32話 ジャスティスは好き勝手にやると決める
「マリス! 戦いに集中しろっ!!」
珍しく、ジャスティスから叱咤の言葉を受ける。そんなことはわかっている。だからこそ、自分がしなければならないことはあるのに、何もできやしない。
おかしい。魔族たちは毎日と見慣れているはずだなのに。同胞を殺したくないから? いや、そんな気はあっても全くではないはず。ジャスティスを見つけるまでの間、事情を知らない魔族たちに襲われたことは何度かあるから。彼らは同族を殺し合う仲でもあるのだから。
戦いに集中しなくてはならないのに、頭の中には鉄の山での出来事がフラッシュバックしてきていて、邪魔をしてくる。魔法を撃たなければならないのに。近くではアビがこちらに声をかけながら、スリングショットを撃っている。
「マリス! 魔法を撃ってくれないと、俺らに勝ち目はないよ!?」
アビもまた、ジャスティスの剣の捌きを見て判断していた。自身の武器は相手に向かって弾を当てる程度。魔法よりも、剣よりも遥かに殺傷能力は低い方である。近接ではないにしろ、自分たちの頼りとなるのはマリスの魔法なのだから。
「わ、わかっている!」
もう一度、突進が来る前にして炎系の魔法を作り上げた。今度は先ほど当てた物よりも大きい。しかし、これがマリスの最大魔法ではないことをジャスティスは見抜いていた。焦りが見える、普段とは違う彼女の様子。
「チッ! アビぃ! 攻撃を止めるなっ!」
この魔法攻撃であってもマスィヴクラッシャーは倒せない。二人のもとに突進して来るやつを追いかけるようにして、ジャスティスは尻尾を掴むと体の上に乗った。眼前には火の魔法が。
「じゃ、ジャスティス!?」
「黙って見てろっ!!」
今度こそは油断はしない。魔法に飲み込まれる勢いでしなければ食べられてしまう。両手に力を込め、暴れ走る魔族の脳天目掛けて『心の剣』を突き立てた。そのせいでマスィヴクラッシャーは立ち止まると、奇声を上げながら頭を振り払おうとする。それを手放すか、と必死で柄から手を離そうとしなかった。
迫りくる火の魔法。いや、これでいい。このまま――。
巨大な魔族と共に炎に包まれるジャスティスは苦痛の表情に満ちていた。それでも剣を手放すか、という執念でまだしがみついていられる。ここまで苦しい物とは。ここまで痛い物とは。
【それは人の成長を促す役目でもあるのだ】
鉄の都で聞いた『お告げ』。すべてを理解したわけではない。少なくとも、この剣を使ったときはマリスを助けたいという思いがあってこそ。今回もそうだ。なぜかいつもの彼女ではないから、戦うことにためらいを見せているから。
それで動かされているのだろうか。この考えを持って行動することが正しいとは限らない。元より自分の性格自体が勇者として疑わしいものであることも十分に理解をしている。
それならば、である。数々の言行がまだ未熟であり、脆弱とでも言うならばそれでも構わない。自分の考えを優先して重要なことにそっぽ向いて、許されなくても構わない。選ばれし者として相応しいやり方ではない、と批判を仰ぐのであれば、どうぞお好きなように罵ればいい。罵倒すればいい。それを喜んで受け入れようではないか。気に入らなければ、好き勝手にすればいい。自分だって、好き勝手にやっているから。
心の成長がなんだ。選ばれし者がなんだ。結局は『人』であることに変わりないだけではないだろうか。握る手を強める。それにつられるようにして『心の剣』から音が聞こえてきた。何かひびが入るような音――だが、今のジャスティスにとってはどうでもいい話。
自分が今するべきだと考えているのはマスィヴクラッシャーをどうにかして倒すこと。剣が使い物にならないのであれば、それは仕方がない。『心』だなんだと言うものにはうんざりだから。そちらよりも、普通に町中で買った剣の方がよっぽど使い勝手がいいに決まっている。
「だったら、こんな物要るかっ!!」
大声を張り上げるジャスティス。その直後に『心の剣』は根元からぽっきりと折れてしまい――それと同時にマスィヴクラッシャーは倒れてしまった。
ようやく火の気は消え去り、ジャスティスは仰向けになって上を見ていた。
「ジャスティス!?」
心配したようにして、マリスとアビは駆け寄ってきた。その傍らには丸焦げとなった大型魔族が。彼女はジャスティスの怪我の具合を確認する。額の方に火傷を負っているようだった。すぐさま回復魔法をかける。
「うっ……」
意識はあるようで、これに誰もが安堵を見せる。
「……あぁ、熱いし、痛い」
「そりゃ、火の中にいるから……」
「でも、倒せたな。アビ、こいつを結婚式のお祝いの料理として出せねぇかな?」
「無理だよ。だって、こいつは肉が硬そうだもん」
その場に小さな笑いが上がった。
「あーあ、これじゃあ……もう、使い物にならねぇな」
ある程度、体力回復したジャスティスは折れた『心の剣』を見た。ほとんどの剣身はマスィヴクラッシャーの頭の中に刺さったままである。
「まぁた、マリスのお世話になるかな。俺の護衛よろしくな」
そう笑ってくる。それに対して、マリスは微笑を浮かべると――。
「剣を買えよ」
マリスの胸元できらり、と青色の石のペンダントが光っていた。




