に変化が見られたとしてもすぐにすべてが変わるとは限らない。そうマリスは思う。そんなことを考える彼女の傍ら、クロウはジャスティスの頭の上に乗って小さくため息をつく。そして、何より彼は――。
「ジャスティス、歩きにくいんだけれども」
マリスの背後に回り込んで、肩に手を置き、まるで盾にしているかのようなことをしていた。この光景、いつものジャスティスで変わりないことはある種で安心できるが、鬱陶しいのが現実。
「ばっか、今の俺たちの一番の戦力はお前に尽きるんだぞ」
「だとしても、きみはアビたちから代わりの武器をもらっているだろうが」
「武器ぃ!? マリスさんはこれが武器だとおっしゃるんですかぁ!?」
そう言う手の平にはたくさんの石つぶてが。ここにスリングショットの本体があれば問題ないのだが――それではなく、弾しかないのである。
「こんなもん、そこら辺で拾える物じゃねぇか! そこら辺で適当に石を拾って投げるようなものだろうが!」
「そう思うくらいならば、受け取らなければいいのに」
もしくは捨てればいいものを。喚くジャスティスに呆れた様子のマリス。彼は律儀に受け取って自身のバッグの中に入れているのだ。もはや、ただの重りを持ったトレーニングに過ぎない。
「いや、持っておくよ」
要らない、と文句垂れていた割にはそう言った。
「探して投げつける動作よりも、鞄の中に手を突っ込んで投げつける方が早いし」
「それはもっともなことで」
「何を言っているんだ? こうしてボクの後ろに隠れているだけならば、その動作ができないだろうに」
ここで二人はクロウの方を見た。彼らの視線に気付き「どうされましたか?」と首を捻った。
「何か私の顔についています?」
「いや、さっきクロウがジャスティスの意見に珍しく賛成していたじゃないか」
「え? 私は何も言っておりませんよ? むしろ、マリスの言うことが正しいと思っていますが」
「まるで勇者は正しくないことを言っているようだね」
今度はマリスとクロウがジャスティスの方を見た。これに「なんだよ」と困惑する。
「今のは俺じゃないからな。つーか、俺が言ったら悲しいから」
だとするならば、まさか? 怖けついたジャスティスはバッグの中に入れていた石つぶてを取り出して頻りに辺りを見渡す。どこだ? どこにいる、魔族は。もちろん、マリスたちも警戒する。誰だ? 先ほど口を利いていたようだが――クロウのようにして言葉がわかる魔族なのか?
「で、出てこい!」
相手はマリスがする、とすべてを擦りつけるジャスティスに睨みを利かせていると、笑い声が聞こえてきた。周りから聞こえてくる。一ヵ所からではない。ややあって、二人と一匹の前に現れたのは薄い緑色の髪と目を持つ精霊だった。彼らの周りに柔らかい風が舞う。その精霊はじっと物珍しそうはクロウの方を見ていた。
「ほうほう、珍しいね。魔族と旅をしているなんて」
「一応クロウは人間の味方、だからな。って、お前誰だ? 魔族?」
見たところ、敵対心はないように見える。だとしても、油断はできない。急に豹変してしまったならば、対応できないから。ジャスティスのその質問に「違うよ」と得意げに精霊は言う。
「俺は風の精霊さ。風の噂で『鍵』のかかった魂を持つ者がこちらに向かっていると聞いてね」
「それで俺たちを待ち伏せしていたと?」
「そうそう。名前負けした勇者のご尊顔はどんなのかなって思っていたところさ。ふむふむ、なるほどぉ。確かに武器がそこら辺の石ならば、残念系と思われても仕方ないよねぇ」
「ンだよ、わざわざ煽るためかよ。俺の顔を見たって、どういう人物像か知らんだろうが」
ジャスティスは怒ろうとはせず、ズボンのポケットに手を入れて浮遊している風の精霊にツッコミを入れた。鋭い指摘だな、と思いつつも「よくわかったね」と答える。
「勇者の言う通り、俺は人の顔を見て性格までは知らないよ」
「けど、お前が風の精霊ならば、俺の性格ぐらいは『風の噂』とやらで網羅しているんじゃないの?」
「なるほどねぇ。どうやら『今回』の勇者は頭がいいのか」
「頭がいいというより、ずる賢いと言った方が正しいですよ」
クロウの横入り発言に納得しているかのようにして、マリスが大きく頷く。それに歯を立てていたが、風の精霊の言う『今回』という単語が気になった。
「なあ、『今回』の勇者って? 前にも俺みたいな人はいたのか? やっぱり」
「もちろんだけど、神様はそのことについて言わなかったみたいだね」
「知っているのか?」
「知っているも、何も神様だしね。前回までの勇者たちは『鍵』を開けることができずして、魔族たちに殺されている。多分、そろそろ魔王もそのことは十分に理解をしているんじゃないのかな?」
風の精霊はマリスの方を見た。彼は自分たちのことについて知っている様子。いや、知らないわけじゃない。ジャスティスの言っていた『風の噂』は世界中どこにいても、どんなに機密事項であろうともバレてしまう。
そう、自分たちが考えていることすべてを風の精霊は知っている。いや、もしかしすると神様だって知っている可能性がある。このことを魔王は存じ上げているのだろうか。
「…………」
やっかみを食らう前にその存在を消すか? それとも風の精霊とやらは彼以外にいる可能性があるか。
「ふーん。俺としては魔王だけじゃなくて、魔族全員にそれを知ってもらいたいけどね」
「えぇ、どうして?」
「決まっているだろうよ。俺が貧弱であればあるほど、魔王たちは俺に見向きもしなくなる。そうして、気付かれないようにすれば勝てるくね?」
「『風の噂』って本当だったんだね。そんなことを考える勇者なんて初めて見たよ」
「よせよ、照れるだろうが」
それは褒め言葉ではない。ジャスティス以外の全員は心の中でそうツッコミを入れた。
「そんで、風の精霊は残念系勇者の顔を見て煽るがためだけに現れたのか?」
「いいや? っと、その前に。はい、これ」
風の精霊がジャスティスに渡してきた物は薄い緑色の透明感ある石だった。
「なんだこれ?」
「それはね、『風の魔石』さ」




